表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

5


行き先を聞いても木下には、着いて来い!と言われるばかりで瀬戸内は聞くのを諦め大人しく着いて行くことにした。


木下達が住んでいるアパートを背に左方向に10メートル程歩くと、この近辺で1番大きな公園が左手に見えて来たら手前で右を見れば、ポップな文字で"しーちゃん屋"と書いてある駄菓子屋さんが、今日も近所に住む子供達で繁盛していた。


「あ、けんちゃんや!!」


1人の男児が木下に気が付き、大声で叫べば駄菓子を必死に選んでいた他の児童達は一斉に顔を上げ各々に、けんちゃん!と駆け寄り、あっという間に木下を囲んでしまった。木下は一人一人に、元気にしてか?この前のテストどうやった?などと声を掛けていき、数名の児童に背を押され店内に入ってしまった。


「何や、生きとったんか」

「あはは、お久しぶり」


店奥にある板張りの上で駄菓子の勘定をしている老婆が、顔を上げずにザルを差し出すと、木下は素直に受け取り店内の駄菓子を児童たちと一緒に選び始めた。


「け、けん...さん!い、行か、っ!?」


何が起きたのかさっぱり分からない瀬戸内は、店の外に取り残されてしまった。それに気が付いた女児が、お兄ちゃんも一緒に行こう?と手を握ろうとした瞬間、瀬戸内はその小さな手を叩いてしまった。だが、女児は泣きもせず、叩かれた手と瀬戸内の顔を不思議そうに見ると、気ぃ向いたらおいで?と言って店内に入って行った。だが、その後も道路沿いに面した公園のフェンスに凭れ、少し離れた所で児童達と楽しく話している木下を眺めているだけで、近付く事はなかった。



「......ほんでなって、大輝?どないしたんや?」

「え、何がですか?」

「いや、さっきからボーッとしとるから」


気が付けば木下の手には買ったばかりの駄菓子が、詰め込まれたビニール袋が握られていた。あの後、児童達との会話を瀬戸内に話しながら歩いていたが、いつもの様に相槌を打たない事が心配になり立ち止まり聞いたが、瀬戸内の心は此処に在らずだった。



家に着くも未だに何も話さない瀬戸内に、木下はソファーの上で正座をした。


「何か、ごめんな?」

「......え?」

「俺だけ楽しんで、大輝の事は放ったらかしにしてしまったし......俺、毎週日曜日はあそこの駄菓子屋に行って500円分の駄菓子を買うって決めてるんよ。それに、しーちゃん...あ、駄菓子屋のおばあちゃんなんやけど、ああ見えて85歳でひとり暮らしなんやで!ヤバない!?じゃなくて、しーちゃんには色々とお世話になっとるから、週一でも話し相手になってあげたくて、それで......」

「ちょ、色々と突っ込みどころ満載なんで、それは後でしますが、別に怒ってなんていませんから!」


頭をソファーに押し付けて話している木下の上体を起こしながら少し焦り気味に言う瀬戸内に、ホンマに?と聞いてくる木下に、ホンマです!と答えると安堵の溜息を吐いた木下は、モゾモゾと動き出したこんぶを自身の膝の上に乗せた。


「ただ、今後は一緒に行く事は出来ないんで......」

「え、何で!?子供らぁに何かされたん?」


そう言うと次々に児童達の名前を言っていく木下に、苦笑いをしつつ、そうじゃないんだけどな......と呟くも相手には届いてはいなかった。

そして急に、煙草、吸ってくる!とこんぶを渡され、何をする訳もなくただ、脚の間で仰向けにしたこんぶのお腹や顔を優しく撫で回すと、気持ちが良いのか目を細め、もっと撫でて!と言っているかの様にこんぶから擦り寄ってきた。だが、瀬戸内はその手を止め大きな溜息を吐いた。


「どうしよう、怒らせてしまったかな?」


先程の一言で木下は決して腹を立てないと分かっていても、言い方がキツかったのでは?ちゃんと理由を言えていたら……と頭の中では後悔の波が押し寄せていた。それでも瀬戸内にはどうしても言えない、今は言えない理由があった。


「なぁ、こんぶ、いつかケンさんにちゃんと、言えるかな?」


瀬戸内はこんぶのお腹辺りに額を付け、今にも泣きそうな声で言うとモゾモゾと動き出し、ぽんっと瀬戸内のこめかみ辺りに前足を乗せ、みゃう!とひと鳴きした。それがまるで『大丈夫、必ず言えるよ』と語りかけているかの様だと瀬戸内は思った。


人それぞれの過去があり、他人が土足でその過去に踏み入ってはいけないと思っていても、


「絶対に何かあるよなー」


木下もまた、他人言してはいけない過去がある。だからこそそ、瀬戸内がどうして行けないと言ったのか、問う事が出来なかった。そして、重くなった空気をどうにかしたくて話しをするも、瀬戸内の笑顔は引き攣る一方。だからなのか、その場に居る事が耐えれなくなり、出来るだけ明るくし、膝に乗せていたこんぶを渡し木下自身はそそくさとベランダに逃げてきたのだ。


「普通の人生なんて、誰も送れる筈ないのに......寒っ!」


ベランダから見える数本の桜の木は葉桜だと言うのに、吹く風は少しだけ肌寒かった。

煙草を吸い終えた木下は、ソファーの上で体育座りをした状態で俯いている瀬戸内の姿に驚いたが、また寝ているのか?とそっと顔を覗き込むと、みゃぁ!と万歳をした姿で驚いているこんぶと目が合った。


「何しとんや、お前は?」


未だに瀬戸内の額がお腹に乗っているらしく、身動きが取れず、諦めかけていた所に木下が現れ、やっと助けてもらえる!と言った感じなのだろう。

こんぶを瀬戸内から離そうとすると、何か言ってはいるのだろうが、木下にはくぐもった音にしか聞こえず、何やって?と聞き返すと今度ははっきりと、ダメです!と顔を上げて木下に向かって言った。


「はぁ、何があったかは知らへんけど、別に俺に無理して付き合わんでええし、嫌なら嫌って言えば......」

「嫌じゃないんです!ただ、ただ!!あれ位の子供がその、あの……」

「無理に話さんでええよ?」

「……」


再び顔を下に向けてしまった瀬戸内の頭を、乱雑に撫でくり回すと2回ポンポンっと優しく叩いた木下は、何も言わずに台所へと向かった。瀬戸内はグシャグシャになった自身の頭に手を置き、初めてや......と何か胸の内が満たせれていくのと同時に、痙攣する唇を片手で隠し囁き声で呟いた。だが、間近で聞いていたこんぶが、良かったな!とひと鳴きをした事によって、身体から緊張感が抜け、その場に寝転び深く息を吸い込んだ。


「もう少しだけ待っていて下さいね、必ず言いますから!」


早口になり舌を噛みそうなりながら言ってみたが、本当に言える日が来るのかと、瀬戸内自身もいつ来るのか分からなかった。

出来れば自身の過去の話を、今置かれている状況を誰にも言いたくない知られたくない。それでも潜めていたこの思いは、木下との出会いで全て聞いて欲しいと思える様になった。勿論、木下限定だ。

いつになるのか分からないのだったら、今でも良いのでは?と瀬戸内は思った。そして、脱力していた身体に力を入れ。勢い良く起き上がると、


「あ、あの、ケンさん!」

「え、何や?どないしたんや!?」


大きな声で名前を呼ばれた木下は、慌ててリビングに駆け付けると、胡座をかき、ぎゅっと握られた拳が膝の上に置かれ唇をぎゅっと結んび、何かを決意した顔持ち姿が目に飛び込んできた。


「どないしたん?」


先程の慌てて言った時とは違い木下は、ゆっくりとした口調でもう一度、言うと話し出すまで何も言わずに待っていた。


「さっきの話なんですけど......」

「......うん」

「俺、子供が、その...怖いん、です」

「......うん」

「えっと、その、俺が、小学生の頃に、そ、その!!」

「はい、終わり」


徐々に呼吸が荒くなり上手く話せなくなった瀬戸内の話を強制に終わらした木下は、また瀬戸内の頭を優しく2回叩くと、


「今日はここまで、よう、言えました!」

「ちょ、最後まで聞いてください!!」

「いやや、そんな断頭台に立たされた無実の死刑囚みたいな顔しとるくせに、何を意地張ってんねん!」

「意地なんて張ってません!て、何で断頭台なんですか!?もっとまともな例えあるでしょう!?」


全て話そう!と決意した瀬戸内は強制終了に抗議するも、聞く耳持たず状態の木下はこんぶにご飯ですよーと言って背を向けてしまった。

その背中に、聞けよな!と心の中で悪態をつくも木下本人には勿論、届いてはいない。だが、これもまた木下の優しさなのかもとまだ震える手を見て、思うようにした。


翌日、職場には荒田が復帰していた。


「おはよう、木下君?」

「.......」

「相変わらず、冷たー!!」


先週まで穏やかだった職場を懐かしむ木下の気持ちなど、知らない荒田は隣で何か騒いでいる。聞く耳を持たない木下を見兼ねて、黒木が荒田の相手をしていた。

それよりも昨日、木下自身が強制終了したにもかかわらず、瀬戸内の話の続きが気になっていた。


「なぁ、子供が怖いってなんやと思う?」


急に聞かれた2人は、はぁ?と見事にハモった。


「子供が苦手ってのはよく聞きますが......」

「怖いって、なんかあったん?」

「......うん、多分」


今更、最後まで話を聞かなかった事に後悔をするも、確かに、苦手ではなく怖いとはどういう意味なのか、全く検討が付かない。だが、昨日の恐怖に満ちた表情を見たら誰だって止めに入っていただろう。

はっきりとした返事を返さない木下に荒田が、


「何があったか知らんけど、そのうち話してくるやろう?」

「だと良いんだけどな......」


それ以降は考える余裕などない程時間は過ぎて行った。

そして無事、定時に仕事を終える事が出来た木下に飲みの誘いが入ったが佐藤が、木下君は無理だよーと木下の代わりに誘いを断っていたのもあって、スムーズに退社する事が出来た。


「あ、プリン食べたい」


帰宅途中の誘惑というのか疲れ切った心身に、今日もお疲れ様!明日も頑張れよ!!と、手っ取り早く気合いを入れたい時は、手頃に買えるコンビニスイーツが1番。木下はいつもの、青地に白いミルク缶が書かれている少し高い所にある看板を見付けると、吸い込まれる様に店内に入り、お目当ての115円のプリンを2つ持ってレジに持って行った。だっが、この時間帯でいつも見る店員では無い事に気が付いた。自身が仕事帰りにどれ程このコンビニを利用しているのかと、可笑しくなり1人で笑いそうになった。


「やば、マスクしとって良かったー」


店を出て顔がニヤけている事に気が付いた木下は、少し下がったマスクを片手で上げ直した。



「ただいまー」


習慣になってきた帰宅を知らせるこの言葉。必ず返ってくる言葉を実は木下は楽しみでもあり、何よりコンビニスイーツよりも心身の疲れを癒してくれる。だが、その言葉が返ってくる事はなかった。そして、人の気配すらなかった。

もしかしたら、またこんぶと遊び疲れてそのまま寝ているのでは?最近、イヤホンを付けてリモートをしている事があるから、声が聞こえていないとか?数メートル先のリビングに居る前提で何通りもの思考を巡らせた。


「大輝、ただい、ま......」


だが思考は見事に全て外れてしまった。それどころか、木下にとって1番考えたく無かった事が、当たったのだ。


「にゃぁ」

「あ、ただいま」

「......?」


起きていたこんぶの出迎えに木下の反応は薄く、いつもと違う事に不思議に思ったこんぶは、その場に突っ立ったままの飼い主に小首をかしげた。


「にゃぅ」

「あぁ、飯やんな?」

「みゃぁぅ」

「ちょっと、待っとってや?」

「うぅ」


その場から1歩前に出ようとした木下の足にこんぶは必死に掴まり訴えるも、飼い主には届く事はなくいつものカップ焼きそばの容器へ戻されてしまった。が、覚束無い足取りでこんぶは直ぐに容器から飛び出て、飼い主を追い掛けて行くも、また容器に戻され、それでも諦めずに再び追い掛けてを何度か繰り返すうちに、飼い主が先に諦め、こんぶを抱き上げソファに座ると、こんぶは自身よりも大きな手に小さな頭を力一杯に押し付けた。


「どないしたんや?」

「......みゃぅ」

「何か怖い事でもあったんか?」


そう言う飼い主に、お前がな!!と訴える様に顔を勢いよく上げもう一度、


「にゃぁ!!」


と、人間で言う叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ