14 正直、いい気分はしない
その後もエリーは距離を詰め、真下から見上げるような格好で氷の能面を向けてくる。あわせて胸も押しつけられるのでこれはこれで悪くないんだが、なにぶん状況がいただけない。これは下手に誤魔化しても仕方ないだろう。正直に話すことにする。
「あー、エリー。話を聞いてくれ」
「ええ。もちろん伺います。どんな言い訳をするのか楽しみにしてるわ」
言い訳って。やましいことした前提じゃないか。……ま、結果は同じことなんだが。
「うん、実はな……」
――そうやって集落に着いた夜のことをみんなに包み隠さずに話した。多少の差はあれ、みんな青くなったり赤くなったりと忙しい。
「なっ、なっ……」
先ほどまでの能面を捨てたエリーは、まるで今にも吹きこぼれそうなやかんのようだ。次の言葉が見当たらない様子の彼女をよそ目に、その隣でシルヴィが声を上げた。
「なんですの、あの翼竜の方たちは! よりにもよって旦那様にそのような行いを! こうしてはいられませんわ。――旦那様!?」
振り返りざまのキリッとした彼女の表情に、思わずドキリとさせられる。
「はい、なんでしょう!?」
「集落を焼き払いましょう!」
「なんでえ?」
真剣な眼差しでとんでもないこと言い出したよ、このお姫様は。
「なぜ? 当然です! 私だってまだなのに、あの方たちときたら……あ、いえ、もとい」
そういう本音は、そっと胸の奥の大事なところにしまっておこうな?
こほん、と軽く咳払いすると彼女は再び口を開いた。
「死を以て償うのも生ぬるい。かのような不届きを働く輩どもなど、集落ごと亡き者にしなければいけません!」
「いやいやいや」
握りこぶし作って熱弁するようなことか、これ?
そんなことよりみんな、先に急ごう! と速やかにこの話題を終わらせたい俺は提案するぜ。
「何をためらわれているのですか!? そも、難儀されたのは旦那様なのですよ? それなのに。もしや……あの者に情など」
そんな絶望したかのような表情を向けないでくれ。むしろ俺も被害者だ!
「あー、盛り上がってるところ悪いんだけどー。魔物がこっち来るよ? この寸劇続ける?」
ミミ、ナイスぅ! ……いやちがう。
こんなやりとりしているわけにはいかんだろ。ミミの言葉に振り向けば、麓の方向から数体、駆け上がってきているのが見て取れる。俺が声を掛けるより早く、みんなは臨戦態勢をとる。
「みんな! 俺がいったんヘイトをとるから、各自頼むぞ!」
メンバーのかけ声を背に挑発の準備をする。駆け上がってくる魔物の顔がはっきりと判別できたタイミングで発動すべく、気合いを入れる。
「よし、トー……!?」
違う。コイツら、俺たちを見ていない。これは――
「コイツら、狙いは俺たちじゃない。いや、そもそも何かを狙っているんじゃない!」
「えっ、どういうことですか!? 現にコイツら、こっちに」
「違うベリータ。奴らの眼を見ろ!」
俺の言葉にいぶかしげな表情を見せたベリータだったが、意図はすぐに伝わったようだった。
「眼? ……えっ? ワタシたちを、見てない?」
「ああ。コイツら、何かに」
言い切るかどうかのタイミング。魔物たちは土煙を上げ、俺たちの脇を抜けていく。
「――追われてるってこと?」
エリーが奴らの背を見送りつつ問いかける。
「そうかも、ね……ほら。さっそく追っかけてる方がきたよ」
ミミが再び麓に眼を向けつつ呟いた。
怖気が立った。
――黒い奴らだ。先ほどの連中よりずいぶん静かな駆け足。だが速い。こちらにターゲットが向くだろうか。
「みんな、気をつけろ。狙いがこっちに向く可能性がある。油断せず待機」
黒い影が、その姿かたちもはっきりわかるほどに近づいてきた。シルエットは先ほど集落を襲っていた岩トカゲが二足歩行しているような奴だ。トカゲ男とでも呼ぼうか。
山道の脇に寄り、警戒を崩さずに待機する。
待つという行為は存外、精神力を必要とする。手に汗を握るとはこのことを指すのだろう、剣を握り直してトカゲ男たちが来るのを待つ。
その表情――といっても眼に当たる部分が真っ黒い穴のように見えるので読み取れるわけがないのだが――がわかりそうなまさに目と鼻の先に近づいた。
「――!」
思わず身が固くなる。力量もしれない敵ともしれないモノを、本能が拒む。
ずいぶん長い時間のように感じた。実際は一瞬に近かったのだろうが。
やはりというか、トカゲ男たちは俺たちなどはじめから居ないかのように駆け抜けていった。
「……行った?」
エリーが拍子抜けしたような表情を見せた。
「我々など敵ではない、とでも言わんばかりですね」
ベリータがぼやくように呟いた。
「正直、いい気分はしないな」
彼女の言葉に肩をすくめて同意する。だが。
「考え方を変えよう。これはチャンスかも」
「というと?」
「こうする!」
駆けていく黒い影の一体に石を投げる。それは最後尾のトカゲ男に当たり、歩みを止めた。
「ちょお!」
ミミが尻尾をぴん、と立てて抗議した。だが却下です。
「ここでたった一体倒せないようでは、里に向かっても犬死だからな」
最後尾に居た一体だけゆっくりこちらを向く。ほかの数体は先ほどの魔物を追っていく。さしずめ『おまえら、見逃してやったのに馬鹿なのか?』といったところだろう。
「なるほど、道理ですわね。でもほんと、旦那様は悪戯好きですこと」
シルヴィがため息交じりに杖を握り直す。
「心外だな。慎重派と言ってくれ」
俺の返しに「どうだか」と彼女は肩をすくめ、小さく笑った。
トカゲ男はギャッ、と小さく鳴くとこちらに駆け戻ってくる。
「来るぞ、戦闘準備!」
黒い奴との初戦闘。ここで敗れるようでは、先はない。




