19.~今の俺と昔の僕と家族の絆~
社会人とは良いものだ......
なんて思っているのは、瀬戸内だけなのかも知れない。
「だーいーきー!!えぇ加減に、起きろー!!!」
「折角の休みなんですよ?まだ、寝てましょうよー」
「何言うてんの?今日、実家に帰るんとちゃうん?」
「......あ、今何時?」
同居人の呆れた物言いなど全く耳を貸していない瀬戸内は兎に角、急いだ。
「じゃ、行ってきます!!」
「おう、気ぃつけてな?」
「にゃー!!」
1人と1匹に見送られ、高校卒業振りの実家へと出掛けて行った。
最寄りの駅から1時間と聞けば、誰だって近いと言うだろう。だが、大輝にとってこの1時間は地獄へと向かう電車と言っても過言では無い。
「はぁ、帰りたい」
改札口手前でそう呟く大輝の目の前には、会いたくない人物がそこには居た。
その人物と目を合わさないように一番端の改札から出ようと移動した時、その人物に見つかってしまった。
「久しぶり、兄さん!!」
「あ、うん、久しぶり......」
大輝の事を兄と呼ぶその人物は、満面の笑顔で近付いて来た。それに対して、大きく1歩後ろに下がろうとした時、後ろのいた人にぶつかりそうになり、弟に腕を掴まられた。
「もぉ、兄さん気を付けないと危ないよ?」
「......」
「ねぇ、母さんが待ってるんだよ?早く帰ろうよ!?」
「う、うん」
掴まれた手からは、絶対に逃がさない!とでも言っているかのように力が強かった。
「武尊、手、離して?」
「あ、痛かった?」
「......」
「あはは、そんな怖い顔、しないでよー?」
「......ごめん」
離せ!!とその手を振りほどいてもよかったが、自分よりも小さな弟に何かあったらと考えると、このまま大人しくしている方が後々、面倒事にならないと大輝は思い、ズキズキと痛む腕からなるべく意識を遠ざけた。
「ただいまー、兄さん連れてきたよ!?」
もっとゆっくり歩きたかった。少しでも滞在時間を減らしたかった。そんな思いの大輝とは裏腹に武尊の歩く速度は早かった。
駅から徒歩20分は掛かるのに、10分ほどで、いや、大輝にとってもっと短い時間で着いてしまった。
「おかえりなさい、大輝さん」
「ご無沙汰してます、お義母さん」
「疲れたでしょう?お父さんが、お待ちですよ?」
「......はい」
家に帰るのは一緒なのに、どうしてこんなにも気が重いのか。笑顔で迎えてくれるあの家に早く帰りたい。そう思う大輝は笑顔を貼り付けただけの義母に迎えられた。
「ただいま帰りました」
「......遅い」
「すみません」
「......はぁ」
リビングに行くと、仕事の合間に帰って来たのだろう、スーツ姿の父親が隣に立っている秘書に何かを耳打ちすると、秘書はリビングから出て行った。
「ねぇ、早く食べよう?」
「あぁ、そうだな」
「ほら、兄さんも!!」
「あ、うん」
義弟の言葉に父親は持っていた書類をテーブルに置き、食卓へと着いた。
その姿に、義弟の我儘には何も言わないんだ、自分とは大違いだなと、立ち尽くす大輝に義母が申し訳なさそうに名前を呼んだ。
「先に、挨拶してくる?」
「......」
「ご飯にはもう少し準備がかかるから、ね?」
「はい......」
義母は父親に一言何かを伝えると、笑顔で大輝に頷いた。それに対して、大輝も頷くとリビングから出て行った。
「お久しぶりです、お元気でおられましたか?」
「うん、元気。てか、まだ父さんの秘書してたんだ?」
「お陰様で......」
「......」
リビングを出て直ぐに、父親の秘書に声を掛けられた大輝はなるべく声音を抑えた物言いで挨拶を交わした。だが、本当は嬉しくてたまらなかった。この家から出て行こうとした時、唯一味方になってくれた人物だったから。
「なぁ、母さん、何か言ってた?」
「......最後の最期まで、心配されておられましたよ」
「......」
「今の奥様も、心配を......」
「それは別に、良い」
「はい」
幼い頃に大輝を苦しめてきた母親は、大学1年の夏に病で倒れ、半年経たないうちに他界した。
そして、三回忌が終わると父親は今の義母と再婚した。勿論、大輝は蚊帳の外状態だった。
では何故知っているのかと言うと、全てこの秘書から連絡を受けていたのだ。
「はぁ、この人が呆気なく逝ったのには、驚いたよ」
「元々持病持ちだったんです」
「うん、知ってた」
いつも躾の後、尋常ではない程の薬を服用していた母親の姿を見ていた大輝は、いつかこの苦しみから解放されるんだ!と期待していた。
だが、青白くなった母親の姿を見た時、何故か涙を流していた。
『社長、ご子息様が......』
『放っておけ』
棺桶の前で立ち尽くす大輝の耳に届いた父親の冷たい声に怒りを覚えた。
今思えばあの時、父親の隣に立っていた女性が義母になるなど思いもよらず、ただこちらを見ていた父親を睨みつけていた。
『あの、大輝さん、大丈夫ですか?』
『......』
『良かったらこれ、使って下さい?』
『......』
隣に立っていた女性が大輝にハンカチを渡して来た。
それを受け取りお礼を伝えると女性はそそくさと父親の元へ戻って行った。
渡されたハンカチからはどこか懐かしい匂いが漂ってきた。
生前母親が好んで着けていた香水の匂いだと分かった途端、大輝は急に気分が悪くなりその場に立つことすら出来なくなった。
「あの時、何が起きたんですか?」
「あぁ、母さんの匂いで色々と思い出したんだと思う」
「大輝さんが倒れた時、社長が一番に焦っておられましたけどね」
「嘘、吐くなよ」
「ホントですよ、ね、社長?」
いつの間にか入口に立っていた父親に向かって秘書が話し掛けるのと同時に大輝が振り返ると、何故か驚いた顔をしている父親がいた。
「......」
「無駄話をしていないで、早く来い」
「......はい」
いつまでも高圧的な物言いの父親の顔を見る事が出来ない大輝は、俯いたまま横を通り過ぎようとした。
「心配するのは、当たり前だろう」
そう呟く父親に一瞬上を向くも、やっぱり高圧的なその目線が怖かった。
「あ、やっと来たー!!」
「さぁ、席に着いてください?」
「......」
全く血の繋がりがないこの2人にどんな言葉で対応したら良いのか分からない大輝に気が付いたのか、義母はまたあの貼り付けただけの笑顔で話し掛けてきた。
「今は確か、会社勤めなんですよね?」
「......はい」
「そうなんですね、お勤めは大変ですか?」
「......いえ、そんなに」
前に同居人が母親とどんな話をしたら良いのか、悩んでいたのを思い出した。確かになと思うと自然と笑顔になっていた大輝に気が付いた義弟が、珍しい物でも見たかのように興味を持った。
「兄さん、もしかして彼女でもいるの?」
「な、何で?」
「いやぁ、笑ってたから何かいい事でもあったのかなーと思って」
「彼女では、ない」
嘘は言っていない。ただ、今は独りじゃないだけ。
でも、別に言わなくても良いだろうと思っていた大輝に更に興味を持ち始めたのは、義弟ではなく何故か義母だった。
「え、気になる人でもいるの!?どんな人?あぁ、大輝さんがそこまで想う方なんてきっと素敵な人なんでしょうね!?ね、武尊!!」
「あはは、母さん落ち着いて?兄さんがビックリしてるから」
「だって、だってー!!」
急にテンションが上がった義母にどうしたらいいのか分からに大輝に変わって、義弟が落ち着かせようとしていた所に、
「何を騒いでいるんだ?」
「あ、聞いてください!大輝さんに気になる人が......」
「母さん、その話はもう止めませんか?」
「でも......」
「想い人とかではないです。ただの同居人です」
「.......」
父親の登場に何を焦っているんだと思いつつも、これ以上聞かれたくなかった。
一人暮らしをした途端、うつつを抜かしていると思われたくなかったのだ、父親に。
「......大輝」
「は、はい」
ほらねと思う大輝に対して義母がどうしてそんなに嬉しそうな顔をしているのか......
「今の方が楽しいのか?」
「......」
「はぁ、その同居している方に迷惑を掛けてないだろうな?」
「......はい」
「なら、良いんじゃないか」
「......え?」
父親が何を思っているのか分からない。だが、聞き出す事を躊躇っている大輝に義母がいつものあの貼り付けただけの笑顔ではなく、心底嬉しそうな表情をしていた。
「では、私は会社に戻る」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「......」
「大輝、少しいいか?」
「......はい」
楽しい家族団欒の一時とはいかなかったが、義母や義弟が色んな話をしていたからなのだろう、大輝にとって息苦しさはなかった。
そして、秘書が父親に「時間です」と耳打ちしたのが聞こえ大輝は一気に力が抜けた。だが、父親に呼ばれ再び身体に力が入った。
「仕事は、どうなんだ?」
「ボチボチです」
「確か、○○○って所だったな?」
「......はい、そうです」
仕事について話が出ると思わなかった大輝は、父親に何を言われるのだろうと気が気ではなかった。
今の職場ではかなり上手くやっている方だと思っている。この前だって新人の割には上手く資料を纏めれていると褒められた。まぁ、同居人の手助けもあったが。
それでも、大手企業の社長の息子として誰も扱わない、ただの新人として扱ってくれるこの職場を大輝は大切にしたいと思っていた。
「もし、今の職場を辞めたいと思ったら......その、なんだ......」
「大丈夫です、今の職場は楽しいので」
「そ、そうか......」
「はい」
きっと、辞めた途端に自身の会社へと転職させようとしているのだと大輝は思った。だが、父親は晴れ晴れとした大輝の表情を見た途端、どこか嬉しそうな表情をしていた。
「おかえりー」
「ただいま帰りました」
「って、どないしたん?」
「うーん、けんさん補給中です」
「なんやねん」
父親を見送った後、義母に同居人について根掘り葉掘り聞かれた。
『まぁ、そんな事があったのね!?』
『......はい』
『その方は、大輝さんにとって大切な人って事?』
『もう、勘弁してください!!』
どうしてー!?と言いながら追い掛けてくる義母に、助けを求めて義弟に言うも笑っているだけだった。
『母さん、凄く心配してたんだよ?』
『何で?』
『だって、血の繋がりがなくても、母さんの息子に代わりないんだよ?』
『......』
『葬式の日、あのハンカチだって......』
実母を亡くした悲しみを少しでも和らげて欲しくて、あの香水の匂いがついたハンカチを渡したらしい。
だが、大輝にとってあの匂いは恐怖を感じるとは知らず気を失った大輝を見た途端、義母は焦っていた。だが、それ以上に焦った父親は周りの目を気にせず、
『お前まで、私を置いていくのか!!』
と涙を流していたらしい。
「そんな話を聞かされても、完全に許す事は出来ないんです」
「うん」
「でも、帰って良かったとも思っているんです」
「うん」
「俺もけんさんみたいに、親に素直になれる日が来ますかね?」
「さぁね?俺は39年掛かってやっと素直になれたんやで?」
今日あったことを2人のお気に入りのソファに座って話していた。
色んな事が一気に起きたからなのか、大輝は同居人へ返事をする前に寝てしまった。
「にゃー」
「しー、少しづつ少しづつ、大輝も前に進み出したんや、今は休ませてやろう?」
「みゃう」
「お疲れ様、大輝」
僕はどうして幸せじゃなかったんだろう
俺はどうして幸せだと感じるのだろう
その答えを知るには、まだまだ幼いのかもしれない。
ここまで閲覧してくださり
ありがとうございます!
先日、
【普通な俺とこちらの猫と隣の人】
を無事完結し直ぐにこのお話のテーマでもある『家族』について皆様に知って欲しいと思い、
木下と瀬戸内の『家族』についてのお話を書こう!!
と思いました。
もし良ければ、この後の木下sideもお楽しみ
頂けたら光栄です。




