9 守り刀
何もするな、だと?
正直納得のいかない言葉ではあるが、何か真意があるのかもしれない。ぐっとこらえる。
「何もするなというのは、どういうことだ?」
ザスキアは眉根を寄せるような仕草を見せたが、すぐ合点がいったかのようだった。
「ああ、何もしないというのはさすがに語弊があるか。……あいつらの修行に対して何もするな、アタシらに任せろ、という意味だ」
意図はわかったが、彼女たちにメリットがない。
「鍛えてくれるということなら、そんなに頼もしいことはないが……なぜ?」
「陛下がいたら連中、アンタを頼るからだよ。訓練にならない」
「そんなことはないだろう」
彼女は首を振った。
「いや、あるね。理由もはっきりしてる。陛下とそれ以外の連中の、実力が違いすぎていることだ。今までだって大方、クロエ様かアンタがだいたい片づけていたんじゃないか?」
……たしかに。
「陛下。アンタ自身の底上げも確かに必要なんだが、それ以上に問題はアンタの愛人連中にある。わかってんだろ、アンタたち」
意外にもエリーは怒った素振りも見せず、神妙な顔つきで頷いた。
「……確かに騎士団にいた頃から非凡な人でした。そのころからすでに騎士たちはウォーレナを頼っていたのは間違いありません。あの力の根源がなんなのか今でもわかりませんが、実力に彼我の差がある点については認めざるを得ません」
「へえ。ずいぶん素直に認めるじゃないか、エリーちゃん」
「この状況で虚勢を張ったとしても、得になることなんて何もないじゃないですか」
ザスキアは鼻を鳴らした。
「ずいぶん合理的にできている。あの宗教に属するだけはある、か。……さ、ほかの連中はどうだ? 納得いかない奴はいるか?」
ミミとシルヴィがともに肩をすくめておどけて見せた。
「異議なーし! や、わかりすぎて何も言えないっていうか」
「悔しいですが、おっしゃるとおりかと。ここで私たちの実力も上がるということでしたら、むしろ歓迎すべき出来事といえますわ」
シルヴィの言葉にベリータもうなずく。
全員の意思が確認できたところで、俺たちの修行が始まった。
メンバーそれぞれに専属のトレーナーがつくような格好だ。各々ダンジョンに散っていったのでその後の様子はわからない。再会できるのは夕食の時間になってから。
その後は正直なところ疲れきっていて話し込むこともなく、毎夜泥のように眠る。
朝になると挨拶もそこそこにまた散っていく。そんな日々。
まさに修行漬けだ。
だが若いころに経験した辛いだけの日々とは違い、ここでの修業は厳しい中にも確実に成長を感じられる充実感もあった。
楽しい。これほどまで己の技を磨くためだけに没頭する時間を持てたのは、いつ以来だろう。
「さて、休憩はこんなもんでいいか?」
しばし地面に転がって現実逃避している俺を、ザスキアがのぞき込む。
「年かな。体力が持たなくなってきた気がする」
「冗談。アタシとのタイマン訓練を涼しい顔でこなされでもしたら……アンタもう、人間じゃないよ」
「違いない」
呆れた表情で差し出される手を笑ってつかみ起き上がる。
と同時に振りかぶられる剣。手を……離してはくれない。ならばと彼女の体をグッと引き寄せる。そのままバランスを崩し、体重を掛け押し倒す。
「おっと、ずいぶんと情熱的じゃないか」
組み伏せられた格好のザスキアは、しかし動揺する様子もない。
「腕と胴体、離れ離れになるのは淋しいから……なっ」
腰のナイフを抜いて脇を狙う。
だがその目論見は彼女の肘であっさりと止められる。
「おいおい、これから愛し合うというのにこれは無粋だろ?」
ちくしょう、挟まれたナイフがびくともしない。
「愛し合う、というより仕合だけどなっ」
ナイフを手放し、彼女の喉を拳で狙う。あえなく払われ、逆に蹴り飛ばされる。こちらは強化でバフしているのでダメージは入らない。
素早く立ち上がって剣を抜く。すでに目の前には妖しい微笑みを浮かべ、剣を振りかぶるザスキアの姿。切り結ぶと金属同士がぶつかり合う激しい音と火花が弾ける。バフしてもなお押し込まれる。
アイツ、普段は手抜いてたんじゃないだろうな!?
今なお床に臥せっているはずのライザに心の中で悪態をついてみる。
「なに、ずいぶんマシになってきたよ、陛下」
褒めているのか嫌味なのか。彼女は更に剣を押し込みながらも、笑みを絶やさない。
「っ、火炎榴弾!」
「攻撃魔法は、今は無しだといったろう……水榴弾」
激しい蒸気が一気に沸き起こり、目を細めた次の瞬間。
「ほら、油断大敵だ」
ひときわ大きな金属の悲鳴が響いたあと、手元の剣は弾き飛ばされていた。
「はい、終わり」
ザスキアの剣が首元に押し当てられたところで、二人は動きを止めた。
「もう少し成長してくれてもいいんだが……ん?」
「……ちょっと卑怯だが、これでどうだ?」
脇腹にナイフを突きつけられた格好の彼女は、愉快そうに口元をゆがめた。
ここに来て、初めて引き分けに持ち込んだ瞬間だった。
「なるほどな。……いいだろう、では竜術の訓練に移ろう」
ザスキアは身を引き、剣を収めながらいよいよ本題に向けたメニューを始めることを宣言した。
握った二本目のナイフを見つめる。双子をさらわれた時に拾ったメグのナイフ。あの子に感謝しなきゃな。ひと撫でしてから収める。
「……意外と早かったな、さすがは……」
続いた言葉はあまりにも小さかったので、聞き取ることができなかった。




