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15 トカゲ男と空気読まない奴

 トカゲ男の巨体が迫ってくる。

 普通なら陽の光を受けて鱗の一つでもキラリとするものだろうが、全くない。完全な黒。にもかかわらず舌がチロチロと覗くそこだけがやたらに赤い。


 生理的に受け付けないその姿。直視したくもないが戦うのだ、そうもいかない。


「シルヴィ、頼んだ」


 俺が低くつぶやくと彼女は頷き、指先を地面に這わせる。わずかに指先を魔法の輝きがひらめく。かと思えば地面にすうっと吸い込まれる。設置型の罠魔法だ。無形の光の糸が奴の先の地面で静かに張り巡らされ、消えた。


「ほらほら、いっくよー!」

 見ればいつの間に。ミミが木の上から矢を放った。


 軽い声とは裏腹に、矢は鋭く風を切ってトカゲ男の肩を狙う。奴は素早く手を上げて弾き飛ばした。金属音が響き、矢が地面に突き刺さる。


 一瞬、奴の視線がそちらへ逸れた。十分だ。


 シルヴィの魔法が起動。光の糸が奴の足を絡め取り、巨体がつんのめって前傾する。慌ててバランスを取ろうとするが。もう遅い。


 直後光の糸は炎に変わり、奴を包み込む。苦悶の表情……とは読み取れないが、悲鳴のような鳴き声を上げて首を振っているからおそらくそうだろう。


 などと暢気に分析をしていたら、俺に向かって石斧を振り下ろしてきた。炎のいばらに縛られた状態でよくやる。


 俺は盾をしっかり掲げ、全身で衝撃を受け止める。間を置かずガンッという重い音が響き、腕が痺れる。が、倒れるほどじゃない。


 奴の力が分散している。チャンスだ。ベリータが素早く動く。彼女は影のように背後に回り込み、剣を閃かせる。奴の足の腱を深く斬りつけた。暗い緑色の体液が噴き出し、トカゲ男が咆哮を上げて後ろを振り向く。


「首がお留守だぜ?」

 俺は迷わず剣を振り上げ、完全に無防備な首元に一閃。首がくるくると回りながら転がり落ちる。


 まもなく巨体がどさりと倒れた。


「わお、完勝じゃん! ウチらすごくね!?」

 ミミが木の上から飛び込んできた。トカゲ男の攻撃にはびくともしなかったが、彼女の突撃にはよろけてしまうのがなんとも情けない。


 支援魔法なしで仕留められた。これなら……なんとかなりそうだ。息を吐き、仲間たちを見回す。


 エリーが心配そうに俺のダメージを確認し、ミミが矢を回収しながら笑顔で親指を立てる。シルヴィは静かに魔法の余韻を払い、ベリータは剣の血を拭ぐう。


「次は里だ。行くぞ」

 俺は盾を肩に担ぎ、先頭に立つ。



 森を抜け、山道を登る。時折、木陰から魔物の気配がする。狼のような影や、角の生えた何か。だが奴らは遠くからこちらを睨むだけで、襲ってこない。まるで今の俺たちに何かを感じ取っているかのように。


 空気が重く、静かすぎる。里に近づくにつれ、邪悪な気配が濃密になっていく。肌がざわつく。いやな感じだ。


 聞いていた話では、美しく険しい山々に囲まれた見事な風景のはずだった。深い緑の森、澄んだ流れ、岩肌の輝く峰々――


 だが今は違う。空は厚い暗雲に覆われ、終末のような空気が漂っている。風は冷たく、腐敗の臭いが混じる。木々の葉は黒く変色し、枯れ始めている。


 事態はよほど深刻らしい。


 ようやく里の門が見えた。高く頑丈な木製の門扉は固く閉ざされている。その前で、無数の黒い影が生気なく門を叩き続けている。ぞっとする光景だ。形は様々。トカゲ男もいれば四つ足のモノ。人型もあるな。皆総じて肌は灰色に腐り、目は虚ろ。動きはぎこちない。叩く音が単調に響き、まるで機械のようだ。


「エリー、あれは……?」

 俺は盾を構えながら尋ねた。


 顔を青ざめさせた彼女は声を落として答える。

「生への冒涜。死しても安住が得られないもの達――アンデッドよ」


 アンデッドか。ならばと「エリーの浄化魔法で一掃」と言ったところで彼女が首を振る。


「一体二体なら即座に払えるけど、あの数じゃ準備と時間がいるの。少なく見ても数十体はいるでしょ」


 確かに、門を囲むように群がっている。だが、今は奴らの意識が里の中に集中しているようだ。こっちにほとんど注意を向けていない。余裕はありそうだ。


「だったら準備して、一気に浄化しないか?」

「詠唱中に気づかれるかも。もちろん、そのときは支えてくれるのよね?」


 当然だと意思を込めて、彼女の肩を優しくたたくと、その手をそっと触れてくる。


「よしエリー、準備を始めてくれ。俺たちが魔法(ターンアンデッド)の時間を稼ぐ。いいな」

俺の指示にそれぞれ了解の返事をする。


 エリーは後ろで祈りの姿勢を取り、間もなく聖なる光が徐々に彼女の周りに集まり始める。ミミは弓を構え、シルヴィは詠唱を準備。ベリータは俺の横に並び、剣を握りしめた。


 間もなく奴らが、自らを浄化する力に気づいたようだ。一体がゆっくり振り向き、虚ろな目でこちらを睨む。続いて他の者たちも。門を叩く音が止まり、低いうめき声が広がる。ぞろぞろと近づいてくる。俺は盾を前に出し、剣を抜いた。


「来い。相手してやる」

 最初の一体が飛びかかってきた。腐った爪を振り上げ、盾にぶつかる。衝撃はそれほどでもないが、臭いが強烈だ。剣で腕を斬り落とし蹴り飛ばすも、すぐに起き上がる。


 ……いつ相手してもアンデッドって奴は厄介だな! 首を切り飛ばすと、ようやくおとなしくなった。


 ミミの矢がうなりを上げ、別の奴の頭を貫く。カクリ、と首を折った人型のソレはバタリと倒れた。「やった!」と喜ぶ彼女の声が明るい。


 シルヴィの火球が爆発し、三体を焼き払う。ベリータは素早い動きで間を縫い、脚を斬って転ばせる。


 エリーの光が強さを増し、周囲の空気が浄化されていく。奴らはそれを感じ取ったのか、動きが激しくなる。群れが一気にエリーに押し寄せる。


 俺は盾で壁を作り、押し返す。剣を振るい、体を切り裂く。血ではなく黒い汁が飛び散る。ベリータが背中を守り、ミミとシルヴィが遠距離から援護。連携は乱れていない。


「もう少し……!」

 振り絞るようなエリーの声。彼女の周りに聖なる輪が広がり始めている。あと少しウェーブをしのげば……! が、そううまい話が続くわけはない。


 大きなアンデッドが俺に突進してくる。かつての戦士か、鎧の残骸を纏っている。


「ちっとは空気読めよな!」

 戦士もどきに毒づきながら、盾を構え直した。


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寝取られ追放された最強騎士団長のおっさん、
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