8 小鬼の襲撃と血濡れた戦棍
俺たちのまったりした中に飛び込んできたのは獣人、いわゆる狐人族の子供だった。
聞けば狐人族の村に突然人型の魔物が群れで襲い掛かってきたそうだ。
狐人族もそんなに弱っちい種族ではないはずだが。不意を突かれたらわからんか。だが。
「罠だな」
「罠ね」
俺とエリーの言葉に残りが驚く。
「そ、そんな! 本当です、このままじゃ、村が」
「そうだよお師匠! 早く助けに行ってやらないと!」
「まぁ待ちなさい。ビルの言いたいこともわかるわ。そのうえで私たちは罠の可能性を疑ってるのよ。そうね……ねぇ君。どうして君だけ村を出れたの?」
「それは、いつも遊んでるボクたちだけの秘密のトンネルから……」
「ほかの子たちは一緒じゃないの?」
「そのトンネルの近くにいたのが、多分ボクだけだから……」
「君の村って、どっちにあるの?」
「あっち。……ねぇ、一緒に来て早く助けて! じゃないと村の人たちが」
村を脱出できた理由に不自然な点はない。同時に他の連中が来ない理由にも納得できなくもない。
今いる場所はコイツの差した方角と町の位置の直線上、村からまっすぐ町を目指していたということになる。つまり俺らを見つけてやってきたのではなく、偶然出くわしたと考えるのが自然だ。やれやれ。
「わかったよボウズ。名前は?」
「ソラ」
「よし、ソラ。村に案内しろ」
「はぁ、やっぱりそうなるかー。薬草の篭は……おいていくしかないわね」
エリーがため息をついて錫杖を握りなおした。
◆◆◆
風下から近づいた関係で少し遠回りしたが、村が見えるところまでやってこれた。
「お、まだ頑張ってるじゃないか」
村はまだ落ちてはいないようだった。丸太で拵えている壁がいい仕事をしているようだ。魔物といっても小型の人型。魔法などを扱える奴もそういない。散発的に炎系の玉が飛んではいるが、さしたる問題にはなっていないようだった。狐人族は弓などを使い効率的に相手を撃退しているように見える。ただ問題は。
「数が多いな、こりゃ」
とにかく数が多い。ざっと見た感じ五十はいないか? 地面に転がってるのもすでに五十はいそうだから、総勢百体の団体さんだったというわけだ。
「兄さん、あそこ。ちょっとまずいわよ」
エリーが指さす先には魔物が塀に向かって折り重なっている。その上に魔物が登り、倒されを繰り返している。このままだと肉の足場が完成してしまう。もしかするとそれより前に。
ビルがあっ、と叫んだときだった。壁の一部がメリメリと音を立てて内側に崩れだした。やはり肉の足場の重さに耐えかねたのか。まずいことになった。
「あちゃー! こりゃちまちま倒してる暇はなさそうね!」
俺は急いで周りに強化を施しつつ、エリーに指示を出す。
「ああ。祝福たのむ。俺はコイツでまずは一発ぶちかます」
「それって……スクロール?」
呪文書を広げながら頷く。
「火嵐のスクロールだ。発動させたらすぐに突っ込むから後任せる。双子は隠れて自分とその子を守れ。いいな。よし、行くぞ。……火嵐・発動!」
発動の合言葉とともに上質な羊皮紙に刻まれた複雑な魔方陣が黄金色の光を放つ。直後魔物の群れの真ん中に巨大な炎の竜巻が唸りをあげて巻き起こる。ずいぶん離れているはずだが照り付ける熱気と吸い込まれそうになる強風に翻弄される。踏ん張っていないと倒されそうな荒れ狂う風とじりじりと肌を焼かれる感覚に本能的な恐怖を感じる。
だが狂ったような炎の暴力は唐突に終わりを告げる。舞い上がった木の葉や枝がはらはらと落ちると同時に再び戦場の様子があらわになる。
さすがは中級魔術、ぱっと見七割は削れただろうか。
いきなり周りが消し炭に変わった魔物の中には呆然と立ちすくむもの、奇声を発するもの、棍棒を地面に叩きつけるもの様々だ。みな恐慌に陥っている。まあ、無理もないわな。自分でやっててなんだが同情する。詠唱だけで使えれば便利なんだがなぁ。なにぶん才能がない。
スクロールはその内に込められた魔力を放出すると、文字通り灰になって崩れ落ちた。手を払って立ち上がり、詠唱の準備に入る。
そのあとポンポンと二、三発火炎榴弾を打ち込みつつ敵の只中に飛び込む。最初の二、三匹は機嫌よく斬られていたので俺もご機嫌だったんだが、それ以降は俺が嫌いなのか、相手が背中を見せて逃げ出そうとする。
もちろんそんなことはなくてエリーの支援魔法が効いているようだ。おそらくは神への畏怖。どんな屈強な相手でもちびって逃げ出す数減らしにはもってこいのハッタリ魔法。……なんて言ったらエリーに「神に対して不敬ですよ」とか言われそうなので口にしたことはない。当然部下の信仰にも敬意を払うべきだよな。
そのあと不信心な数体を狩る。これで外の連中はあらかた片付いたはずだ。あとは村の中に雪崩れていった連中だが、村の中から悲鳴が一部聞こえるので被害が出ているかもしれない。急いで崩れた壁を越える。
趨勢が決しているにもかかわらず、自分の立場が分かっていない数匹が略奪をするつもりか、村の中でまだ元気よく暴れていた。しかしそれも間を置かず狐人族の戦士たちに狩られているようで、あっという間に静かになってきた。
掃討のため村の隅々まで確認し、ほぼ鎮圧したかのように思えたその時、更に奥で小さく悲鳴が聞こえた。
その逼迫したような声に慌てて駆けつけると、二体の魔物に組み敷かれ今まさに蹂躙されようとしている一人の女性がいた。
駆けつけながら彼女の足を掴んでいる方をまず氷槍でヘッドショット、そのあと羽交い絞めにしていた方の首を刈り取る。
女性はゆっくり倒れる敵を涙をにじませながらも懸命に押しのけ、そしてやおら立ち上がると……敵に蹴りを入れはじめた。
「このっ! バカッ! 鬼畜っ! 変態っ! しねっ!」
いやもう死んでるし。
その前に君、色々見えちゃってるから。まずいから。
文字通りの死体蹴りをしている彼女に、慌てて着ている外套を脱いでかぶせてやる。するとようやく自分の恰好に気づいたのか。ビタリと動きを止めたかと思えば、途端にうなじまで真っ赤になってへにゃ、としゃがみこんだ。
「あ……ありがとうございましゅ」
か細い声でそれだけ口にすると、その場でうつむいた。よほど恥ずかしいのだろう、狐人族のアイコンたる大きな耳がしょぼんとしおれていた。
その後合流したエリーに彼女を任せ、ほかに問題が無いか、村を回ることにした。個人的に気になったのはエリーが手にしていた得物。
いつもの錫杖からこういう時用の戦棍に代わっていたこと。そしてそれが鮮やかに彩られ、滴り落ちるほど濡れていたことだ。
“結局最後は物理がモノをいうのよ――”
聖女様が口にしていいセリフじゃないよな、っていつも思うんだよな。
どうやら戦闘は落ち着いたようだ。皆広場に集まって無事を喜んだ。
村長はじめ、村の連中から丁重にお礼を言われた。多少のけが人が出たくらいで幸いなことに死者は出なかったという。そのけが人もエリーが治癒をしたので、実質モノの損害のみにとどまりそうだと皆喜んでくれた。
正式なお礼は後日、ギルドを通して行うと言っていた。気にするなと遠慮してみたが、一族の沽券にかかわると押し切られたので、実費程度ならと受け入れることとする。
最初は恰好をつけてみたものの、ファイアストームのスクロールは割と値が張る。その分くらいは貰ってもいいだろう。連中が居たらまた作ってもらえるんだが軍をクビになった身の俺には難しいしな。
帰り際、女性の声に呼び止められる。振り返ると先ほど助けた女の子だった。
「えっと、助けてくれてありがとう、ございました。おかげでその、色々無事でした」
「そうか。……間にあって良かった。じゃ、元気でな」
「あの! ……あの、名前」
「ん、俺の名か? ダンだ。じゃあな」
彼女は村の入り口から、俺たちから見えなくなるまでずっと見送ってくれていた。
帰りは道すがら、興奮冷めやらぬ様子で双子の実況(ディレイ実況)を延々聞かされる羽目になった。半分うんざりしながら聞いていたのだが、まだこの程度の方ならかわいいもんだと今なら思う。
◆◆◆
翌日。早朝からわが家に訪れ、玄関に立つ一人の女性。
「おっはようございまーす!」
ショートボウを肩にかけ、すこし日に焼けた健康的な肌を惜しげもなく晒す、快活な雰囲気を持ったその人は。
「やっほー、嫁に来たよ、ダンくん!」
まさに昨日助けた狐人族の女性、その人だった。若干イメージ違うけど?
これどういうこと!? いや顔の脇でピースされても。いや舌だされても。