8 神殿、突入
――そうやってあまり眠れた気がしないまま、朝を迎えた。いつの間にか床は整えられている。昨夜の出来事がまるで悪い夢であったかのように。
そうだ、あれは夢だったんだ! と気を取り直して起き上がってみるも、直後目に入ったものに一気に現実に引き戻される。
『おはようダーリン。素敵な夜をありがとう ザスキア』
机の書きつけに、一気に気が重くなるのを感じた。
なんとなく身体も重い。エリーたちの居る建屋の食堂に向かうため、引きずるように体を向ける。
食堂の扉を開くと、見慣れた顔が迎えてくれる。たった一晩だったが、これほどまでホッとするとは、正直思っていなかった。
「あら、あまりお顔が冴えないご様子ですけれど。どうかされました?」
「あ、ああ。眠りが浅くてな。少し緊張しているのかもしれない」
「へえ? ダンくんも緊張することあるんだ? めっずらしいー」
シルヴィ、ミミ、すまん。嘘ついた。だがとても本当のことは言えない。
「ほう? 陛下とあろうお方でも緊張することがあるんだな」
トレーを手に食堂に入ってきたザスキアが、ニヤニヤと笑いつつ問いかけてくる。ったく、白々しい!
「ああ、夢見が悪かったかもな。あまり眠れなかった」
「そうなのか? ベッドが柔らかすぎたかもな。今度はもう少し固めの」
「いや結構」
俺の反応がよほど愉快だったのか、とうとうザスキアはカラカラと笑った。
「え? 何かおかしなところあったかしら」
戸惑うエリーにとぼけることしかできない。
もちろん本意ではない。けれどしばらくは彼女をまともに見ることができないだろう。すまない、と心の中で詫びる。
「よし、支度はできているか、アンタたち」
朝食を済ませたあと一息ついたかと思えば、存外真面目な表情を見せたザスキアが、俺たちに向かって問いかけてきた。
そうだ。色々ありすぎて忘れていたが、俺たちは今から行く修行の場で、里近くにたむろする魔物たちに対抗できるほどの力を身につけねばならないのだ。
もちろんだと首肯すると、彼女は満足げに一つ頷く。
「いいだろう。夕べも言ったが、修行にはアタシもつきあおう。なに、ちょうど身体もなまっていたところだ、アタシ達のウォーミングアップを手伝うくらいできるだろう?」
「準備どころか、真打まで付き合ってやるよ」
「その減らず口、いつまで吐けるか楽しみにしてるぜ。……さ、じゃあ行こうか」
そしてザスキアは持っていたコップの中身を飲み干すと、勢いよく机に叩きつける。
「『とこしえの神殿』に」
村の裏にある山道を少し進むと、荒涼とした岩肌に神殿らしきものが現れた。
石材を見事に積み上げた、小さいながらも凝った作りのそれは質素ながらも厳かな雰囲気をまとっていた。
門番だろうか。神殿の入り口に両脇を固めるようにして立っている翼竜たちにザスキアが声をかける。ガシャッ、と槍の石突を地面に突き立て返礼をする。そしてチラ、と俺たちを盗み見る。
「さ、覚悟はいいか。入るぞ」
ザスキアは一度こちらの様子を一巡り確認するように見回すと、涼しい顔で門に手をかけた。
入口はかがり火がたかれているせいか、普通の洞穴に設えられた神殿の類と遜色なかった。何やら変わった作りなのかと警戒していたものだから、拍子抜けする。
背後でガシャン、と閂が掛けられるような音がした。同時に耳が一瞬ツンとする。何らかの魔法が発動したかのようだった。これが時間操作の結果なのだろうか。
この横穴は自然にできたものではなさそうだ。不自然にまっすぐに切り立った壁、凹凸のない床と天井がそれを物語っている。まるで――
「建物の内部のよう、だろ?」
ザスキアの言葉に、あいまいに返事した。
「実際、建物なのさ。……さて本格的な戦闘に入る前に方針を伝える。まずそこの! ほら、アンタのことだよ、巨乳ヒーラーちゃん」
「わ、私ですか?」
エリーが面食らったように自らを指さす。
「そんな無駄乳ぶら下げてんの、ほかに誰がいるってんだよ。アンタ、聖属性魔法はどれだけやれる」
エリーのは決して無駄なんかじゃないぞ! とは言葉にはださない。王国紳士だからね。
「ま、まあそれなりには……無駄乳、ですか」
胸元に視線を落としながら、エリーはいぶかし気に答える。
「よし、まずは実力を見たい。お前先制」
ザスキアの言葉にエリーが顔を上げて驚く。
「えっ、ということは敵のタイプは」
「ああ。相手はアンデッドだ。そしていま里を襲っているのも、な」
その言葉に、全員が息を飲んだ。
「……まあ、わかりましたが、私はエリーと申します」
エリーの言葉にザスキアが知ってか知らずか、笑顔を見せて親指を立てる。
「了解エリー。頼んだぜ。ほんじゃ次、男みたいな女。ったく、期待させやがって」
「……え? それはもしかして私のことだろうか? しかし期待とは何のこと」
ベリータがいぶかし気に尋ねるが、ここで素直にザスキアに返答させるわけには、いかんだろう!?
「ああ、前回戦闘を見てないからだろう。何ができるかわからないんだろう?」
ザスキアが片眉を上げて答える。
「ん? あ、ああそれもあるが」
「いやいやいや! それしか、ないよな!?」
俺の言葉に彼女が表情を多少ひきつらせる。まさか俺のことヤバいヤツとか思ってないよな? どちらかといえばそっちが大層ヤバいからな! と言いたい。ものすごく言いたい。
「うん!? まあそう、かもな。んでお前」
「ベリータです」
無表情で答えるベリータは男に見えなくも……ないな。よかったな、襲われる前に気づいてもらえて!
「そうか、ベリータ。お前、歌うたえるだろ?」
「! なぜそれが?」
ベリータが不思議そうに首を傾げた。
「そりゃわかるさ。匂いでな。で、祝福まわりはイケるか? アンデッドに効く」
「は、はい。一通りは」
匂いでわかるってどういう仕組みなんだろう……。
「へぇ。期待してるぜ? んで次は魔法使いかな? 名前は」
「シルヴィ、ですわ」
「ですわときたか! いい趣味してんぜ陛下」
「そりゃどうも」
肩をすくめて答える。なんですの!? とシルヴィが腕を組んで鼻を鳴らす。
「ええっと、シルヴィちゃんは炎系統」
「愚問、ですわね。それと、ちゃん付けはご遠慮願えますかしら」
シルヴィが彼女の言葉を遮り、うっとうしそうに髪の毛をかき上げる。あ、これイラついているときのしぐさなんだよなぁ。
ちゃん付けはダメ絶対。覚えました。
しかしザスキアは気に留める様子もなく話を続ける。
「そうかい。んじゃ景気よくぶっ放してくれよな! んで斥候かな? 狐のカノジョ」
「ミミでよろ~」
ミミはいつもの通りへらっと笑いつつ手を軽く振る。ザスキアもそれに答えるように手を振った。
「おう、ミミ。よろだ。基本アンタの戦いは変わらないとは思うが、いくつか小ネタを教えてやる。アイツとペアを組め」
ザスキアが一人の翼竜を指さした。
「そして最後は陛下だが」
「おう、俺には何を?」
「アンタは何もするな」
は? どゆこと?




