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【コイツは敵だ!】


きっと人間の言葉を話せるならこんぶはこう言っているのだろう。なぜなら、小さな身体を目一杯に使って威嚇しているから。


「……」

「……」

「あ、あの!!」


瀬戸内は気まずい空気を断ち切り、奏斗に今にも襲いかかろうとするこんぶを抱く手に少しだけ、力を込めて切り出した。


「先生、こちら今一緒に住んでる、木下健一さん。で、けんさん、こちらは高校の時お世話になった、木下奏斗先生、です」


そう言い終えるとあたかも初対面かの様に、どうも......と、会釈し合うだけでそれ以上の会話は無い。再び気まずい雰囲気になってしまった。

にゃー!と言うひと鳴きで一斉にこんぶへと視線が集まった。

そんな注目の的なこんぶは、瀬戸内の手から離れ一目散に木下の方へと掛けて行った。そして、大丈夫、大丈夫と自身の頭を強く足に擦り付けもう一度、木下の顔を見て、にゃー!とまるで【大丈夫、僕がいるよ!】と言っているかの様に鳴き終え、木下にピッタリと身体を寄せて座った。


「あんな、俺、ずっと兄ちゃんに言いたかった事があるんよ!」


足から伝わってくるこんぶの温かさに、木下は勇気を振り絞って話し出した。


「昔から、俺は何をしても良い結果を残す事が出来なかった。いつも、母さんに褒められてた兄ちゃんが羨ましかったし、悔しかった。母さんは俺なんかよりも、兄ちゃんだけ愛していたかったんやろうなって。でも、それ以上に周りが兄ちゃんの事を賞賛している声が凄く嬉しくて、皆に自慢したかった。いや、今だって自慢したいくらいや!」

「……」

「でも、母さんは俺の言葉なんかに耳を貸すどころか、俺っていう存在が疎ましくて……」

「……はぁ」


振り絞って初めて兄に言った勇気は、ため息ひとつで、崩れてしまった。


「一つ......いや、何個か、訂正させて欲しい」

「……え?」


不満があるのかそれとも、今更何を言っているんだ!と叱られるのか、ごめんなさいと下を向こうとした時にもう一度、はぁ......とため息を吐かれた。すると大人しく座っていたこんぶが、てめぇ!!と言っているかのように歯を剥き出しにして唸り始めた。


「違う、違う!こんぶちゃん、頼むから落ち着けって!!」

「こんぶ、大丈夫やで?」

「……にゃ、」


木下に頭を撫でられ落ち着きを取り戻したこんぶに、奏斗は安堵の息を吐いた。これから兄が言う事は自身が傷つく事は無いと、少しだけ期待をしても良いのかと思う木下に、


「お前は、皆から賞賛されていた、俺なんかより沢山。お前は知らへんと思うけど、母さんだっていつも健一は!健一が!って言ってたんやで?」

「……嘘や」

「まぁ、嘘って言われても仕方が無いって分かっとる。でもな、母さんは、あの人はお前が思っている以上に不器用なんやで?」

「......嘘や」

「自分の手でお前を育てる事が出来なかった母さんは、お前にどう接して良いのかずっと悩んでたんや。別室に閉じ込めたんだって、親戚達に嫌味を言われないようにって思ってした事なんや!せやから、俺の事は幾らでも責めてもいい!でも、母さんだけは責めないでくれ!!」


頼む!と目の前で勢い良く頭を下げる兄にどの様な言葉を掛けたら良いのか、そして、母さんを許すとこの場で言って良いのか、今の木下には分からなかった。



「……けんさん」

「……何?」


あの後、沈黙が続く中奏斗が、空気悪してすまんな!と言って帰った。そして、直ぐに木下は無言のまま自室に閉じ篭ってしまった。

部屋のドアには鍵が掛かっている。今は誰とも話したくない、誰とも会いたくない。そんな思いが渦を巻いていた。

だが、瀬戸内に名前を呼ばれると何故か返事をしてしまう自分が、おかしいと誰も聞こえなく小さく鼻で笑った。


「あの、こんぶが部屋に入れろ!ってさっきから鳴き止まないんです……」

「……」


少しだけドアが開くと、待ってました!と飛び込んで行ったこんぶを見て、


「俺、少し出掛けて来ますね?」

「……」

「にゃー!!」


木下の代わりに返事をするこんぶに瀬戸内は心の中で、こんぶ任せたよ!と呟いてドアの前を離れた。

ドアが閉まるとこんぶは木下に抱っこを強請るも、そのままベットに行ってしまった。後を追い掛けベットに倒れ込んでしまった木下の顔の横に行くと、その顔は今まで見た事の無い程、疲れ切っていた。


「何や、今は相手してやれんで?」


違うよ、傍に居たいだけ!と思いを込め弱く木下の額に頭を1回だけ押し付けて身体を丸くした。


「何やねん、寝るんかいな」


最近、活発的に動き回っていてもまだ子猫期のこんぶ。睡眠時間は前より短くなったがそれでもこうして日中もよく寝ている。

気持ち良さそうに眠っているこんぶの姿を眺めていた木下は、誘われるかのように自身もゆっくりと目を閉じた。

夢の中でも良いから、祖母に会えます様にと願いながら。



『けんちゃん、助けて!!』

『わぁ、え、てんぷらどないしたん!?』


急にてんぷらが慌てた様子で木下の身体をよじ登ってきた。


『僕には無理だよ!』


木下の首の辺りまで登ってきたてんぷらは下を見ながら、来たよ!と更に上に登ろうとした。


『もー、何で逃げるの、あ!』

『えぇ!?』


頭まで登り切ったてんぷらを下ろそうとした時、今まで夢に出てきた猫の中で一番小さな猫が木下の姿を見た途端に、


『パパー!!』

『え、こ、こんぶ!?』

『そうだよ、あのねあのね!おじいちゃんが、遊んでくれないの!?』


遊んで遊んで!と木下の足元をグルグルと走り回るこんぶに、


『てんぷら、諦めな』

『え、けんちゃんの、裏切り者ー!!』


と叫ぶてんぷらを無視してこんぶの近くに下ろすと諦め悪く、裏切り者!と言ってはいるがそれでもこんぶの相手をし始めた。そんな姿に、流石年長者!と声に出して笑った。だが、子猫の体力とは恐ろしいもので、てんぷらがもう無理!とへばっている横でこんぶは、もっと!とまだまだ元気のままだった。


『こんぶ、おいで?』


流石にてんぷらばかりに任せるのも申し訳ないと思いこんぶを呼びつけた。


『なーに?』

『こんぶは、寂しいん?』

『うーん?あのね、パパや大輝と一緒が楽しい!』


夢とは不思議なものだ。

話しているのは子猫だというのに、その子猫は身振り手振りで一生懸命に話をしているのだ。その姿はまるで人間の子供と話しているみたいだと木下は思った。


『でもね、パパと大輝がケンカするのは嫌い!』

『うん、ごめんね?』

『でもね、僕がダメ!!って言ったらね、2人は仲直りするから、へーき!』


こんぶ、と先程まで息が上がっていたてんぷらが何かを言いたそうに名前を呼ぶとこんぶは、あのね!と言って話し始めた。


『僕にはママがいないでしょう?』

『……それは』

『ママって、なーに?』


その言葉にどの様に応えるべきなのか、本当の事を言うべきなのか。もしここで嘘を言ってもいつかは分かる時が来るのでは?と悩んでいると、


『パパにも、ママはいるの?』


首を傾げるこんぶに、うんと応えると、どんな人?と聞いてきた。


『俺のママは、子供の愛し方を知らない、凄く不器用な人』


そう言うとてんぷらの方を見ると、それから?と言っているかのような優しい眼差しで木下を見ていた。


『それから、直ぐ怒鳴ったり気まずくなると逃げたり、口をきかなかったり......それでも、子供と遊ぶ時は全力で、馬鹿過ぎて砂糖と塩を間違えたりするのに、凄く料理が美味しかったり……』


きっと兄の話を聞いたから。嫌いだと言えなくなってしまったんだと思いながら木下は、こんぶに自身の母親について話した。


『なんだか、パパと似てるね?』

『...…え?』

『そっくりだよね、おじいちゃん?』


少し離れて聞いていたてんぷらが、うん、そっくりだね?とこんぶに返したが、視線はしっかりと木下を捉えていた。


『でも、パパは僕の愛し方を知ってる』


えへへ、と笑うこんぶに木下は泣きそうになるのをグッと耐え、そうだねと応えた。


『僕はパパに出会えて凄く幸せなんだ!パパは、パパのママに出会えて幸せ?』

『うん、幸せだよ!』


耐えていた涙が頬を伝う時、初めて自身の母親への気持ちに気付かされた。


『こんぶ、ありがとうな?』

『えへへ、僕こそ、あの時、見付けてくれてありがとう!』


一瞬、驚いた。

それでも目の前で幸せそうにしているこんぶを見るとどうでもよくなり、木下は思いっ切りこんぶを抱き締めた。


『パパ、ちゃんと大輝と仲直りするの忘れないでよ?』

『うん、分かったよ?』

『あと、アイツとも……』


アイツとはきっと奏斗の事を言っているのだろう。


『けんちゃん、これで僕のお役は、お終い』

『……え?』

『前に言っただろう?今の僕は君の想像でしかないって。君はちゃんと前を向いて歩いて行ける人になったんだ。だからもう、君の夢には出てこないだろうよ』

『ちょ、ちょっと待ってや!!』


少しずつ身体が透けていくてんぷらに、一生懸命に手を伸ばすも、どうしてか届く事すら出来ない。そして、こんぶはてんぷらに駆け寄り、


『おじいちゃん、安心して?これからは僕がパパの傍にいるからね?』

『うん、任せたよ?』


そう言うとお互いの鼻を着けて猫の挨拶を交わした。

完全に姿を消したてんぷらに只々涙を流す事しか出来なかった。

遠くの方から木下を呼ぶ声がした。するとこんぶは、にゃおん!とひと鳴きした。



ゆっくり目を開けると安堵の息を吐く瀬戸内の姿。まだ夢との狭間に半分だけ意識を置いている木下。そしてよく寝た!と言っているかのように全身を伸ばすこんぶ。

帰ってきたんや、と呟く木下に自分の事では無いと思った瀬戸内は、お帰りなさい!と柔らかい笑みで応えた。そんな二人の間に急に割って入って来たこんぶが、お腹空いた!!と寝起き特有のしゃがれた声で鳴くと2人同時に笑った。


「よく、寝れましたか?」


と言う言葉に木下は首を傾げながらサイドテーブルに置いてある時計を見ると、最後に見た時間から4時間経っていた。

そりゃ、腹も減るよなと隣で毛ずくろいをしているこんぶの頭を撫でると、にゃーと嬉しそうにひと鳴きした。


「晩御飯、出来てますよ?」


食べますか?と聞かれ、もちろん!と勢い良くベットから起き上がり2人と1匹はリビングへと行った。



その日の晩御飯、木下が見た夢の話で盛り上がり自分もこんぶと話がしたかった!と拗ねる瀬戸内に笑う木下が居た。


「あんな、兄ちゃんにもう一度、その、会いたいって連絡してくれへん?」


そして木下は瀬戸内に自身の母親に対する思いを告げ、もう一度勇気を出して本当の事を伝えようと決心したのだ。



後日、再び気まずい雰囲気の中、木下兄弟はお互いの気持ちを言った。

だが、どちらかが責められることも無く気まずい雰囲気は最初だけ。次第に兄弟だからこそ醸し出せる、優しくて幸せな雰囲気になっていた。


「で、こんぶちゃん、そろそろ許してくれないか?」

「ふん!」

「こんぶちゃーん!!」


お互いの気持ちを理解し合えた後、奏斗はこんぶを前に許しを乞していた。

いつぞやの瀬戸内みたにおやつを差し出してもこんぶの機嫌は直らない。ソファーの隅で意地ける兄のそんな姿を初めて見る!と木下は笑い、自分もあったなーと同情をしている瀬戸内だった。


「こんぶ、兄ちゃんはもう悪い人じゃないんやで?」

「にゃう?」

「怖い人でもないから、仲良くしてあげて?」

「……にゃ」


しゃあなしやで?と言っているかのように奏斗に近付きポンっと背中に前足を乗せると、それが嬉しくてこんぶに勢い良く抱き着こうとした奏斗に驚いた。


「シャァ!」

「い、痛い」

「それは、自己自得やで、兄ちゃん」

「先生、大丈夫ですか!?」


思いっ切り手を引っ掻かれた奏斗に、再び笑い出す木下と笑うのを耐えながら手当をする瀬戸内と、ざまぁ!と毛ずくろいを始めたこんぶ。

そんな2人と1匹の姿に、


「......幸せになれよ」



と弟達の幸せを願う兄が居た。

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