11 卒業検定、開始
ぴちゃり。しずくが垂れる音がした。
「うそ……でしょ? こんな……」
しんと静まる薄明りの洞窟に、ベリータの声だけが響く。
「ベリータ、事実よ。……受け入れなさい」
シルヴィの硬い声がそれに続く。
ばしゃり。ベリータの足音が、彼女に言いすがるかのように鋭く響く。
「それはっ。……それはそうですがシルヴィ様。これはにわかに受け入れがたい。こんな……」
そしてベリータは地面に転がる骸を指さし、狼狽する。
「こんな六体もの鬼の群れを、我々二人だけで倒したのですよ!? 夢じゃないですよね、これ!?」
「やったねベリちゃん、超カッコよかったよ~?」
ミミの相変わらずの気の抜けたような賞賛が後に続く。そのまま二人「ウェーイ」と声を掛けつつハイタッチ……ベリちゃん、か。
「やりましたわウォーレナ様! わたくし達だけでヤれましたのよ! ざまぁですわ!」
「シルヴィ、言葉遣いが少々、や、かなりマズイことになってないか?」
俺のツッコミにもどこ吹く風。「構いませんわぁ」とシルヴィと二人、手を取り合って小躍りし始めた。自由だな。
でも確かにそうかもしれない。先日まで全員で掛かって何とか危なげなく倒せていた程の相手だ。それがこの短期間で、しかも六体。たった二人で排除できるようになってしまったのだ。強敵と言ってもいい。やった本人達が一番信じられないのだろう、無理もない。
「まぁ、訓練結果からすれば順当だな」
ザスキアだけは腕を組んで、さもつまらなそうに鼻を鳴らした。
「よし次だ。山猫が近くにいるから、そうだな……ちょうどいい、ミミ」
「ん? ウチの番?」
ぱちくりとミミが自らを指さす。
ザスキアが軽く顎をしゃくる。
「ああ。軽くひねってこい」
「りょ。んじゃダンくん、行ってくんね」
さっそく駆け出すミミに、「ここからじゃ見えないから、まずは引っ張って来い」とザスキアが声をかける。その声に「めんどくさっ」と捨て台詞を残したかと思えば、あっという間に彼女は闇に消えた。
ほどなくして小さな足音が近づいてくる。かろうじて二体分であることがわかる。
松明の明かりに再び姿を現したミミは獣のそれの表情を見せ、笑っていた。
「もう、はじめてもいいんだよね?」
「ああ、存分にやれ」
ザスキアの言葉に指を立てて答えたミミが、我々に背を向け奥の闇を見据えた。かと思えば間を置かず、二体の山猫がぬるりと闇から現れた。
「さあ、来なよ。子猫ちゃんたち。おねーさんが可愛がってあげるよ」
ミミが挑発する。言葉は通じていないのだろうが、バカにされたことはわかるのだろう。威嚇の声を上げつつ彼女に駆け寄る。
そこからは速かった。その間、時間にして瞬きを一度しただろうか。
先日の記憶では、あの時対峙した山猫はその特性を遺憾なく発揮し、速度と柔軟性をもって俺たちをずいぶんと翻弄してくれたものだ。
ここにいるソレも、遜色なく……いや、それ以上の個体だろう。壁を、天井を、まさに縦横無尽に駆け巡りミミを翻弄せんと駆け巡る。
素晴らしい連携だ。一体が側面から、もう一体は背後から一斉に襲い掛かる。
――だが。
「遅い」
ミミの低いつぶやきが聞こえた。
次の瞬間には二体の山猫を背に彼女は立っていた。中腰だったミミは軽く息を吐き、ゆっくりと振り向く。のろのろと歩を二、三歩進めた不幸な山猫たちは、大きさの割にはずいぶん控えめな音で、遅れて倒れた。
「ねえ、ねえ、ねえ! ウチすごくない!? まさに瞬☆殺! じゃね!?」
「あー、はいはいつよいつよいうるさいうるさい」
振り返りざま、エリーに駆け寄ると耳元で叫ぶミミ。エリーは耳を塞ぎながら、心底迷惑そうに顔をしかめる。
「ちょいちょいちょーい。それなん? うるさいって?」
ミミは腰に手を当て、ねめあげるようにエリーに食ってかかる。
「ええ、ですから煩いからうるさいって言ってますが何か?」
やり取りしている様子は見ていて実に微笑ましい。……よな?
勝敗は一瞬にして決した。襲い掛かる二体の爪をかいくぐり、その首筋をほぼ同時に正確に切り裂き致命傷を負わせていた。元々速さには光るものを持っていた彼女だが、今はそれ以上かもしれない。斬った瞬間、はっきり見えなかったくらいだ。数段進化している。
「驚いたなミミ。一瞬動きが見えなかったぞ。速さに磨きがかかったな」
「えへへ、ありがとダンくん。けどそれ以外は動きが見えてたってことだよね? ちょっと口惜しいからぁ、ウチもっと頑張るねっ」
松明の明かりが彼女の瞳と得物を怪しく照らす。うん、ほどほどにな?
成果に満足したのか、軽く頷いたザスキアが口を開く。
「いいだろう。さて、エリーのスキルはタイマンでは活かせないから、ここからは集団戦といこうじゃないか。ちょっと行ったところに丁度いいヤツがいるんだよ。そこまで少し散歩だ」
迷宮探索を散歩呼ばわりか……相変わらず口が軽い。こちらを振り返りもせず、ずんずんと先に進む彼女に、皆が慌ててついていく。
その後現れた広間のような空間で、この階層のボスのようなもの――牛の頭を持った大男――ミノタウロスと呼ぶらしい――とその取り巻きとの集団戦を行っている。
経過としては上々だと言えよう。チームそれぞれが長所を生かし、危なげなく敵を退けられている。
ところで先に腕試しをしていた三人はともかく、エリーの回復や支援のスキル向上には目を見張るものがある。どのような訓練をしたのかはわからないが、短期間でこれだけの魔法技術の底上げができたのだ。彼女個人の努力はもちろんだろうが、伸長を促した翼竜たちの指導スキルにも驚かされる。今後国の兵士たちも鍛えてもらいたいものだ。
「そらウォーレナ、そろそろケリをつけろ!」
ザスキアからの檄が飛ぶ。いかんいかん、エリーのスキル分析をしているうちに俺の出番が終わってしまう。
「なら俺も訓練の成果、ってやつを見せないとな」
スラリと抜き放った長剣を牛男に向け、ギロリと見据える。
フロアのボスであろう牛男は敵意をむき出しにし、血走らせた両眼で俺たちをにらみつけてくる。その場で二、三地面を蹴る様子を見せたが、ついに雄叫びとともに俺に向かって突進を仕掛けてきた。
剣を握る拳に力を込める。




