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13 出立のちクソデカ問題

 扉の隙間から流れ込んできた久しぶりの外の空気は、想像より新鮮に感じられた。だがそれはダンジョンに入る前に感じていた、澄んだ清々しいそれとは随分とかけ離れ、鉄くさいい臭いとこれは……腐臭か? 風はそれらをかすかに運んでくる。


「ザスキア! 人間の修行は終わったのか!?」

 集落の翼竜の一人だろう。扉が開くやいなやこちらを振り向き、せき込むように彼女に話しかける。


「……その慌てよう、もしや」


 ザスキアの問いかけに、おそらく守衛の一人だろう、槍を持った翼竜が大きく頷く。

「ああ、ここにも押し寄せてきている。一度は何とか押し返したが」


 その後、守衛との会話を二言三言交わしたあと、守衛は集落の入り口に向かって駆けていった。軽くため息をついた後、ザスキアが振り向く。


「……聞いての通りだ、陛下どの。やはりピクニックにはついていけそうにない」

 肩をすくめた彼女が茶化すように話すが、状況はよくない。


「竜の里を襲った連中が、ここにも来たということか?」

「そのようだ。一度は退けたようだが、次はわからん。……陛下どのは第二波が来る前にここを離れるべきだ。アンタたちはそのまま里に向かえ」


 彼女の意外な言葉に、思わず聞き返す。

「え、それではここはどうなる」


 そんな俺の言葉を、一笑に付しつつ彼女は腕を組んで鼻を鳴らす。

「はっ、見くびられては困る。よそ者に心配してもらうほど我ら翼竜、落ちぶれてはいない。……自分の居場所くらい、自分たちで何とかするさ」


 最後の言葉は一段トーンが落ち、言い聞かせるように語った。

 彼女の決意が込められたかのような重みある言葉に、俺は頷くことしかできなかった。



「そうか、いろいろありがとう。みんな、早速出発を」

 だが別れを惜しむ雰囲気は、無情にも切り裂かれる。


「敵襲ーっ!! 第二波と思われる! 数はおよそ百! 飛んでるやつもいるぞ、空も警戒!」


 見張りの声に遅れること幾ばくもない間。ズドン、と低い音と振動が集落全体に響いた。見れば少し離れた集落の外に、もうもうと土煙が上がっている。事前詠唱(プレキャスト)していたのだろう、土系統の魔法発動の影響と思われる。土煙の奥から一体、また一体と空を飛ぶトカゲのようなモノが現れる。


「なん、だ、アレは」

 かろうじて振り絞った声がそれだった。

 漆黒(しっこく)。全身黒で覆われたそのトカゲのような空を飛ぶモノ(・・)。それが悠然(ゆうぜん)と空を舞っている。


「もう連中、ここに押し寄せてくるぞ! 早く行け!」

 ザスキアが鉤爪(かぎづめ)が付いた手甲(てっこう)を身に着けつつ、叫ぶ。


「すまない、この恩は忘れない」

「気にするな。|礼はすでに受け取っている《・・・・・・・・・・・・》し、ケリを着けたらまた来ればいい。その時は、そうだな……」

 彼女は少し思案したようだが、何か思いついたのだろう。パッと笑顔を見せるとすぐに悪戯っぽくこちらに微笑んだ。


「今度はアンタから抱いてくれ」

 一瞬で周囲の気温が下がった。

 うん、そういう燃料をいきなり投下するの、おじさん良くないと思うの。


「ばっ! おまっ」

 とっさに弁解の言葉を探したが、説明している暇は当然無い。


「……わかった。んじゃあ俺がいない間、ほかの男に(なび)くんじゃねーぞ?」

 諦めた格好になった俺の言葉に、ザスキアは笑った。


「ははっ。アンタが強ければ何の問題もない。待ってるよ、っとおいでなすった!」

 俺たちの気配に気づいたのか。岩トカゲ(ロックリザード)が二足歩行しているような奴が数体、こん棒のようなものを持って現れた。


 奴らも総じて漆黒。ただ目に当たるであろう部分はそれよりも黒い。深淵(しんえん)のような、すべてを吸い込みそうな深い、とても深い黒。


 連中はザスキア達を見とがめると、躊躇(ちゅうちょ)なく襲い掛かった。


 ザスキアが手甲で受けつつ背中越しに叫ぶ。

「さあ行け、殿下! ここはアタシらに任せて、早く里へ!」


「わかった! ……死ぬなよ、ザスキア!」

「ははっ、そりゃこっちの台詞だ! またな、……ウォーレナ! 愛してるぜ!」


 その言葉を背に、俺たちは竜の里へ続く道を駆け上がった。



 しばらく進んだ後の開けた場所で、集落を振り返る。ずいぶん進んだようだ、思ったより眼下に見える集落の周りでは、未だ土煙や火柱などが上がっているのが見える。


 その周りを取り囲むように薄暗い(もや)のようなものが見て取れる。襲ってきている敵なのだろう。集落はすっかり包囲されているようだが、奮戦しているようだ。


「大丈夫、でしょうか」

 傍らのベリータがそっとつぶやいた。


「わからん。だが、信じよう」

 不安げなベリータの肩に手を乗せ答える。見上げる彼女の表情は冴えないが、それでもけなげに頷き返してくれた。


 エリーもそれに同調するかのように彼女の手を取る。

「そうよね、信じましょう……ところでウォーレナ。一つ聞きたいことがあるんだけれど」


「なんだ? エリー、って、えっなにこわい。ど、どした?」

 唐突な質問に彼女に視線を向けると、そこには永久凍土のような雰囲気をまとった氷の美女が、一切の感情を押し殺した能面のような表情を見せていた。


「さっき、ザスキアさんのこと抱くとか抱かないとか言ってたわね」

 あー! ザスキアさーん! うっかりしてましたが彼女たちもガッツリ聞いてましたね!?


 最後の置き土産がクソデカ問題を引き起こしそうです!


「えっ。……言ってたっけそんなこと」

 これは苦しい。


「ハグ的な意味……ではないのでしょうね、きっと?」

「えっ! あ、あー、どういうこと……だろね?」


 エリーが俺の両腕をガシッとつかむ。えっ何この子めちゃくちゃ力強い。いたいいたい。


「『今度は』ってことはつまり、前回があったってことよね? それって一日目の夜に何かあったってことよね? そうよね違うの答えていますぐ」


 能面フェイスでじわりじわりと距離を詰めてくるエリー様。ほんと怖いからやめよ?

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