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紅葉からどこで初雪が降ったかという話題で盛り上がっているニュースキャスター達。
10月に木下兄弟が長年の誤解を解き、兄である奏斗が遊びに来るのは以前と変わっていない。だが、必ず弟がいる日に、と言えばこの兄弟の関係が大きく変わっている事が分かる。
そんなある日の土曜日、木下は緊張していた。
「は、はじめまして……」
「こちらこそ、突然お邪魔してすみません」
二人の男が正座をし向き合って背中を丸くして恐縮している。
「けんちゃん、そんなに緊張せんでも」
「こら、希菜!」
希菜を叱る男性に、まぁまぁと宥める木下のそんな姿を見て苦笑いをしながら瀬戸内は淹れたての飲み物を運んできた。そして、軽く会釈をした男性に同じ様に返すと木下の隣に座った。
「にしても、こんなに近くに居られるとは思いませんでした!」
「いやぁ、娘から聞いた時は僕も驚きましたよ!」
男性は愛嬌良く笑うと先程からジーッと見ているこんぶにそのままの表情で見詰め返した。
「こんにちはこんぶちゃん、内田歩です」
「にゃっ!」
よう!と言っているかの様に短く鳴いたこんぶに、賢い子だね!と内田は自身の手を差し出すと、こんぶは匂いを嗅き、木下と瀬戸内の顔を交互に見詰めた。そんなこんぶに2人が、大丈夫だよ?と優しく笑うと、この人は大丈夫な人と確認が取れたのか、差し出された手に自身の頭を擦り付けた。
「わぁ、良かった!初めましてだったから、嫌われるかと思ってたんですよ」
と言ってこんぶを抱っこする内田の服から知らない猫の匂いがするのか、こんぶの小さな鼻がピクピクと忙しく動いていた。
事の発端は、希菜の一言からだった。
夏も終わりかけの9月頃から瀬戸内は数時間のアルバイトを始めたのだ。休日は木下と一緒に駄菓子屋に行くのだが、アルバイトを始めてから滞在時間が大幅に短くなりそれに不満を感じたのか希菜が、家に遊びに行ってもいい?と聞いてきた時、こんぶにも会わせてあげたいしと快く了承したのだ。
大人の二人暮しにはまだ小学生の希菜が楽しめる様な物は無かったが、こんぶと遊んだり瀬戸内がたまにアルバイトの時間が遅い時は勉強を見てもらったり、木下に料理やお菓子の作り方を教えてもらったりと、希菜なりに楽しんでいた。
そんなある日あまりにも帰る時間が遅い日が続いた希菜を心配して希菜の母親が訪問した時は、2人して何を言われるのかと冷や汗を流していた。
『いつも、娘がすみません!!』
2人が思っていたのとは違い、母親は首が飛んでいきそうな勢いで頭を下げてきた。
流石の2人も、こちらこそすみません!と同時に頭を下げた。
『良かったら、これ貰って下さい!!』
『え、あ、ありがとうございます!!』
母親が紙袋をこれまた頭を下げて差し出してきたのに釣られ、木下も頭を下げながら紙袋を受け取ると、
『お、重っ!!』
軽々と紙袋を持っていた為、軽いと思った木下はあまりにも重い紙袋を一旦下に降ろし、瀬戸内と2人で中身を確認すると、キャットフードや猫用のおやつが紙袋の中に詰め込まれていたのだ。
『希菜、娘から猫と一緒に住んでると聞いて……』
中身を見ている2人の唖然とした顔を見て、ご迷惑じゃなければ......と付け足す母親に2人して、滅相もない!!とハモった。
『後、もし何か困った事があったら……』
と差し出された名刺には【猫保護団体ニャン吉 内田歩】と書いてありその文字を見た途端、木下の目の色が変わった。
その日を境に希菜の母親とはよく会うと言うか、毎回木下達の家に希菜を迎えに来る様になった。
近所と言っても辺りが暗くなるのが早くなったこの時期に、娘を1人で歩かせる訳には行かない!と言ってはいるが、あくまで前提であって本当の目的は、
『こんぶちゃーん!!』
『にゃーん!!』
こんぶに会うためだった。
そんなある晩、希菜を迎えに来た母親はすっかり懐いたこんぶを抱っこしながら、
『あ、そうだ!主人が会いたいって』
『ご主人が?』
『渡した名刺も主人の名前なのよ』
自分はSNSの編集だけしており猫に関しては主人を中心にしていると教えてくれた。
『けんちゃん、会ってあげて?パパ、凄く落ち込んどるから』
『私達だけがこんぶちゃんに会ってるからねー』
『あぁ、なるほど!』
その日の晩、瀬戸内に事情を話すと会ってみたい!と言ってくれた。
「にしても、初めてDMくれた時はまだ生後1週間だった子が今じゃ……」
ダイニングテーブルの椅子に座りながら希菜が操る猫じゃらしを必死に捕まえようと高くジャンプするこんぶの姿を見て内田は、人も猫も成長が早いと付け足した。
「あの、けんさんとはどういったお知り合いなんですか?」
木下は仕事の電話や!と言って席を立っている間にと思い瀬戸内は内田に聞くと、気になるかい?とどこか揶揄うような笑みを浮かべてきた。そんな内田に無意識に生唾を飲み込んだ瀬戸内に盛大に笑い始めた。
「そんな怖い顔せんといてよ!?木下さんとは、SNSで知り合ったと言うか、木下さんがよく見ていた動画がたまたま僕の所だったってだけで!!」
「パパ、けんちゃんの事で大ちゃんを揶揄うん、やめときやー」
こんぶを胸に抱きこちらに来た希菜が、ねぇこんぶーと言うと、そうやでーと言っているかのように、にゃーと鳴いた。
「こんぶちゃんを拾った時にDMが着てね、初めてだからと色々相談に乗っていたんだよ」
「あぁ、それで……」
確かに子猫を飼うのは初めてだと言っていた木下だったが、初めての割には知識があり感心していた瀬戸内は、そりゃプロに聞いていたら……と1人で納得していた。
「でも、本当の事いえばここまで健康に育つと思ってなかったんだよね」
希菜からこんぶを受け取ると手馴れた手付きで頭や身体を撫でる内田に、もっとー!と自身の身体を手に押し付けているこんぶに、瀬戸内はどこか複雑な気持ちになっていった。いつも一緒にいる自分達よりもやっぱり猫を飼い慣れている人の方がこんぶにとって良いのでは?と落ち込んでいると、にゃう!と急に鳴き出したこんぶを見ると、どうや撫でて欲しい場所が違ったみたいで、緩やかに動いていた尻尾が力強く内田の足を叩いていた。
そして電話が終わった木下が戻って来ると一目散に木下の元へ走って行った。
「にゃーにゃー!」
「ど、どうしたん!?」
抱っこ抱っこ!と強請るこんぶの意思が通じたのか、はいはいと抱っこをすると木下の腕の中で内田をジーッと見ていると内田がニコリと笑いかけるも直ぐに顔を背けた。
「何かあったん?」
「いえ、別に……」
瀬戸内は木下の問にそう応えるも、笑いを耐えているのか顔が少し引き攣っていた。
12月は社会人である木下にとって忙しく師走という言葉通り走り回っている、社内で。
「木下くーん!あの書類どこやった?」
「え、知らんで!?俺の管轄ちゃうし!」
「えー!!」
最近はこの調子で少し離れている荒田との会話は立ち上がること無くパソコンを見ながらが殆どだ。この2人だけでは無く他の社員達も同じ様に少しでも早く自身の仕事を終わらしたい為、名前を呼ばれたらその場で大声で応えると言った感じだ。そして、木下達の部署以外も同じ様に慌ただしかった。
「木下さーん!」
「なんやー!?あ、黒木さん、これ頼む!」
「了解でーす!」
確認お願いします!と次から次にディスクに置かれていく書類を横目に木下は盛大なため息を零した。
「お疲れ様」
「あ、お疲れさんです、部長」
キャパオーバーした木下に隣席の黒木が、木下は休憩行きます!と部署内で1番大きな声で叫び、10分だけですからね?と言うと今にも崩れ落ちて来そうなファイルを数冊自身のディスクに寄せた。
「良い部下を持ったねー」
「あはは、黒木さんには頭が上がりませんよ」
10分で多く吸いたい。いつもより早く灰になっていく煙草を吸うと直ぐに新しい煙草に火を着けた木下に佐藤は、あのねと少しいつもより声のトーンを低くして声を掛けた。
「まきちゃん、この前お邪魔した時から……」
「え、まきちゃんさん、どうかしたんですか!?」
「いやぁ、めちゃくちゃ元気になってね、ご飯もよく食べるようになってねー」
一瞬まきに何かあったのか!?と不安に掻き立てられた木下だったが、佐藤の嬉しそうに話す様子から察したのか安堵の息を吐いた。
「もう、驚かさないで下さいよ!!」
「あはは、最近忙しくしてるから、ちょっと息抜きでもと思って」
ごめんね?と謝ってくる佐藤にキツく言うことは出来ない。それでも、上司からのささやかなサプライズに少しだけ疲れが取れたような気がした木下は、吸いかけの煙草を灰皿に捨て思いっ切り身体を伸ばし、
「ありがとうございます、あと少し頑張ってきますは!」
と言って、黒木が言った10分より少し早めに戻って行った。
今年のクリスマスは平日と言う事もあり木下の帰りはもちろん遅く、クリスマスと言う事で瀬戸内も遅くまでアルバイトに行っている。
そんな中、最近は1人でお留守番する事が多くなったこんぶは暗闇の中、誰も居ない家の中を歩いていた。
「……」
入っては駄目と言われている部屋のドアは閉じてはいるがそんな事はお構い無しに、こんぶはドアノブに前足を乗せ器用にドアを開けた。
「……にゃ」
少し掠れた声で鳴くも返事は無くあれ程必死に登っていたベットに軽々と飛び乗り、今はいない飼い主を探すかの様に布団に潜ったり、枕をジーッと見詰めたりしているもそんな事をしていても、飼い主が現れることは無く急に寂しくなった。
「にゃおん、にゃおん!」
と鳴き続け次第に疲れそのままうつ伏せで寝てしまった。だが、急に顔を上げ辺りを見渡すとある一点をじっと見詰めた。
『こんぶ、お久しぶりね?』
『まき、おばあちゃん?』
猫だって人間と同じで夢は見る。
まきは、そうよ?とこんぶに毛ずくろいをしながら、大きくなったはね?と我が子の様に愛しい目で見ていたがこんぶは急に恥ずかしくなり、
『もう、止めてよ!』
と思春期の子供が親からの愛情表現に恥ずかしくなるのと同じでこんぶもまた、まきからの毛ずくろい改めアログルーミングを恥ずかしいと思う様になっていた。
『あらあら、あの頃は大人しかったのに……』
『だ、だって!!』
きっと人間だったら耳まで真っ赤にさせているのに違いない。
『僕だって、もう大人なんだよ!?』
そう言うこんぶにまきは、前足を口元に当てて笑うその姿は品があり、ごめんなさいね?と言うと先程までの笑顔が消え暗い表情になったのを不思議に思ったこんぶが、どうしたの?と聞いた。
『あのね、私、お別れを言いに来たのよ』
『え、お別れって?』
『うーん、天国に逝くって事かしらね』
てんごくぅ?と首を傾げるこんぶにもう一度笑い掛けると、
『まだ知らなくても、大丈夫よ?』
と言ってこんぶの鼻先に自身の鼻先を当て、じゃねと言った。
「こんぶ!!」
「……っ!!」
木下の叫び声で目を覚ましたこんぶは、何が起きた!?と驚いた顔をしているが、目の前の飼い主の今にも泣き出しそうな顔を見て、また辛い事でもあったの?と鳴こうとした時、思いっ切り抱き締められた。
「良かった、ホンマに良かったぁ!!」
戸惑いを隠せていないこんぶに木下の後ろに立っていた瀬戸内を見て、パパ、どうしたん?と言っているかのように、にゃー?と鳴いてみせると、
「帰って来たら姿は無いし、見付けたかと思ったら声を掛けても起きなかったし……」
「こんぶー!!」
どうやら、飼い主達の声にこんぶは気が付かなかったらしく、どこか具合でも悪いんとちゃうんか?と焦っている木下を他所目にこんぶはそれ程、熟睡していたらしい。
「ま、何はともあれ、こんぶも起きましたし、晩御飯にしますか!?」
「にゃー!!」
ほら行きますよ?とまだ泣き止まない木下を連れてリビングに行く飼い主達にこんぶは、着いて行こうとベットから降りようとした時、当たりを不思議そうに見渡した。すると、こんぶの耳に、にゃおん!とどこか懐かしい声が聞こえたのかどうなのかは、こんぶにしか知らない。




