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瀬戸内が佐藤夫妻と出会う40分前。
寝にだけ、いや、最近は木下の家で寝泊まりしている瀬戸内は、数日ぶりの自身の家がこんなにも殺風景だったと思い知った。
「殺風景ってよりも、何か他人の家に来てるみたい......」
大学入学を機に一人暮らしをさせたくない両親を説得し、住まう事になったこの家も今年で4年になる。あまり友人を家に呼びたくない瀬戸内の家は、必要最低限の物しか置いてなく、初めて木下の家にお邪魔した時は、生活をしていくには必要では無い物が置いてあった事に当時は驚いていた。だが、次第に木下と生活を共にしていくに連れ慣れていった。
「本当に20代前半の家かよ......」
約1か月前まではそれが当たり前だった筈なのにと思いながら、この家で寝具に次ぐ唯一の大型家具でもある作業用ディスクの上に置いてある、パソコンを久しぶり立ち上げると、就職活動で受けた企業からのメールが数件入っていたが、スマートフォンと連同している為、見た事あるメールばかりで、どうでも良いやと消去していると【お久しぶり!!】という件名のメールに目が止まった。就活で企業からのメールに埋もれてしまっていたのだ。それは、4月上旬に高校の同窓会をするので参加して欲しいといった内容だった。今は4月下旬だ。という事は、同窓会の参加どころか返事すらしていないのだ。
「......ヤバ!!」
慌て出した瀬戸内は、ある人物にメールを入れた。先程も言ったがスマートフォンと連同している為、送ったメールは相手のスマートフォンに届く。
「何やってんだよ、俺は」
手の甲を自身の額に当てながら、後悔をした。同窓会の返事をしなかった事に後悔しているのではなく、そのメールを送ってきた人物に対して後悔をしているのだ。
【よう、生きてたか!!】
メールの送り主から返事が返ってくるや否や、瀬戸内は何故か先程までの猫背から姿勢を正し、キーボードを軽快よく打った。
「お久しぶりです、先生。何とか生きてます!」
【瀬戸内だけが返事が無かったから、みんな心配してたんだぞ?】
「すみません、何かと忙しかったもんで......」
【就職は早いうちに決まっていたらしいけど、まー、忙しいなら仕方が無いな】
瀬戸内は"先生"に向かって文ではなく、声に出して謝罪を言ったが勿論、相手には届いていない。
【瀬戸内の事だ、どうせ今、画面に向かって謝ってる所だろう?】
先生という人物は全てお見通しのようだ。
「ご名答です」
そう打つのが精一杯の瀬戸内の顔は、恥ずかしさで耳まで赤くなっていた。
高校時代は今と違い、親しい友人と呼べる者がいなかった。教室でも独りだった瀬戸内を気に掛けていたのがこの先生だ。別に虐められていたとか、ハブられていたとかでは無く、何故か男女問わず瀬戸内に話し掛けられた者は謝りながら猛スピードで去ってい行ったのだ。
【にしても、大学では友達出来たのか?】
「流石に4年目なので、いますよ」
良かったな!と返ってきたメールに、どの様に返事をしようか悩んでいると、今度会って話さないか?と着たので瀬戸内はまたもや画面に向かって、はい!と返事をしていたが、返事が返って来ない瀬戸内に先生が、
【画面に返事するな!】
と着たので慌ててキーボードを打った。
幼い頃から何故か周りに人が居なかった瀬戸内。幼稚園も小学校も中学校もそして、高校の時も。
『ねぇ、遊ぼう?』
『だいきくんと遊ぶと、怒られるから遊べない!!』
そう言われる度に、楽しそうに遊ぶ同い年の子供達が羨ましかった。ただそれを離れた所から見ている事しか出来なかった。家に帰ればいつもにこやかな母親が出迎えてくれた。
『今日ね、みんなと鬼ごっこして遊んだんだよ!?』
『そう、良かったわね』
と表情を崩さず母親は言った。数日後、瀬戸内が話し掛けてきた子供を二度と見る事が無かった。そして、1人また1人と姿を消していく子供達に、不思議に思い始めた。そんな瀬戸内にある日、1人の同い年位の子供が話し掛けてきた。
『お前なんて、疫病神なんだ!!お前が、話し掛けるとみんな遠くへ行っちゃうんだ!!』
そう言うと子供は思いっ切り突き飛ばし、瀬戸内は尻もちを着いてしまった。そして子供は馬乗りになって拳を振り上げた時、一部始終を見ていた周りの大人達が止めに入ったが、あまりにも自身に気を使う大人達が恐ろしくなった瀬戸内は、服に着いた泥をそのままで家に走って帰った。だが、泣いている我が子に両親は、
『大輝、これでよく分かったでしょう?子供は怖いのよ?』
『良いか、お前は他の、毎日遊び呆けている奴らとは違うんだ。大輝、お前は賢い、お父さんの言う事が、分かるな?』
父親は一流企業の社長であり、母親は教育委員会の会長。そんな両親の言葉にまだ5歳だった瀬戸内は、その日を境に遊ぶと言う言葉を自身の中から、消し去った。幼稚園最後の1年は幼い瀬戸内には地獄と言っていい程、辛い事ばかりだった。だが、少しでも否定の言葉を言えばそれ以上に辛い思いをする為、親の前では、はいとしか言えなかった。小学校に入れば帰宅後直ぐに、週5で3時間塾に通いそれが終われば予習復習をしてから就寝するを、繰り返す毎日に明け暮れていた。学校にいる時は親の言い付けを守る為、クラスメイトとの会話は極力控えたが、どうしても話さなければならない時は、帰宅後直ぐに親にどんな事を聞かれたのか、それに対してどの様に応えたのかを、随時報告していた。そんな勉強漬けの生活をしていたら勿論、成績は常に学年1位を取って当たり前だった。だが、小学5年生の全国テストで上位所か10位内すら取れなかった瀬戸内に、母親からの指導と言うなの虐待を受け、1ヶ月間も登校が出来なかった事もあった。
『はぁ?熱があるからって、どうしてそれがテストと関係あるの?』
『ご、ごめんな、さい』
『それとも、子供の体調管理がちゃんと出来なかったお母さんが悪いの!?』
『違う、僕が、ちゃんと勉強しなかったのが、悪いんです』
数日前から少しダルいかもと思っていたが、気にすること無く、いつもの様に過ごしていたが、テスト当日には40度近くの熱があった。にも関わらず、担任の心配を押し切ってテストを受けていたのだ。意識が朦朧としながら受けたテストの順位が、全国20位だとしてもいや、親ならばしんどい中テストを受けた子を労るのが、普通の筈なのだ。だが、瀬戸内の母親は上位を取れなかった我が子に、1ヶ月間毎日、キツく当たり散らしたのだ。中学に入ると周りと関わりを完全に閉ざし、3年間、誰とも話さなかった。その所為で瀬戸内の声をはっきりと覚えている者は誰もおらず、進学校へと行くと、今までとは違い周りはランクの高い大学に進学する為に、周りの事など気にも止めなかった。だがそんな中、瀬戸内は異常と言っていい程周りに溶け込む事はなかったのもあり、瀬戸内が話し掛ければ皆怖がってしまったのだ。
そんな時に出会ったのが、メールのあの先生だった。今まで両親としか話す事が無かった瀬戸内の態度はある意味、最低だったのかもしれない。先生が話している最中ですら参考書を読み込んでいた。それに注意する事もなく他愛も無い話をしたり、瀬戸内の目の前でテストを作ったり挙句の果てには、秘密な!と言って教室の窓を開けて煙草を吸ったりと好き勝手していた。
『先生って、スモーカーなんですか?』
『お、やっと話す気になったか?』
『いえ、別に......』
『最近さ、弟が吸ってるの分かってショック受けてる』
一人っ子の瀬戸内は一瞬だが兄の顔になった先生に興味が沸いた。だが、露骨にすると駄目だと思い、再び参考書に目をやるも、そんな瀬戸内の考えなど直ぐに分かった先生はその日、弟について時間が許されるまで話した。
そんなある日、瀬戸内は親と学校に来ていた。言わいる三者面談だったのだ。
『大輝君の成績だと、志望校への入学は確定かと』
『先生、息子は〇〇大学と言っていますが、私達の希望は△△大学なんです』
親が言った大学は外国の大学だった事に瀬戸内は勿論、先生も驚きを隠せていなかった。瀬戸内は親が言った大学だと言っていたのに実際は、国内どころか外国に行かせたいと言ってーてくる親に、瀬戸内は焦り始め、チラリと見た先生の顔は何を考えているのか分からない、いや、機嫌が悪いと瀬戸内は思った。
『親御さんはそれを大輝君にちゃんと言っているのですか?』
『この子は昔から1人では何も決めれない子なので、私達が決めてやらないと駄目なんです!』
違う!と叫びたくなった瀬戸内よりも早く、ふざけるな!!と先生が机を両手で思いっ切りバン!!と叩いた。
『良いか、親ってもんは子供が進む道を邪魔せずに、後ろから支えてやるもんだろうが!!瀬戸内、お前がしたい事、今からでもやってみたい事って何なんだ!?』
『.....俺は』
先生の言葉を受け、瀬戸内は初めて自身がしたい事を親に言いその日の晩、瀬戸内は両親に何を言われても自身の意見を押し切った。
次の日、登校して来た瀬戸内はマスクとマフラーを取ると先生は驚きと申し訳なさが襲った。
『瀬戸内、お前、どないしたんや!?』
『あはは、先生、素が出てますよ?』
『そんなんどうでもええねん!その傷の方が一大事や!!』
口の端を赤紫に色を変え、首周りにはハッキリと誰かに絞められた跡があった。だが、瀬戸内はどこかスッキリとした顔で笑ってこう言った。
『昨日、両親と本気で口喧嘩したんですよ。そしたら父に殴られてその後、母に首を絞められて......。俺、何も悪くなかったんだって分かったんです。自分がしたい事を、自分で決めて良いんだって』
先生の目の前で涙を流しながら話す瀬戸内は、最後に小さく、ごめんなさいと誰に対してなのか謝った。その後、今まで出来なかった事を瀬戸内は出来る限りやってみせた。元々、人と話す事には抵抗はなく、どちらかと言えば誰かと話したいと思っていた瀬戸内は、クラスメイトと挨拶を交す所から始め、徐々に瀬戸内本来の性格を取り戻していった。
『ねぇ、先生ー?』
『何だ?』
『俺さ、家出る事にしたんだよね』
『そうかー』
大学受験を終えた3年生は、自主登校となった2月のいつもの教室で、瀬戸内はクラスメイトから借りた漫画を片手に先生に言った。
『ひとり暮らしかー、よくあの親達が許したな?』
『まぁ、もう怖いものなんて無いからねー』
『〇〇大学なら、△△市辺りか......』
『よく知ってるね?』
先日、他の教師に見付かりこっ酷く叱られたにも関わらず、先生は懲りずに教室の窓を開けて煙草に火を付けた。
『俺の弟が△△市に住んでるんだよ』
『あぁ、あの可愛くてたまらない弟さんねー』
うるせ!と言うもその顔はとても幸せそうに微笑んでいた。
『会えるかな、弟さんに?』
『止めとけ、アイツは瀬戸内と違って凡人だ』
『えー、じゃ、先生と真逆じゃん!!』
『どう意味だ!!』
瀬戸内は笑いを堪え、先生に向き直り、
『俺、ずっと感情が無い人間なんだって思っていたんだ。でも、先生に出会えて、色んな感情を持っている事に気付かせて貰えた。木下先生、ありがとうございました!!』
どれくらい意識を失っていたのか瀬戸内はパソコンの時計を見ると、最後に先生にメールを送ってまだ10分程しか経っていない事を知った。
「......まさか、ね」
有り触れた苗字だと自身に聞かせるも、もしかして......と思えば思う程、真実を確認したくなった瀬戸内は、
【今、電話してもいいですか?】
とメールをすると相手は直ぐに、良いよと返事を返してきてくれた。高校を卒業してから一度も会っていない事もあり、瀬戸内は緊張をしていたが、意を決してスマートフォンを操作しようとした時、
「あ、けんさんの所に置いてきてしまった」
40分前の自分に呆れながら、パソコンの前を離れた。