7 贄
「ああ。アンタ、動きを速める技があることは知ってるよな?」
ザスキアの問いに首肯で答える。
「そうかい、説明の手間が省けて助かる。で、これはその技の応用なんだが。効果対象を人物でなく、ある範囲や部屋にすると、だ……さて、どうなると思う?」
彼女が手をこちらに差し伸ばす。そう話を向けられたのなら、普通考えるとその空間の時間がいじれるということになるが……そんなことが可能なのか?
「エリア全体の時の流れを操作できる……とでも言いたいのか? そんなことが可能、いや実在するということなのか?」
彼女は満足そうに頷いた。どっかで見たなこの様子。
思い出した。俺が見習いだったころの指導教官のあれだ。くそ。
「ああそうだ、頭の回る奴は長生きする。普段から頭を使う癖をつけとくといい。さて、そこはちょっとしたダンジョンになっていてな。適当な魔物もうろついてるから、ちょうど良い訓練になるんだ」
そして後ろの部下だろうか、数名に向かって首をしゃくる。
「こいつらも時折そこで修行してる。そこで過ごせばこちらの一日は、そこのひと月に相当する。そこでアタシ自ら稽古を付けてやろうじゃないか。お仲間の愛人連中も、それなりの奴を付けてやるよ」
「愛人って……ああ、もういいよそれで」
言ってからしまったと思った。この発言はまずいかも? と口元を押さえた途端。
「それでいいってなによ!」とエリーが口火を切ったかと思えば。
「うわマジか、正式に愛人認定キター!!」と小躍りするミミ。
「愛人ではなく、つ・ま! ですわよ旦那様!」シルヴィが頬を膨らませると、
「え、皆さん。いまさら何を騒いでいらっしゃる? 愛人ですが何か?」とベリータ。
それぞれがいかにもな反応を見せてくれてありがとう、とは言えない状況だが、ここはあえて放置しておく。話が進まん。
「で、聞きたいことが二つある。なぜここまでしてくれるのか? そしてなぜアンタたちは里に加勢に行かないのか」
「お話を、流さないでくださいませっ」
ちょ、シルヴィ、頬をつねらないでっ。
そんな様子にザスキアがすうっと目を細め、鼻を鳴らす。
「ふむ。もっともな疑問だな。いいだろう。一つ目。タダで恩恵を与えてくれるのは神様くらいのもんだぜ『陛下』? それなりに見返りがあるんだよ、アタシたちにもさ」
見返り。誰が与えるんだそんなもん?
「二つ目。ココを守る任務を帯びているから、さ。だから里には行けない」
指を二本、ピースサインのように俺に突き出すザスキアの表情は、うって変わって真剣なものに変わっていた。
確かに時間が伸ばせるような場所があるなら、誰かから狙われるやもしれない。守備隊が常駐するのは自然かもしれない。
いろいろ思うところはあるが……よし、すぐ行こうじゃないか。ついでにさっきぶちのめされた時の技も教えてもらうとしよう。
いまだに何をされたのかわかってないのが、なんとも情けないけれど。
「なるほどわかった。じゃあ早速向かおう」
「まあまあそう急くな。一日二日で里は落ちはせん。今宵はゆるりとせよ。明日の朝、連れて行ってやる」
そんなわけで山里にはそぐわないほど豪華な食事のあと、個人ごとに部屋があてがわれた。
ただ、外は危険であること、この村には他にも機密があるとの理由から、我々の居室は建屋ごと外から施錠されるらしい。
部屋数の都合で、俺と女性陣の建屋は分けられた。彼女たちの身の安全は保障してくれるのかと詰め寄ってみたが、「我々を見くびるな」とザスキアからギロリと睨みつけられたので、これはもう信じるしかない。
エリーなんかは不満そうだったが仕方ない。
待遇はいいが、我々は今のところ虜囚と何一つ変わらないのだ。
部屋のベッドに一人寝転がり、天井を眺める。
やはり絶界の山脈は人智の及ばないところだと言わざるを得ない。
いや、知恵どころではない。力の面でも。
人はずいぶんと穏やかな環境で暮らしているということだ。
「それだけ、竜族に守られている、ということか……」
そういえば、なぜ竜族は人をこれほどまでに保護するのだろうか。メリットが見えない。神から委嘱されたという話も聞いたことがあるが、ならば神はなぜ……?
思索の沼に陥りそうなとき、ドアがノックされた。
「アタシだ。入るぞ」
ザスキアだ。返事をする間もなくドアが開かれる。先ほどの軽武装のいで立ちからは打って変わって、薄い夜着に身を包んだ彼女。彼女だけではない。後からぞろぞろと彼女より年若い連中が数名、同じような衣装で部屋に入ってきた。
……彼女たちの期待に満ちた表情からして、嫌な予感しかしない。
「どうしたんだ? もうよい子は寝る時間のはずだが。そんな刺激的な恰好、村の男に見られでもしたら、俺、無事じゃ済まなそうなんだがな」
無駄な抵抗と感じつつも、抗ってみようじゃないか。
「おや、この里に入って気づかなかったかい? ここにはね、男が居ないんだ」
ザスキアが意外そうに返した。いえ、気づいてました、しっかり気づいてましたよ!
「……そういうこともあるんだな、どっか出稼ぎにでも行ってるのか?」
「とぼけるのが下手だな、『陛下』は。我々を人のソレと同じに考えてもらっても困る」
彼女は失笑した。後ろの子たちもサワサワと笑う。
「竜族ってのは元々男が生まれにくい種族でね。種は他所から仕入れてくるのさ」
うーん、嫌な予感メーターが急上昇中であります! 隊長、即時離脱許可を!
「へ、へえ。野菜みたいだな」
「どちらかというと種牛か種馬だろう?」
ふへっ。思わず乾いた笑いがこぼれた。
「なもんで普段から年中男日照りってわけさ。それにアンタは他の男とは別格だ。アタシにはわかる。イイ男の匂いが。強い種だ。あとは……わかるだろ?」
「ど……どういうことかな?」
「そこまで言わせる気か? アンタも案外、意地が悪いんだな、フフッ。……アタシ達が……」
ザスキアがぐるっと回りの翼竜の子たちを見回す。と思えば満面の笑み、いや悪い笑みを浮かべる。
「抱いてやるって言ってんのさ! さぁお前たち、ひん剥いちまいな!」
途端に周りの翼竜の子たちが歓声を上げて群がってくる。
きゃあー。などと悲鳴を上げるのも情けないので黙っているが。
そもそも抵抗しようにも相手は竜族。とんでもない力で押さえつけられて、もはや何もできない。
ただされるがまま。こちらはせいぜい強化で身体が壊れないように守るだけだ。
「建屋を分けた理由はこれか……」
男としては本望なのかもしれない。なるほど理解した。
かもしれないが、ただこれはちょっと……違うんじゃないかなって思うんだよなあ。
俺自身が見返り。そういうことか。
まさかこの歳で、天井の節を数える羽目になるとは。




