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珍しく木下がコンビニ以外のお菓子を大量に持って帰ってきた。


「けんさん!一体どこに行ってたんですか?連絡も無かったしそれに、っ!?」

「……ただいま」

「お、おかえり、なさい」


帰って来たら色んな事を瀬戸内は言うつもりでいた。だが、ただいまと言った木下の顔を見て言うのを止めた。

木下は肩からボストンバッグを下ろし、こんぶーと呼びながらリビングへと言ってしまい、渡された大量のお菓子をただ呆然と見ている事しか出来ない瀬戸内に、大輝ー!と呼ばれ我に返った。


「けんさん、どこ行ってたんですか?」

「うーん、あー、実家に帰ってた」


久しぶりに木下との再会に顔を揉みくちゃされても抵抗もせず、大人しくなされるままのこんぶは、おかえり!と言っているかの様にひと鳴きすると、嫌がっていると勘違いした木下は、ごめんとこんぶから手を離した。


「また、急にどうして?」

「呼び出し、食らったん」


一向にこちらを向かない木下に、また何か悩んでるなと思い、正面に座り顔を覗き込もうとすると、見したない!と顔を逸らす木下の態度にムッとした顔をするも、諦めずにもう一度覗き込もうとすると今度は、反対の方に顔を逸らしてしまった。


「けんさん!」

「別に、見んでも良いやん!?」


お互いが大きな声で言ってしまいこんぶが、止め!!とこれまた大きな声で叫んだ。


「分かりました、もうしませんから」

「……」


そう言うと瀬戸内は木下の後ろに移動し、


「それで、どうしたんですか?」


と半分呆れた声で問うと、何もないとだけ返ってきた。それ以上何も言わない木下が気になり後ろを振り返ると、肩が震え、きっと泣くのを耐えているのだろうと、その震えている肩を抱き締めたい思いをグッと耐え、伸ばしかけた手を引く瀬戸内に木下は只々、ごめんなさいと謝り続けた。


「けんさん、言いたくなったらいつでも聞きます、だから、謝らないで下さい?」

「……うん」

「大丈夫、誰もけんさんを責めてません、よ?」


震える背中に優しく語りかける瀬戸内に、大丈夫やで?とこんぶも鳴いた。




スーツ姿の木下の足元には一本の白線が引かれていた。


『けんちゃん!』

『……てんぷら』


線の向こう側には夢でしか会えない猫が、行儀良く座っていた。


『けんちゃん、キミはこの線を、このスタートラインを踏み出して前に進んでも良いんだよ?』


てんぷらはそう言うと、さぁ!と尻尾をピンッと立ち上がり、木下が一歩を踏み出すのを待っていた。木下はその白線を超える事が怖く、上げた足はそのまま動かす事が出来なかった。


『けんちゃーん、ファイトー!!』


緊張からなのかそれとも恐怖からなのか、汗が額から落ちるのもそのままに、白線をじっと見詰めていると、後ろから木下に声援を送る者がいた。木下はその声がする方を見るとそこには、メガホンを持って頭に必勝と書かれたハチマキを巻いた、


『ば、ばーちゃん!?』

『けんちゃん、人生、何クソ!!って思って生きなつまんないよ!!』


実家で想像していた通りの祖母が、行けー!と声援を飛ばしていた。木下は一目散に祖母に抱き着き涙で震える声で、ばーちゃん!と何度も言と、祖母もまた涙を流し抱き返そうとするも、その手をグッと握り孫を押し返した。


『ええか、けんちゃん、もうけんちゃんは大人や、けど1人じゃない!兄ちゃんが何を言っても、けんちゃんはけんちゃんや!自分の足で前に進んだ姿をばーちゃんに見してよ!?』


そう言うと木下の身体の向きを変え、ほら行って来い!と背中を押した。


『さぁ、準備は良いかい?』

『う、うん』

『あはは、けんちゃんは昔から何でも飛び込むクセにいざとなったら怖がるの、変わってないよね?』


もう一度、白線の前に立ち、少し緩まったネクタイを締め直した。後ろに居る祖母と、いつの間にか祖母の近くに移動していたてんぷらに向き直ると、深く深くお辞儀をし、


『木下健一、今まで頂いた沢山の想いを胸に抱いて、前に進んでいきます!!』


そう言うと、そして!!と顔を上げ、


『ばーちゃん、てんぷら、最後の日に一緒に居れなくてホンマに、ごめんなさい!!それからずっと言えなかったけど、俺は、ずっと愛してます!!』


両頬を伝う涙と笑顔には、今までの苦しく辛い思いは無く、これから起きるであろう人生と少しの期待と大きな楽しみが溢れていた。


『けんちゃん、行っけー!!!』


そして、祖母の声援を背に木下は白線を超え、一歩大きく前に踏み出して行ったのだ。



「にゃぁ」

「こん、ぶ?」

「にゃーん!」

「痛て!!」


心配したんやで!と言っているかのように木下の顔にバシバシと……要は、猫パンチをかましているこんぶが、急に宙を舞ったと思い焦る木下に、けんさん?とこんぶを抱き上げた瀬戸内が声を掛けてきた。


「もう、大丈夫なんですか?」

「うん、心配掛けて……っ!?」

「けんさん、謝り過ぎです!!」


すまなんだと言う前に、プニっとこんぶの肉球が木下の口に押し当てられ、少し不機嫌な瀬戸内がそう言うと、ご飯にしましょう!と台所へ行ってしまった。


「なぁ、大輝、あんな……」


ご飯の準備をしている瀬戸内に、申し訳なさそうに話し掛けると手を止めこちらに向き直り、どうしました?と返してきた。


「話、聞いて欲しい、んやけど……」


と下を向いて言う木下に、良いですよ?と微笑んだが、ご飯が先だ!とこんぶがリビングから鳴いている為、結局ご飯を食べ終えてからとなった。


「えーっと、どこから話したら良いんか、分からへんのやけど……」


と話し始めた木下に、どこからでも?と促す瀬戸内と何か大切な話が始まるのか?と感じ取ったこんぶは、大人しく自身の寝床へと帰って行った。


「前に、俺は普通やって話したやん?」

「えぇ、しましたね」

「あれな、嘘なん。俺は昔から勉強も運動も何もかも出来なくて、いつも兄や歳の近い親戚達と比べられて、皆は勉強も出来て運動も……」


瀬戸内に引かれないように、ゆっくりと言葉を選びながら話したが、瀬戸内自身はそんな木下に、


「けんさん、遠慮しないで下さい?」

「……え?」

「けんさんが今までどんな思いで生きてたのかを俺は、けんさんの言葉で知りたいんです」

「でも、俺の過去の話なんて……」


もう一度、けんさん?と優しく名前を呼ぶと、堪え切れなかった涙が頬を伝いそれを皮切りに木下はグッと下唇を噛み締めた。


「俺は、何も出来へんっていっつも言われて来た、親戚が集まっても存在が恥ずかしいからって、別室に居らされたりしてたん!!」

「うん」

「小学の頃、絵のコンクールで金賞を取ったのに、母さんは意味が無いって褒めてくれなかった!」

「うん、それで?」

「俺に近付いたら、馬鹿が伝染るって、俺はいつも独りやった、だからじーちゃんとばーちゃんが、育ててくれた。でも、それすらダメで……」

「……うん、それ、で?」


この後、今まで誰にも言えなかった自分の過去を、目の前で一緒に涙を流しながら聞いている瀬戸内に全てを言った。



「ふー、って事です」


全てを言い切った木下はどこかスッキリした顔で、顔、洗ってくる!と立ち上がろうとした時、後ろに倒れそうな勢いで抱き着かれた。


「だ、大輝!?」

「……」

「大輝、どないしたんや?」


急に抱き着かれ驚いたが、自身を抱き締めている手があまりにも力強く、大人しく腕の中に収まることにした木下の首元は瀬戸内の涙で濡れていた。


「何で大輝が泣くねん!?」

「だって、だって!!」


まるで親に甘える子供みたいと笑ってしまった木下に、笑わないで下さい!と叱られた。


「けんさんが、どうして人を頼る事が出来ないのかやっと、分かりました」

「せやね、人に頼る事を教えて貰ってなかったもんな」


そう言うと瀬戸内は頭を上下に降り、更に強く抱き締めると、その手の上に木下は自身の手を重ね、ごめんな?と謝った。


「でも、今は違うで?今は大輝がおってくれるやん?」

「……うん、ちゃんといます」

「過去の話なんて誰にも話すつもり無かったけど、このままやと駄目や!って思ったん」

「そんな事、ない、です」


木下は凭れ掛かりリラックスし、瀬戸内は後ろに倒れない様にと力を入れるも、相手は幾ら自分よりも細身であったとしても、180オーバーの長身の成人男性だ。しかも全体重を自身に掛けてこられると、


「わぁ!!」


倒れないわけがない。


「だ、大輝、大丈夫か?」

「いってー、頭ぶった」


テーブルの角で後頭部を強打し瀬戸内の手は自身の後頭部に当てられ、先程まで寝ていたこんぶはあまりにも大きな音が鳴り驚いたのか、大丈夫か?と痛がる瀬戸内に寄ってきた。


「最近、筋トレをサボってたんですよねー」

「え、筋トレなんてしとったん!?」

「はい、してましたよ?」


それが?と言いたげな瀬戸内など眼中に無い木下は、


「なぁ、触っても、良い?」


瀬戸内の腹筋に目がいっていた。




最近、こんぶのお気に入りの場所が可笑しいのだ。


「あのー、こんぶさん?」

「にゃー」

「そろそろ降りて貰えると、助かるのですが?」

「……」


今年の夏は例年以上に猛暑日が続くと連日騒いでいたニュースキャスター達が最近では、どこの紅葉が綺麗かという話で持ち切りだ。


「あはは、こんぶおいで、飯にしよう」

「にゃぁ!」


季節は秋になり、今月10月で7ヶ月になったこんぶは毎日が運動会でもしてるのか?と言いたくなる程、家中を活発に走り回っている。

先程も木下に呼ばれ元気良く走って来たが、


「こんぶ、それ、本気で痛いから」


瀬戸内は背中辺りを擦りながらゆっくりと歩いてきた。

そう、最近こんぶのお気に入りの場と言うのが、瀬戸内の背中なのだ。うつ伏せになっている状態ではなく、こんぶの気紛れでうつ伏せになり気が済むまで瀬戸内の背中で過ごすのが最近のマイブームらしい。因みに、一度だけ試しに木下がうつ伏せになりこんぶをその背中に乗せると直ぐに降り、申し訳なさいっぱいの顔で、まるで謝っているかの様に鳴き続けた事があった。


「大輝の背中は乗り心地良いんやで仕方が無いよな?」

「にゃーん!」


因みに木下に対しては座っている時に、乗ってもいい?と片足を木下の足に乗せて、にゃおんと聞いてから乗っている。


「一応、こんぶとの時間は俺の方が長いのに……」


不貞腐れる瀬戸内に、ドンマイ!とご飯を頬張りながらこんぶが慰めるも、


「こんぶは、大輝の事も好きやもんな?」

「……」

「え、嘘やろ!?」


ご飯に集中したいのか、木下の問に返事をする事はなかった。


「さてと、そろそろ俺は出掛けるな?」

「すみません、追い出す感じになって」

「ええで、折角来て下さるんやし」


10月のある日の昼下がり、瀬戸内の恩師がこの家に訪問すると前日に聞いていた木下は、自分が邪魔になるのではと思い訪問客が来る前には家を出たかった。だが、ピンポーンと鳴るチャイムに予定より早くに来てしまった訪問客に、挨拶をせずに出て行くのは失礼かもと思い、


「あ、来たみたいですね?」

「ホンマやね、挨拶だけして行くは」


と伝えると、二つ返事をしたものの瀬戸内はある事に気が付いた。


「けんさん、やっぱり挨拶しなくて良いです!」

「何で?そんな事言わんと、な?」

「ですが……」


どもる瀬戸内に疑問が残るが、もう一度チャイムが鳴りその場に立ち尽くしている瀬戸内の代わりに木下が玄関へ行く時、けんさん!と声がしたが足を止めずに、はーいと言ってドアを開けるとそこに居たのは、


「何でお前がおるん!?」

「え、大輝の恩師って……」


夏に実家で初めて自身の思いを言った時、もう二度と会う事は無いと思っていた。だが、木下の目の前に立つ、自身の兄の姿を見て一瞬にして恐怖心から来る震えと冷や汗が一気に全身を襲った。


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