10 マインドチェンジ
ザスキアは少し思案したのち、右の眉を上げる。
直後意地の悪い笑みを浮かべつつ、かかってこいとばかりに手招きをした。
「よし、じゃあ竜術を一つ見せてみろ。なんでもいい、打ってこい」
ろくなことにならない予感しかないが、付き合うことにする。
「現状どこまでやれるか、ってことか? でも敵でもない者に技を向けるなんて」
「ふっ。心配しなくても、陛下の技程度ならはじき返してやる」
笑顔でひらひらと手を振っていた彼女。不意に手を止めると、こちらに流し目を送る。
「それとも……自信がないのかな? へ・い・か?」
『陛下』という呼び方も、彼女から発せられるとからかわれているようにしか聞こえない。ようし、やってやろうじゃないか。後悔させてやる。
「……わかった。じゃあ、行くぞ」
クロエと別れる前、さんざん練習したんだ。実際に使った時からも何段階も威力を増している。簡単に防がれるとは正直思っていない。吠え面かくなよ……?
そうやって放たれた中伝・黒風は、まっすぐザスキアへと向かう。命中する、避けないのか!? と身構えたものの、彼女はそれを一瞥すると、軽く剣でそれを払う。
目の前で起きたことが信じられない。確かに彼女は剣を払った。たったそれだけ。それだけの動作で、俺の技は魔物の雄叫びのような轟音を残し、あっけなく防がれた。というか掻き消えた。
ため息をつきながら剣を収める彼女。あからさまに渋い顔をしていた。
「なんだそれは。子供のママゴトか? 本気でやれ。ったく、時間が無いってのに」
「はあ? 冗談じゃない、本気でやってるさ」
乱れた息を何とかなだめ、答える。
悪い夢でも見ているのか? 悪徳貴族に向かって放ったそれより今は絶対パワーアップしているはずなのに。
これが竜種、というわけか。
混乱する俺をよそに、ザスキアは再び考え込む様子を見せる。
「本気、だと? どういうことだ? それではまるでわざと威力を下げているとしか……クロエ様は何を……ああ、なるほど」
まもなく彼女は何かに思い至ったようだった。
「なんだ、思い当たる節でも」
「そうだな。おそらくクロエ様は、身体に負担がかからないようにとでも考えられたのだろう。元々人間には過ぎた力。……愛されてるな。嫉妬してしまいそうだ」
嫉妬されるいわれはないが。
「きゅ、急になんだよ……それより威力を下げているって言ったがどういう」
「なに、簡単な話だ。おおかたクロエ様からは『私を感じろ』とでも言われていたんじゃないか?」
「……なぜそれを?」
「だろうな。陛下の技には大事なモノが乗ってないからすぐに分かったさ」
「乗ってないって、何が」
彼女が俺の胸を軽くつつく。
「ここ。術者の想い」
「想い……だって?」
そんな、バカバカしい――だがその言葉は口には出せなかった。
想いが時に力となる。それはほかならぬ自分自身が、幾度となく体験しているからだ。
「そんなことで変わるのか? 具体的にはどうすれば?」
「素直なところは好ましいな。なに、難しいことなど何もない。考え方を変えるだけだ。力を貰う、でなく自分が使うと考える。それだけだ。その想いは強ければ強いほうがいい」
使う、か。
今までは感じろ、と言われていたが……ま、ものは試しだ、やってみるか。
――クロエ、お前の力を俺によこせ!
自分でいうのもなんだが、ずいぶん乱暴な物言いだ。だがそう念じた瞬間だ。変化は劇的だった。
今までとは明らかに違う。身体中を暴力的な力の奔流が駆け巡る。それはまさに全身の毛穴から溢れんばかり。隙あらば皮膚からも飛び出さんと、それらは出口を求め、荒れ狂う。
驚き思わずザスキアを見た。彼女の口角が上がった。
「いいだろう。もう一度『黒風』を使ってみろ。また弾いてやるよ」
「――竜術中伝・黒風!」
これまでのそれとは桁違いの威力、展開速度で放たれた技。ザスキアは一瞥すると、受けるでもなく大きく身をかわした。
標的を失った技はそのまま壁を切り刻み、部屋を倍ぐらいに広げる勢いだ。ガラガラと崩れる壁を一瞥し彼女は口笛を吹く。
「あんなのを弾いたらどこに行くかわからんね。アタシも無事じゃすまない。なんだ、やればできるじゃないか、陛下」
ザスキアが呑気に声を掛けてきたが、そんな軽口に付き合う余裕は俺にはなかった。直後襲ってきた大きな疲労感にたまらず片膝をつく。
「こ、こんなに堪えるもんなのか」
戸惑いつつも何とか一言絞り出すが、ザスキアは涼しい顔で返事する。
「ま、最初はそんなもんだろう。とりあえずココを出るまでには、連続で三発くらいは打てるように慣れてもらわないとな。あと展開速度。遅い。それと……」
そして俺の前にしゃがむと、肩をポンとたたく。
「無詠唱で技発動、めざそうか」
お……鬼かこいつ。竜だけど。
続くザスキアの指導はまさに鬼教官のそれだった。泣き言こそ言わなかったが、若い頃だったらとっくに音を上げていたかもしれない。
正確に数えていないが、おそらく二十日程度は過ぎただろうか。朝食後、出発前にザスキアが口を開いた。
「今日からは共同訓練だ。お互いさみしかったろう? 待たせたな」
いよいよか。そう言われて喜ぶ者などいない。さしものミミでさえ、神妙な表情でザスキアの言葉に首肯する。
「ほう? 多少は浮かれるかとも思ったんだが。イイ面構えになったじゃないか、狐のカノジョ」
「ふふん、イイ女に磨きが掛ったんじゃないかな? ね、ダンくん、ど?」
そう言ってミミはこちらを向いてグッとポーズを決める。
「ん? そうだな、なんだか……」
「なんだか?」
「うん、肉食獣みが増したというか」
ミミはわかりやすくガックリと肩を落とす。
「欲しいのはそういうんじゃないんよ」
陛下もずいぶん人が悪いな、とザスキアが笑う。
「さて、今日から階下に降りて集団戦の調整をしてもらう。降りる前にそれぞれのスキルの共有をしておけ。準備ができたら出発だ」
「一つ質問いいか」
俺の言葉にザスキアがうなずく。
「出現する魔物の情報は教えてくれるのか?」
「もちろんだ」
話を聞くと、どうやら山腹に居た連中よりも数段強い魔物がうようよしているらしい。そんな魔物、相手にできるのだろうか。
「心配するな、今の自分たちの力を信じろ」
そうやって笑うザスキアの言葉に若干の不安を抱えつつ、エリー達と向き合った。




