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「よし、荷物はこれで全部ですよね?」
「うん、全部下ろしたー」
木下から一緒に住もう!と提案されたのが、先週の日曜日、退去までに残り2週間しかないと聞かされたのも同じ日だった瀬戸内は、全く焦っていない木下を急かす様に新住居を決めていくも、
「一時期はどうなる事かと思いましたよ!?」
「ごめんって!でも、ええ部屋が見付かったやん?」
「そうですけども……」
運良く前住んでいた所から徒歩5分内の所に、ペット可のマンションを見付けたのだ。あまりにも突然過ぎた言い出した木下は、大事なプロジェクトを抱えており、帰宅するのが遅くこの2週間は休日出勤もあり、全て瀬戸内任せになっていた。
「大輝って、センスええよなー」
「にゃぁ!」
「こんぶもそう思うか!」
荷解きをする瀬戸内を横目に、木下とこんぶは敷きたてのラグの上で寝そべり、今にも寝てしまうのでは?と思う程、リラックスしていた。
「けんさーん、寝落ちする前に自分の荷物、部屋に運んでしまって下さいよ?」
「うーん」
「けんさん!!」
瀬戸内は少し口調を強めに名前を呼ぶも、当の本人は微睡んでおり、うーんと返事するだけで身体を起こそうとはしなかった。
「はぁ、こんぶ、けんさん起こして?」
「にゃぉ」
「もう、こんぶまで!!」
木下の横で、嫌だよーんだ!と言っているかの様に、ゴロンっと仰向けに寝転ぶこんぶに、もういいっか!と瀬戸内もラグの上に寝転んだ。
「片付け、せんでも、いいん?」
「俺も、休憩でーす」
「なんやねん、それ」
2人と1匹が寝転んでいる場所に心地の良い日が当たり、こんぶを真ん中にして、少し休憩と最後まで言えなかった木下に、
「お疲れ様です、けんさん」
と小さな声で言いながら瀬戸内も目を閉じた。
「おーい、大輝、起きやー」
「……」
「にゃぁ!」
「うっ、こんぶ、退けて」
瀬戸内が次に目を覚ますと、窓からは赤い夕日と茶トラの毛が目に飛び込んできた。
おはようさん!とリビングに来た木下の両手にはマグカップが持たれており、飲んだら片付けなきゃ!と当たりを見渡すと、共用スペース用の荷物が入っていた3箱ほどあった段ボールは、綺麗に折りたたまれていた。
「もしかして、けんさん1人でしたんですか!?」
「え、あ、うん......何かまずかったか?」
一緒に片付けた方が良かったのか?と少し気まずそうな木下は、片付けたと謝り瀬戸内は、片付けさせたと謝るも、2人見事にハモってしまい自然と笑いが起こった。
「起こしてくださっても良かったのに」
「せめて片付けくらいはせな、バチが当たる!」
そう言うと、片方のマグカップを瀬戸内に渡し木下は晩御飯の話をした。
晩御飯の時も他愛も無い話で盛り上がり、常に笑いが絶えなかった。
「本当にけんさんって、料理上手ですよねー」
「そんな事ないで?普通や」
「あれが普通なら、俺はダメです」
大輝の方が凄いって!と何故か焦る木下に、再び笑い出す瀬戸内は、そんな事ないよねー?とこんぶに話しかけると、木下の方をジーッと見て、にゃおんとひと鳴きした。
「こんぶもけんさんの方が凄いって言いてますよ」
「……」
褒められる事に慣れていないのか、木下は気恥ずかしそうに瀬戸内とこんぶから視線を外し、普通やし......とボヤいた。
これまで木下の周りには、各分野に特化している人物しかいなかったのだ。
木下の兄は成績優秀であり、木下と歳の近い親戚達も勉学に対して優秀でおり、木下以外は国立の大学へと進学しているのだ。
一方木下自身は、大学は愚か高校も名前を書くだけで受かると言われるレベルの学校に行き、常に下から数えた方が早い順位で、高校の卒業試験も担任のお情けで受かったもんだ。そして、周りの反対を押し切って専門学校へと進学したものの、周りの凄さに呆気を取られ、唯一成績が良かった科目は今の職業には全く役に立っていないのだ。
そして、木下は瀬戸内に自分は普通だと言ったが内心、自分は何も出来ない人間なんだと思っているのだ。
「けんさんは、普通だって思ってるかもしれませんが、俺にとったら凄い人なんですよ?」
「……どこが」
「だって、俺には無い物を持ってるじゃないですか?」
未だに視線を外したままの木下と、無理に合わそうとせずに膝の上のこんぶを撫でながら話す瀬戸内に、何かを考え込む木下は結局、何も持ってないと返すことしか出来なかった。
「人それぞれなんで、持っていなくても大丈夫ですよ」
「……」
「俺だって何も持ってないんですから」
「……大輝は、賢いやん」
「それだけです」
前に瀬戸内の大学の話を聞いた事があった。瀬戸内がどれ程頭が良いのか木下は思い知った。
こんな自分と話したくないだろうとまで思っていた木下の思いを汲み取って瀬戸内は、けんさんだから話したいんです!と真っ直ぐ木下を見て言った。
「勉強が出来たとしても人と話す事が出来ない人、逆に勉強は苦手でも人と話すのが得意な人。色んな人がいるんですよ?」
「……うん」
「皆、できる事、尊敬する事は自分では気が付かないんです、他人が見つける事なんです!!だから、俺はけんさんの凄い所をいっぱい見つける事が出来るんです、けんさんもそうでしょう?」
15歳も年下が何を偉そうに!と木下は思う事はなく、逆に、年が離れていても人それぞれ歩んで来た人生は違う。
もしかしたら、自分以上にそう思わなければならなかった人生を歩んで来たのかもしれないと、改めて木下は瀬戸内は凄い奴なんだと思った。
「おっはよー、木下君!」
「はよー」
プロジェクトも終盤にさし掛かろうとしているそんな朝、いつもの様にテンションを高くして、木下に挨拶をする荒田にいつもの様に挨拶を返す木下の目の前に、はい、どうぞ!といつも飲んでいる缶コーヒが差し出された。
「何、これ?」
「え、今日がラストなんでしょう?だから、俺なりの応援、てか?」
「あ、うん、ありがとう」
このプロジェクトが成功すれば、木下自身にもそして会社にも大きな利益をもたらすのだ。
「木下さん、今日のオリエンテーション、頑張ってくださいね!?」
「うん、ありがとう」
隣席の黒田も木下に、ささやかですが!とチョコレートのクッキーを渡してきた。
そして、各々に木下に頑張れよ!と声援を飛ばした。
「………以上を持ちまして、終わらせて頂きます」
指先が氷の様に冷たくなり、緊張していたにも関わらず、約1時間のオリエンテーションは問題なく終わった。
後は簡単な質疑応答とだけが残っているが、それは他のメンバーが行う為、木下は隅に置いてある椅子にフーっと静かに息を吐きながら座り、終わるのを待った。
「木下君!!」
「あ、部長!」
滞りなく終わり先方を見送った木下は、足早に喫煙所に行く途中で佐藤と出会した。
「お疲れ様、先方もわかり易くて良かったって、笑顔でお話されてたみたいだよ?」
「ホンマですか!?はぁ、良かったー」
安堵のため息と共に煙を吐き出す木下に、佐藤はもう一度、お疲れ様と言った。
「少しだけ聞かせて貰ってたけど、本当に上手だよね」
「……え?」
「こう、人に何かを伝えると言うか、説得力と言うか.......木下君の話し方は飽きる事が無いし、もっと先を聞きたい!って思ってしまう位、話し方に抑揚がついてて凄かったよ!」
「……抑揚なんて、ついてました?」
「え、意識してつけたんじゃないの?」
佐藤が凄いね!と褒めているのに対して木下は、いつもの様に話しただけなんやけど......と不思議に思い、佐藤にそんなに抑揚がついていたのか聞くと、何故か佐藤はその質問に驚いた顔を見せた。
「いつもの話し方を、てか、緊張していたんでゆっくりと話さな!って少し焦ってたんですけど……」
「あれで、焦ってたの!?」
少しでは無い、凄く焦っていた木下だったが、どうやら先方もだが佐藤にすらバレていなかった様だ。
「うーん、もしかしたら木下君は緊張すればする程、落ち着くのかもしれないね?」
「はぁ」
「それってさ、凄い特技だよね!?いや、特技とはまた違うのか?」
「……別に得意としてる訳じゃ」
何だろう?と1人で考え出した佐藤に、もしかして大輝が言っていた他人が見つける事ってこういう事なのでは?と木下は思い返していた。
「久しぶりだな、瀬戸内!」
「お久しぶりです」
木下が緊張の中オリエンテーションをしている昼下がり、瀬戸内はある人物を家に招いていた。
「すみません、わざわざ来て頂いて」
「仕方が無いよ、家を留守にできないんだろう?」
男は謝る瀬戸内に、気にするな!と豪快に笑うと聞いた事のない声に驚くこんぶを抱き上げ、大丈夫、大丈夫とあやす瀬戸内に、
「何だか、子供をあやす父親みたいだな」
「あはは、まぁ、子供なんですけどね?」
瀬戸内の声に落ち着きを取り戻したのか、男の方をジッと見詰めるこんぶに手を差し出し、おいで?と言うも逃げる様に瀬戸内の肩の方に逃げた。
「あはは、で、最近はどうなんだ?」
こんぶの行動がおかしかったのか男は再び豪快に笑い、話を始めた。
「最近は、この子の子守りをしているんですよ」
「猫、飼い始めたのか?」
「あー、はい、そうなんです」
瀬戸内は一瞬迷った。飼い主は木下であって、自分はその手伝いをしているだけだと思ったが、ややこしくなるのを避ける為、自身が飼い主だと言った。
「にしても、彼女と同棲でもしてるのか?」
「うーん、彼女とはまた違うかなー」
まだ大学生の瀬戸内が1人で住むには広すぎる。
そして、絶対に誰かと一緒に住んでいるのがバレても仕方が無い。なんせ男の目の前には飲みかけの、木下が愛用しているマグカップが置いてあるのだから......
「まぁ、楽しいんだったら良いんだ!」
「はい、毎日が楽しくて幸せです!!」
男は幸せそうに返事をする瀬戸内の顔を見て微笑んだ。
木下と話す時とはまた違う雰囲気で話す瀬戸内に、不思議に顔を覗き込んで来たこんぶを持ち上げて、
「こんぶ、この人は俺の恩師であり命の恩人の、木下先生だよ」
「命の恩人って、ちょっと大袈裟だな!?」
「本当の事なんで、素直に受け止めて下さい!」
ほら、挨拶して?と瀬戸内が促すと、よう!と言っているかのように短く、にゃ!とひと鳴きするこんぶに、
「ちっこいのにちゃんと挨拶が出来るんだな、偉いぞ!」
「うー」
こんぶの小さな頭を、少しごわつい手で撫でる木下に、やめー!と唸るこんぶの姿に瀬戸内は声に出して笑うと、それが珍しかったのか木下は手を止めて驚いた顔で、
「瀬戸内、お前、よく笑うようになったんだな?」
「え、普通ですよ?」
「そ、そうなのか?」
ねぇ、こんぶーと話し掛けている瀬戸内の表情から嘘を言っている訳では無いと思った木下だった。
恩師との話は尽きる事がなく、気が付けば後30分程でもう1人の住人が帰って来る時間になっていた。
「そろそろ、お邪魔するは!」
「あ、はい!今日は本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ元気な姿見せてくれて、ありがとうな!!」
玄関先ですみませんとこんぶと一緒に見送った瀬戸内は、木下が帰宅して直ぐに夕飯が食べれる様にと、台所へと向かった。
今日の木下は一段と機嫌が良かった。
今まで頑張ってきたプロジェクトも無事に終え、瀬戸内が言っていた事の意味を佐藤に教えて貰い、そして1番は、最近玄関を開けるとこんぶが出迎えてくれる。
「大輝、どっちが好きなんやろう?」
帰りに寄った洋菓子屋で生クリームとチョコレートのショートケーキを買ったのだ。
このまま全てが幸せに終われる事がどれほど幸せかと思うと、笑いを必死に耐えるのがどれ程大変か、木下は周りに誰もいない事を確認して、1人で耐えれなかった幸せを噛み締めていると、
「健一?」
「……え、何でここに居るん?」
名前を呼ばれた木下は一瞬にして幸せがどこかに消えてしまった。それが行動に出てしまい、手にしていた箱を落としてしまった。
「それはこっちが聞きたいは!」
「……」
「なぁ、今まで何処におったん?母さんも、心配しとるんやで!?」
「……っ!!」
「ええ加減、実家に帰って来いや!なぁ、健一!!」
木下の両腕を強く掴んだ男は、先程まで瀬戸内と会っていた、瀬戸内が言う恩師でありそして、
「兄さん、痛い」
「あ、すまん」
木下の兄である木下奏斗だった。




