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ラッキールチアーノ エピソード2

影の盟約


1931年、ニューヨーク。

禁酒法の終焉が迫るこの年、アメリカの裏社会は大きな転換期を迎えていた。五大ファミリー制が確立され、ルチアーノ、コステロ、ジェノヴェーゼらが新たな秩序を築こうとしていた。暗闇の中、ルチアーノは静かにシガーに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。彼の周囲には忠実な部下たちが集い、全米の犯罪組織を統括する「ナショナル・クライム・シンジケート」の誕生を祝っていた。


だが、その場にはもう一人、影のように佇む人物がいた。


シルヴィア・ヴォーン。

彼女はアーノルド・ロススタインの元部下であり、現在はCIAの前身である秘密組織「ブラック・リッジ」に所属していた。彼女の任務はただ一つ――「裏社会を監視し、必要ならば利用し、あるいは潰す」。


誰も彼女の正体を知らなかった。ただ、ルチアーノだけは違った。


「ルチアーノ、君はこれからアメリカの闇を動かすことになる。」


シルヴィアは琥珀色のウイスキーを軽く揺らしながら囁いた。彼女の言葉にルチアーノは薄く笑みを浮かべた。


「俺はすでに動かしてるさ。」


彼の目には自信が宿っていた。しかし、シルヴィアの視線は鋭かった。彼女は知っていた――ルチアーノの敵はマフィアの内部にだけいるわけではない。FBI、政府、そして裏社会に巣食う別の勢力が、すでに彼を監視していることを。


「お前が俺を見張るためにここにいるってことは、やっぱり政府も俺に興味があるってわけだな?」


ルチアーノはシルヴィアのグラスに酒を注ぎながら言った。


「興味というより、警戒しているのよ。」


シルヴィアは静かに応じた。


「私が言いたいのはね、ルチアーノ。あなたはここで止まらない。シンジケートはアメリカを越えて、世界に広がる可能性を持っている。でも、あまりにも大きくなりすぎれば、必ず誰かが潰しにくる。」


ルチアーノはシルヴィアの言葉に耳を傾けながら、シガーをゆっくりと灰皿に押しつけた。


「俺の敵は、マフィアの中にも、外にもいるってことか。」


「そうよ。マフィアだけじゃない。政府も、FBIも、時には私たちのような影の組織さえも、あなたを利用しようとする。あるいは、消そうとする。」


「面白いな。」


ルチアーノは笑った。その目は鋭く、まるで次の一手を考えているチェスプレイヤーのようだった。


ニューヨークの亡霊――それはこの街の歴史に埋もれた影の存在を意味する言葉だった。ルチアーノもまた、その一人となる運命にあった。


運命の夜

その夜、ルチアーノのクラブ「ハバナ・ルーム」では盛大なパーティーが開かれていた。ニューヨークの有力なマフィアたち、政治家、実業家が集い、新たな秩序の成立を祝っていた。


シルヴィアはクラブの隅で静かにバーボンを口にしながら、ルチアーノを見つめていた。


「彼は本当にこのまま頂点に立てるのかしら?」


彼女の横に座ったのは、暗いスーツに身を包んだ男だった。


「シルヴィア、あなたがあの男に興味を持つとは思わなかった。」


男の名はヘンリー・ハリス。彼もまたブラック・リッジの一員であり、FBIとも関係を持つ影の情報屋だった。


「興味ではないわ。監視よ。」


「そうか?お前の目は、まるで彼を試しているように見えるが。」


シルヴィアはグラスを置き、ヘンリーをじっと見た。


「あなたは彼をどう思う?」


「ルチアーノか?あいつは賢い。だが、賢すぎる奴はいつか消される。」


「それは、あなたの組織がそう仕向けるということ?」


ヘンリーはわずかに笑みを浮かべた。


「我々の仕事は、バランスを保つことだ。誰かが力を持ちすぎれば、均衡が崩れる。それは政府にとっても、裏社会にとっても都合が悪い。」


「つまり、ルチアーノが行き過ぎれば、お前たちは彼を止める。」


「その通り。」


ヘンリーはシガレットケースからタバコを取り出し、ゆっくりと火をつけた。


「だが、シルヴィア、お前はどうする?お前は本当に彼を監視するだけでいいのか?」


シルヴィアは答えなかった。彼女の心の中には、ある疑問が浮かんでいた。


(私は彼を監視するだけでいいのか?それとも――。)


ルチアーノは遠くで仲間たちと笑いながらグラスを掲げていた。しかし、彼の周囲にはすでに亡霊が蠢いていた。ニューヨークの闇は深く、そして彼の運命は、まだ始まったばかりだった。

影の創設者


ニューヨークの黄昏

1936年、ニューヨークの黄昏時。マンハッタンの暗がりで、ルチアーノは警察の手に落ちた。売春斡旋の罪状だったが、誰もが知っていた。これは見せかけに過ぎず、裏では政府が本気で彼を潰しにかかっていたのだ。


「運が尽きたか?」


そう呟いたのは、男ではなく女だった。スーツの襟を立て、シガレットケースから細いタバコを取り出す。マッチの炎が一瞬彼女の顔を照らす。40代前半、鋭い眼差しを持つ女。


かつて、彼女はアーノルド・ロススタインの部下だった。ロススタインは1920年当時、アメリカ合衆国の諜報機関を統合し、一つの指令塔を築こうとしたが、1928年、銃弾に倒れた。その計画は途絶えたかに見えた。しかしシルヴィアは、その構想を密かに受け継いでいた。


そして今、ルチアーノを救うため、彼女は再び動き出す。


極秘会談

「お前がCIAを作る?」


拘置所の面会室で、ルチアーノは信じられないという表情を浮かべた。


「まだCIAとは呼ばれていない。今はOSS、戦略情報局とでも言おうか」


「政府の連中があれだけ俺を潰しにかかってるのに、なぜ助ける?」


「政府はひとつの顔を持つわけじゃない。あんたが必要だと思っている人間もいる」


シルヴィアはルチアーノに提案した。彼が刑務所に入れば、マフィアの組織は崩壊する。しかし、もし彼が情報網を提供すれば、ある計画が進められる。それは、ナチスのスパイ網を壊滅させることだった。


「俺にナチスのスパイを潰せってのか?」


「そうよ。あんたの影響力は絶大。監獄の中でも、外でも」


「もし断ったら?」


シルヴィアは微笑んだ。


「断る自由はあるわ。でも、あんたが消えたら、次に誰が組織を率いるか分かる?」


ルチアーノはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。


作戦開始

1942年、第二次世界大戦は激化していた。シルヴィアの組織は、正式にOSSの中枢となりつつあった。彼女はルチアーノの影響力を利用し、イタリア系マフィアを通じてナチスの情報を探る作戦を開始した。


「シチリアには俺の人間がいる。だが、お前たちのやり方で動くとは限らないぜ」


「それなら、私たちのやり方を知ってもらいましょう」


シルヴィアは独自の諜報網を駆使し、マフィアとOSSの提携を取り持った。ナポリの港に潜むナチスの補給線が寸断され、アメリカ軍の上陸が容易になったのは、まさにこの時期だった。


シルヴィアは影の中で笑った。


「ロススタイン、あなたの夢はまだ生きているわ」


影のCIA創設

1947年、OSSは解体され、新たにCIAが設立された。その裏には、シルヴィアの存在があった。彼女は公には記録されないが、ロススタインの計画を実行に移し、国家の諜報機関を統合することに成功した。


ルチアーノはすでにシチリアへ送られていたが、彼の影響力は依然として続いていた、シルヴィアはその報告を受けながら、新たな世界を見据えていた。


「影の創設者として、それで満足なのか?」


CIAの新たな長官が尋ねる。


「私は表に出るつもりはないわ。ただ、必要なことをしただけよ」


彼女はタバコに火をつけた。そして、ゆっくりと夜のニューヨークを見下ろした。


影は消えず、今も続いている。

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