17 煽るモフモフ
里の中は、予想以上に荒れていた。南門は持ちこたえていた方なのだと、内部の様子から察することができた。
「で、エルザ。ライザから聞いた。何が起きたんだ?」
俺が問いかけると、エルザは一瞬だけ安心したように微笑んだ。
「よかった。ライザは無事に、お屋敷にたどり着けたんですね」
彼女の声には安堵と、どこかか細い響きが混じっていた。だが、俺がライザの様子に疑問を挟むと、再び重苦しい空気が漂う。
エルザの説明によると北門はすでに破られ、大量のアンデッドが侵入しているらしい。しかも空からも、飛行タイプの亡霊や骨竜みたいなのが飛来して、手を焼いているとのこと。単体の撃退自体は難しくはないのだが、数が多いせいで圧され気味……だそうだ。
「ま、ライザのあの様子が無事という範疇に入るかは、判断迷うところだがな。だからこそここに来た。で? クロエはどうなっている?」
その瞬間、エルザの表情がみるみるうちに崩れていく。先ほどまで必死に繕っていた強がりも、限界を迎えたのだろう。その美しい瞳からは抑えきれない涙が、静かに頬を伝い落ちる。
彼女の言葉をじっと待つ。エリーが寄り添い、エルザの手を取った。
彼女は唇を震わせ、ようやくといった様子で言葉を絞り出す。
「お、お館様は……敵とともに火山の火口に落ちてしまわれて……」
その声は、絶望と祈りが混ざったもの。心に深い悲しみと喪失感が刻まれていることを痛いほど伝えてきた。エルザの肩が小さく震え、彼女の心境が周囲にも重くのしかかるようだった。そのまま手で顔を覆い俯く彼女の様子に、俺の胸は締め付けられる。
しかしクロエほどの古竜が遅れをとるなど、いったいなぜ?
「すまないが、詳しく話してくれないか」
エルザは小さく頷くと顔を上げ、声を震わせながらも語り出してくれた。
――里がアンデッドの軍勢に襲われた時、ひときわ大きなアンデッドが現れた。大きさもさることながら、その禍々しいブレスは並の翼竜程度にはどうすることもできなかったらしい。
だからクロエは単身、その敵に挑んだ。
激戦の末、互いの首筋に牙を突き立てたところで火山の縁で足を滑らせ、二体もろとも火口に落ちてしまったと。
エルザは口を閉ざした。あたりに重苦しい空気が流れる。周りの翼竜でさえ、この事態は想定外なのであろう。あれだけの力を持つ竜に起こったトラブル、わからなくはない。
生きているかはわからないが、古竜の生命力ならあるいは……。
「加勢する。俺たちでクロエを助けに行くぞ」
俺は即座に宣言した。パーティーのみんなも頷く。だが周囲の翼竜たちの反応は、実に冷ややかなものだった。
門番の一人が冷ややかに告げた。
「貴様らのようなか弱き者に、手助けされる謂れはない。下界に帰れ、人の子よ。里のことは里で処理する」
別の一人が鼻で笑った。
「お前ら如きが、何をできるというのだ」
連中の物言いに正直苛立ちもするが、ここは冷静に返す。お前を真っ先に沈めてやろうか? とはいわない。なんたって、紳士だからな。
すると俺の視界が急に茶色のモフモフに遮られる。ミミの尻尾だ。ん? ミミさん?
「ねえねえ、南門の外で群れてたアンデッド君たち、いたじゃん? あれ根こそぎ掃除してきたのウチらなんだけど?」
突然の問いかけに虚を突かれたのか、門番は思わずといった表情で目をしばたたかせた。しばらく間をおいたところでようやく口を開く。
「い、いやそんなはずはない。人の子にそんな芸当」
直後、周囲に響き渡る大げさなほどのため息。
「はあぁあぁ……(コイツら、マジでバカじゃね?)」
からの火力高めのつぶやき。門番には聞こえなかったのだろう、怪訝な表情を見せる。
「は? 今なんと?」
「べっつに。んじゃ逆に聞くけどさあ? どーやってウチらここに来たのさ。アンタらフツーに門開けたじゃん? そんときウチらのほかに何か居た? いなかったっしょ?」
かぶせるように問いかけるミミ。
言葉を探しているのか、しばらく虚空をかくように手を動かしていた門番は、やがて諦めるように腕をおろした。
次の言葉を継げない門番をしり目に、彼女は腰に手を当てさらに続ける。
「ていうかウチらの大活躍、誰も見てなかったの~? そ・れ・と・も~? 敵が怖くてみんな貝のように引き籠ってたんでちゅか~?」
うお、煽るねぇ。
その言葉に、周囲がざわつきはじめた。翼竜たちの俺たちを見る目が少し変わったように感じる。
「たしかに、連中が片づけていたぞ。ほかに援軍も見えない」
「本当か? あの数、よくやったな……何か仕掛けがあるのか?」
やがてもたもたと議論が始まった。里の長に相談だの、いや待てだの。決まらない会議というのはテンプレートなんだろうか。どの組織でも同じような感じなのだな。
俺が己の境遇に思いを馳せていたところ、痺れを切らしたかのように、エルザが俺の前に跪くようにして懇願した。
「ご主人様、お願いです。お館様を助けてください……私一人では、とても火口の奥まで行けません……」
彼女の涙が俺の心を揺さぶった。この分からず屋ども、いい加減にしろよ? こうなったら実力行使をしてでも……!
「……わかった、エルザ。長と相談しようじゃないか」
門番の一人が折れたように手を上げた。心を動かれたのは俺だけではなかったようだ。
「さっさとそうしとけっつの、このウスラむぐむぐっ」
「あー、ミミちゃんその辺で」
そろそろイケない悪口になってきたねぇ? よく回るお口はこうだっ。
「わざわざ出向いていただかずとも結構ですよ、人の子よ」
ミミのよくしゃべるお口を封じるのに気を取られていると、不意に声を掛けられた。




