13
遂に、決戦の時がやって来た!
と言えば格好良いだろう。だが残念ながら只のワクチン接種だ。だが、こんぶにもそして飼い主達にも只のワクチン接種ではない、そう、これは正しく獣医との決戦なのだ。
「こんぶちゃーん、怖くないよ」
「うぅぅ」
「大丈夫、直ぐに終わるからね?」
「シャァ!!」
どうにかして落ち着かせようと声を掛け続ける看護師と注射器を構える獣医、そして申し訳無い気持ちでいっぱいの2人の飼い主と、そんな人間達を気にも止めない、こんぶ。
「こんぶ、落ち着いて?」
「大丈夫やで、チクッで終わるんやからな?」
今まで感じた事が無い冷たい床の診察台と、目しか見えない知らない人達。そして、人間でも不安に襲われるあの病院独特な匂いは、幼いこんぶには不安よりも恐怖の方が大きい。幾ら大好きな飼い主達が大丈夫と言っても、怖いものは怖いのだ。
今日はどうしてこんなに怖い事ばかりなんだよ!?と飼い主達に言うような目で見上げているこんぶに、おいで?と木下に抱き上げられ、一時休戦か?と馴染みのある匂いと温かさに包まれ落ち着きを取り戻したこんぶに、
「今です、先生!!」
看護師のその一言で、獣医はこんぶのお尻の皮を掴み持っていた注射器を素早く射した。
「はい、終わったよー」
「お疲れ様、こん、ぶ?」
やれやれ言った感じの獣医に苦笑いの木下は、腕の中でビクともしないこんぶを見ると、目をこれでもかと大きく開け、そして口も開けたままでこちらを見ているこんぶと目が合った。
「では、次回は......」
猫のワクチン接種は1回で終わりではない。何週間か開けて数回に分けて行うのだ。だが、こんぶは家猫つまり屋内で生活をしている為、後1回で終わりなのだが、成猫になってからもワクチン接種はある。だが、子猫と違い年単位で行う。あくまで、子猫も成猫も推奨の為その時の状況等で変わってくる。
さて、未だに裏切ったな!と言う顔で木下を見ているこんぶは獣医の、次回は......と言う言葉で現実に戻された。これで終わりじゃないのか!?と叫ぶかの様に腕の中で暴れ始めた。
「あはは、相当嫌なんだねー」
「すみません、こんぶ、一旦落ち着きって!?」
「まぁ、人間の大人でも注射が嫌いな人いるから、こんな小さな子に怖がるな!なんって無理ですよ」
そう言いながら瀬戸内と話している獣医を指を差し、いい例があそこにと、笑いながらこんぶの頭を撫でる看護師に木下は再び苦笑いしか出来なかった。
決戦いや、ワクチン接種が無事に終わり、行きと同じ様に瀬戸内の腕の中で毛布に包まれて寝ているこんぶ。一時はどうなる事やらと、他愛もない会話をしながら歩く2人に、けんちゃーん!!と何時ぞやの瀬戸内に悪い事をしたと木下に話していた女児が、手を大きく振りながら2人の元へと走って来た。
「おう、どないしたんや?」
「よう!いや、最近、顔みやなんだから......あ、」
「……」
女児は木下の隣に瀬戸内がいた事に気が付き、無意識に1歩後ろに片足を引いたのを、瀬戸内は見ていた。
「けんさん、俺はお先に……」
帰りますと、言うのと同時に女児が勢い良く頭を下げて来た。これには瀬戸内もそして木下も驚き、どないしたん?と木下が声を掛けると、
「やっと、兄ちゃんに会えたから。この前はけんちゃんに謝っといてって言ったけど、どうしても、うちからちゃんと、謝りたくて......」
勢い良く話す女児だったが、徐々に言い終わるのと同時に声が弱々しくなっていき、涙声になっていった。
「え、俺に?」
「うん、あんな、うちが嫌がる兄ちゃんを無理やり、引っ張たから、せやから、兄ちゃん、あん時は怖かったんやろう?」
「......」
「ホンマに、ごめんなさい!」
「……ごめん」
流れる涙もそのままに必死に謝る女児に、瀬戸内はその一言を言うのが、精一杯だった。
だよね……と自身の謝罪は受け入れて貰えなかったと思い再び下を向き女児は、雑に両手で涙を拭い勢い良く顔を上げ、二カッと笑顔を作った。
「あんな、たまにでええねん、あ、うち土曜はここに来てへんから、その日は、しーちゃんに会いに来てあげてよ?」
「……え?」
「しーちゃんな、若い男の人と話すと寿命が1年伸びるって言ってたから。兄ちゃんが会いに来てくれたら、しーちゃん100歳まで生きれるやん?」
でも無理はあかんで?と言う女児の言葉に瀬戸内は、被せる様に言い放った。
「何か勘違いしてるよ?」
と少し震える声で女児に話し掛けた。
小学生位の子供が怖いと聞いていた木下は、ここで止めた方が良いのか?と悩んでいた。だが、女児の目線に合う様に身体を屈めた瀬戸内に、自分から歩み寄ろうとしている意思が伝わってきた。瀬戸内の言葉を理解しきれていない女児と目が合いニコリと笑って、自分は黙っていようと決めた。
「別に、君に怒ってる訳では無いんだよ?ただね、俺は、その……」
瀬戸内は自分よりも小さな子に向かって、怖いと言って良いのかと黙ってしまった。すると、にゃぁと腕の中で鳴き声がした。どうやら、身体を屈めた時、腕に圧力が掛かり苦しくなったのだろう、こんぶが鳴いて知らせてくれたのだ。
「あ、ごめんね、こんぶ!苦しかったよね?」
「にゃおん」
慌てて姿勢を正す瀬戸内に、大丈夫やで!と毛布から顔を出したこんぶと目が合った女児は、歓喜の声を上げた。
「え、子猫やん!」
「え、う、うん」
「うちな、猫めっちゃ好きなんよ!!」
もっと見せて?とお願いする女児に、瀬戸内は良く見える様に毛布からこんぶを女児の前に差し出し、抱っこする?とまだ少し震える声で言うと目を輝かせて、良いの!?とこんぶを受け取った。
「こんにちは、アナタのお名前は何て言うの?」
「にゃぁ!!」
「そう、素敵なお名前ね?うちの名前は、希菜って言うの!!」
幼い頃に見た名作アニメのワンシーンの様な会話をする女児改め希菜の表情は輝いていた。その表情を間近で見ている瀬戸内の表情もどこか、和らいでいる様に見えた。
「そうね、けんちゃんしか名前、知らへんもんね!?」
可愛いね、オスなの?等とこんぶに話し掛けていた希菜は瀬戸内の方を見て、お兄ちゃんのお名前は?と声を掛けてきた。突然の事にどもる瀬戸内の姿を見ていたこんぶが、落ち着け!とひと鳴きすると、何故か手の震えが治まりギュッと手を握った。
「だ、大輝、瀬戸内大輝って言います!!」
その声はあまりにも大きく、希菜もそしてこんぶも驚くも直ぐに満面の笑顔になたった。
「だいちゃん、やね?よろしく、うちは希菜って言います!!」
「よ、よろしく、お願い、します」
瀬戸内は自分から初めて名前を名乗った。緊張のあまり、希菜が握手を求めいる事に瀬戸内は気が付き、自分よりも小さな手を両手で握り返すのを、木下は見ていた。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
瀬戸内は希菜の弾丸トークに圧倒されたが大人の対応で、希菜に優しく相槌を打ったり、時には大袈裟に驚いたりと、その顔は子供が怖いと言っても信じんて貰えない程、穏やかだった。
「大輝、良かったな、友達が出来て?」
「あはは、そうですね」
こんぶは自身の寝床に辿り着く前に力尽き、ピーピーと気持ち良さそにいびきをかいて、ラグの上というか半分はフローリングの上で頭だけがラグの上の状態で寝てしまった。そんな姿に2人はあまりにも気持ち良さそに寝ている為、そのままの状態にする事にした。
「希菜ちゃんってパワフルですね」
「あの子以上に他の子達は凄いでー?」
「……え」
駄菓子屋しーちゃん屋にやって来る子供達は元気が溢れ出ている。そしては、店主の御歳85歳の鈴木があまりにも元気過ぎるからなのだ。だが、それ以外にも理由はある。それは、元気がない子は来るな!!と怒られるからだ。もう一度言うが85歳の老婆にだ。
木下も何度も鈴木の愛読書の雑誌で、喝を入れられている。
「今度、平日でええから、しーちゃんに会ってみ?自分の悩みなんてちっぽけやって、思うから」
「あはは、そうですね、平日なら行けそうです!」
折角、仲良くなれた希菜に会えないのは残念だが、木下が一度は会ってみ?という人がどんな人なのか、瀬戸内は分からないが、少し楽しみにしていた。
「で、そろそろ理由を聞いてくれますか?」
「え、何の話?」
唐突に真面目な顔をする瀬戸内と、訳が分からんという顔をする木下。
瀬戸内はどうして子供が嫌いではなく、怖いのかをその理由を木下に聞いて欲しかったのだ、自身が初めてその事について告白した時から、ずっと。
「理由って、あの、子供が怖いってやつ?」
「……そうです」
そう言う瀬戸内に姿勢を正した木下は、ええよ話?と優しく促した。
「なぁ、......ちょっとタンマ!」
「俺も、です」
だが、急に笑いを耐える2人。その原因が、気持ち良さそうに寝ている、こんぶのいびきだった。
「あかん、ホンマにゴメンなんやけど、無理や!あはは!!」
「ちょ、けんさん、笑わないで下さいよ!頑張って耐えてたのに!!」
とうとう耐える事が出来なくなった木下は、あまりにも可笑しく自身のお腹を抱えラグの上に倒れ込み、そんな姿を見て、瀬戸内も同じくお腹を抱えて笑ってしまった。
「ホンマにごめんやで?折角、話そうとしてくれてたのに」
「い、いえ、大丈夫ですよ?」
笑いのツボに入り込んでしまった2人は、まるで事前に打ち合わせしたかのように同時に、ピタリと笑うのを止め、ピーピーとまだ気持ち良さそうに寝ているこんぶのいびきを聞いて、再び笑い合った。
「けんさん、けんさん」
「はぁ、何や?」
少しづつだが2人は笑いが治まっていく中、瀬戸内は木下に呼びかけた。
「俺、昔はこんなに笑う事が出来なかったんです」
「……え?」
「まぁ、わかり易く言えば毒親だったんですよ」
「……」
「高校2年生までは、こうして些細な事で笑い合える友達がいなくて。小学生の頃なんて話し掛けた子はみーんな、両親が勉強の邪魔だ!って言って、何故か3日後には、居なくなってたんです」
「……うん、ほんで?」
「その名残なのか、だけど自分では分からないんですが、小学生位の子に話し掛けられたり、話し掛けたら、居なくなっちゃうって思って......」
そこまで話すと俯き、黙り込んでしまった瀬戸内。
「じゃ、希菜と話してた時も、怖かったん?」
そう尋ねる木下に、そんな事ない!と頭を振ってその問いに否定した。
「希菜ちゃんと話してた時、けんさんが隣に居てくれたから、怖いって気持ちが不思議と、なかった……」
「……そうか」
良かったな?とまだ俯いている瀬戸内の頭を優しく撫で、一瞬ほんの一瞬だけ瀬戸内は驚いたが、小さな声で、有難うございますと涙声で言った。
そんな2人をジーッと静かに見ていたこんぶは、またこの飼い主達は喧嘩をしているのか?と思い、しゃない、ボクの出番か!と言っているかの様に、前に後ろにと身体を伸ばし、2人に近付こうとした時、瀬戸内が木下に感謝を伝えているのが聞こえ、喧嘩じゃないのか!と安心し今度はちゃんと自身の寝床へと行こうとした時、ある事に気が付き踵を返して再び飼い主達の元へ歩み寄るも、今、飼い主達の間に割って入って良いのか?と思い留まった。だが、こんぶにしたら一大事であって、目の前で起きている事よりも、大事なんだ!!と意を決して、二人の間に歩み寄った。
「にゃぁ」
「うん?起きたんか?」
いつもみたいに、飼い主達ー!!と元気良く飛び込むのでは無く、汐らしく人間で言えば、あのー、すみませんが……と申し訳なさが滲み出ているといった感じで、飼い主達の間に割って入って行った。
気が付いた木下はこんぶを抱き上げ、どうした?と聞き、その声に瀬戸内も気が付いた。顔を上げるも涙を流した跡があったが、木下と同じくどうしたの?とこんぶに聞いた、鼻を啜りながら。
「にゃぁ、にゃぉん!」
こんぶはある事に必死に訴えているが、生憎、相手達は猫の言葉が分からない人間達だ。
「あはは、大丈夫だよ?」
「何や、心配で声、掛けてくれとんか?」
「にゃ、」
そう言う飼い主達の顔を改めて見たこんぶは、何かあったの?と首を傾げるが、そんな事よりも!と訴えるも、
「喧嘩してへんで?」
「にゃぁ、にゃぁ!!」
ちゃうねん!!ときっと人間の言葉が話せたらそう言っているだろう。
飼い主達は1回ずつこんぶを撫でると、各々に動き出た。こんぶはラグの上に戻されたが、待ってよ!!と鳴こうとしたが力尽き、その場で不貞寝しようとした時、違うの!僕が言いたいのは、ご飯まだ食べてないの!!と、にゃーん!!と鳴くも、飼い主達がそれに気が付くのに、30分ほど掛かった。




