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20.~普通な俺と不器用な私と今の親子~


これはまだ母からの愛情に気付く事が出来なかった、少年の話......。


『けんちゃーん!!』

『何、ばあちゃん?』


何を考えることも無くただ映し出される映像を眺めていた。そんな健一に祖母は機嫌良く声を弾ませていた。


『今日、お母さんがお出掛けしよって連絡あったよ?』

『え、マジで!?』

『うふふ、早く準備しなさい?』

『うん!!』


膝の上で気持ち良く寝ていたてんぷらの事などすっかり忘れてしまった健一は、勢い良く立ち上がった拍子に、突然な事に受け身が取れなかったてんぷらは、カエルが潰れた様な声で鳴いた。


『あ、ごめん』

『にゃおん!』

『ごめんって!!』

『けんちゃん、早くしなさい!!』

『てんぷら、今めっちゃ忙しいねん!!』


催促する祖母の声に急いでるんだなーと何となく分かったのだろう、てんぷらはなるべく邪魔にならないようにと隅に行ってしまった。


『こんな事なら帰って直ぐに着替えとけばよかった!!』

『いつもしなさい!』

『はいはい、説教はまた今度ね!?』


制服を脱ぎ散らかしながら歩く健一の後を着いて回る祖母は制服を拾い上げて行った。


『あれ健一、どっか行くん?』

『あ、えーっと......』

『奏斗、今日は......ね?』

『言われなくてもわかってるよ』


丁度、部活から帰ってきた奏斗と鉢合わせになった健一は俯いてしまった。その代わりに祖母が奏斗に理由を話そうとするも、弟の事など興味が無いと言って自室に入ってしまった。


『ほら、早く準備しないと!!』

『う、うん』

『......』


今日は帰るの遅くなるって言ってたのに、いつもより帰るのが早い奏斗にどこか嫌な予感を抱きながら、母親が帰ってくるのを待っていると、


『健一、行くよー』

『え、うん!!』


母親の少し機嫌の良い声がした。

その声で健一は内心スキップをしているかのように足取りは軽かった。



『さて、どこ行きたい?』

『え、えーっと......』

『前さ、おばあちゃんに言ってたよね?夜景見たいって』

『うん!あのね!!」』

『てかさ、何でお母さんじゃなくておばあちゃんに言うわけ?』

『......え、』


先程まで機嫌が良かった母親の声は今ではどこか怒りを含んだ声色に変わっていた。


『そ、それは......』

『この前もさ、賞を取ったんだって?』


以前、絵のコンクールで金賞を取ったが、その事を誰にも言わずに賞状をゴミ箱に捨てたのだ。

だが、そのグシャグシャの賞状は何故か朝には食卓の上に置かれていたのだ。


『あの賞状、見付けたの、お母さんだから』

『......っ!!』

『何で言わなかったの?ゴミ箱に捨ててあった時、どんな気持ちだったか、分かる!?』

『......ごめんな、さい』


それしか言えなかった。

食卓に置かれた賞状を見た時、祖母か祖父が見付けて母親に気が付かさせる為だと思っていた。だが、その母親が見付けて置いたと知った健一は、何も言えずただ謝る事しか出来なかった。


『はぁ、そんなにお母さんの事、嫌いなんやね?』

『ち、違う!!』

『何が違うって言うの!?』

『......っ!!』

『いつもそう、私じゃなくておばあちゃんやおじいちゃんには何でも言えるくせに、何でお母さんには何も言ってくれないの!?』


怖かった。

何も言えないまま俯いていた健一はもう一度、母親に謝ろうと顔を上げた時に見た横顔は何故か、涙を流していた。


『(あぁ、泣くほど俺の事が嫌いなんだ......)』



幼い少年は、声を殺してまで涙を流す母親の本当の意味をその時はまだ、知らなかった。




「あの時、本気で悔しかったの......」

「え、あの時って?」

「ほら、けんちゃんと一緒に夜景を見に行こうとしてた時」

「あぁ、あの時の......」


小学6年の頃、急に母親と2人で出掛けることになった時の話をしていると分かった。

結局は、夜景を見に行く事はなく家に帰ったのだが。


「あの後、おばあちゃんにこっ酷く叱られたのよ?」

「え、何で!?」

「もっとけんちゃんを大切にしなさいって」



家に帰るなり直ぐに母親は戸惑う奏斗と出掛けてしまった。奏斗は不機嫌な母親とは対象的な弟の事が心配だった。だが、健一は帰宅後直ぐに自室に戻ってしまった。もしかしたら、戻ってくるのでは?やっぱり一緒に夜景を見に行こうと言ってくれるのでは?と思いながら健一は待っていた。だが、窓から母親と兄が楽しそうに車に乗り込む姿を見て、涙が止まらなかった。


『俺なんて、生まれてこなければ良かったんだ......』

『にゃおん』

『あはは、そっか、俺が生まれなかったら、てんぷらに会えなかったね』

『にゃー!』

『はぁ、お母さんと一緒に夜景、見たかったなー』


涙は止まることはなく、泣き疲れた健一はそのまま寝てしまった。そして、1時間後、帰宅した母親に祖母は怒りを思いっ切りぶちまけたのだ。


『どうして、健一の事になると直ぐ怒るの!?どうして、優しく出来ないの!?どうして、話を聞こうとしないの!?アンタはあの子の母親でしょうが!!』

『お母さんに何が分かるの!?私だって一生懸命にあの子を愛してるのよ!?』

『じゃ何で、あの子だけ泣いているのよ!?』

『分からないのよ、奏斗と違って何を考えているのか!!』


祖母は自身の娘の考えが何となくだが分かる気がした。

健一が生後8ヶ月で離婚し、女手一つで子供達に何不十無く生活を送って欲しいという願いは、母親としての喜びを全て奪われると言う大きな代償が襲った。そんな娘の気持ちが、よく分かっていた。



「確かにけんちゃんの考えが全く、分かっていなかったの。だからこそ、お母さんなりに親らしい事をしてきたつもりだった」


今なら分かるよ?という思いで少し涙目の笑顔に、健一も微笑み返した。

奏斗が言っていた、不器用な母親は本当に不器用で子供にどうやって接したら良いのか、母親なりに考えた結果だったのだと、今なら分かる。



『けんちゃん、ごめんね?休みの日にけんちゃんが行きたいって言ってた夜景、今度はちゃんと行こうね?......こんなお母さんで、本当に、ホントに、ごめんね?』


夜中、涙を流しながら言っていた母親の言葉は全く知らなかった。だが、健一の頭を撫でていたあの温もりは何故か、知っていた。



「母さんはさ、ばあちゃんの事、嫌いだった?」

「うーん、母親としては尊敬していたよ?だけど、どこかでけんちゃんを取られた!って思ってた時期もあった、かなー」

「そうなんや......」

「けんちゃんが、おばあちゃんやおじいちゃんには何でも言えてた事が凄く悔しくて、でも、どうやってけんちゃんと話しをしたら良いのか分からなかった......」

「うん」

「お母さんが考えていた事と違う事を言ったり、行動したりしたけんちゃんを見て、何だか置いてきぼりにされてた気分だった」


仕方が無いと言えばそれで終わりなのかもしれない。

まだ1歳にもなっていない子を実親に任せ、26歳と言う若さで友達とも遊べず、恋愛だって出来ず、仕事に追われる毎日だったそんな母親。


「仕事が終わるのだって夜遅くなる事が殆どだったから、小学校上がりまでは寝顔しか見てなかった......」

「......うん」

「中学校に上がってからは、別々に住んでたしね」

「でも、毎日欠かさず朝にお弁当持ってきてくれてたじゃん?実はあれ凄く嬉しかったんやで?」


健一が中学に上がるのと同時に、引っ越しをした。だが、健一には一切相談もなく引っ越しの事も祖父母から聞かされていたのだ。



『けんちゃん、お母さんと一緒が嫌やったらこのまま居ても良いんやで?』

『......でも』

『健一、俺はばあちゃんの意見に賛成や』

『兄、ちゃん』

『お前がおったらずっと母さんがしんどい思せなあかんのやで?』

『奏斗!!』

『それに、健一だって毎日ビクビクしながら生活するん、嫌やろ?』


奏斗の高圧的な物言いに何も言えなかった健一は結局、高校三年まで祖父母の家に居ることになったのだ。

その話を実親から聞いた母親は悔しさと後悔とそして、悲しさで涙を流すだけだったと健一は大人になってから祖父から聞かされた。


『あのさ、お弁当、お弁当だけは!......私が毎日作りたい』

『出来るの?』

『うん、出来る。出来るって言うか、それ位はしないとけんちゃんに、私が母親だって忘れられそうだから......』

『大丈夫よ、けんちゃんはあんたの事をちゃんと母親だって分かっているよ?』

『そっか、そうだったんだ......私、ちゃんと母親出来てたんだ』




いつの間にか健一は寝ていたみたいだ。


「けんちゃん、着いたよ」


母親の声で目を覚ますと、先に行ってるね?と車から降りた母親の後ろ姿を健一は、ボーッと眺めていた。

幼い頃はあの後ろ姿を見る度に、置いていかないで!ボクを見て!と泣きながら心の中で叫んでいた。だけど、今では、小さくなった背中を尊敬の眼差しで見ることが出来た。


「25年前は、どんな景色だったんだろうね?」

「......え?」

「あの日、けんちゃんの誕生日だったから、夜景見に行って、誰にも邪魔されない車の中で、2人でお祝いしたかったの......」

「そう、だったんだ」


でも、出来なかったね?という母親は笑っていた。

その笑顔には、きっと悔しさ悲しみそして後悔もあったのだろう。だけど、今は凄く幸せだよ!?と本心から言っているのだろうと健一は思った。



『奏斗、何であんな事を言ったの!?』

『健一にとって良いと思ったから。それ以上に、泣かせたくないねん!!』

『それ、は.....』

『俺にとって健一はたった1人の大切な弟なんやで、そんな大切な弟が毎日、毎日、辛い思いをもうさせたくないんや!!』

『......奏斗』

『母さんだって、健一が笑っている方が、嬉しいやろう?』


母親と兄が話しているのを健一は、たまたま聞いてしまった。怖いだけだと思っていた兄もまた、母親と同じで不器用なだけだった。

それでも、まだ小学6年生の幼い健一には2人のこの会話が一体何を意味しているのか、分からなかった。



「本当に、健一は皆から愛されているんだなって......」

「兄ちゃんが、そんなこと言ってたんや」

「お兄ちゃんってあぁ見えて、かなりのブラコンなのよ?もぉ、健一が生まれた時なんて大変だったんだからね?!」

「そうなんや」

「そうよー?今だって暇があれば健一の話しかしないんだから!!」

「えぇ、それ、ホンマにー!?」

「ホンマよ!!」


今となれば休みの日に家に来ては、近状報告をし合う仲になっていた。同居人には、本当に仲が良いですね......と飽きられるほどにだ。

母親は常に健一を守っていたのは兄の奏斗だと言った。

何が切っ掛けで機嫌が悪くなる母親をなるべく健一に近付けさせないように、だけど、出来れば3人で出掛けたいと常に思っていたらしい。


「お兄ちゃんほど、けんちゃんの事を心配してた人なんて......あ、おじいちゃんとおばあちゃんは、別ね?」

「あはは、もしかして今よく家に来てるのって、昔の反動とかだったりして」

「そうかもね」


あの時、奏斗と出会わなかったら今こうして母親と笑い合うことなんてなかっただろう。

そして、自分たちの母親がこんなにも声を出して、涙目になりながら笑える人なんて、知らなかっただろう。


「はー、おかし!!」

「ホントだねー!!」


あの時もし、この夜景を見ていたらどうなっていたのだろうか、なんて事を健一は考えるのを、止めた。

過去より今を!今より未来を!!と自身に言い聞かせていた。


「けんちゃん」

「何、母さん?」

「遅くなりましたが、お誕生日おめでとう!!」


今からでも遅くはない。

ちょっと気恥しいが......


この人の子供として、

この子の母親として、



これからは【今の親子】を楽しもう!!


閲覧してくださりありがとうございます。


さて、前回の瀬戸内sideはいかがでしたでしょうか?



ここで小話を......


瀬戸内の家族に関する設定をしていなかったんです。


心に闇を持った青年とだけ設定していたのですが、

本文で木下やこんぶそしてたくさんの人達との関わりで今の瀬戸内大輝が生ままれました。



さて、今回は木下sideでしたが......


これも実は......なんですが、

木下健一の過去は作者でもある安江の身近な方という。

勿論、お話を書く上で許可は貰っています。

ですが、安江は木下sideを書くにあたって涙を流しながら書いておりました.......お恥ずかしい。


それでは、もう1話だけお付き合いを!!


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