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気づいたときは白い空間に立っていた。天井が高い。洞窟か何かだろうか。
腰に手を回すと剣がない。いつの間に?
このままではまずい、敵は? 出口はどこだ?
慌ててあたりを見渡すと、少し先に何者かが立っていることに気づく。いつの間に?
「立派になったな、ウォーレナ」
その声に驚かされた。だってその声。
「……じいちゃん? え、どういうことだ?」
「立派になったお前の姿を見たくてな。……だが残念だ」
「残念? 何が……っ!」
突然周りが暗くなったかと思えば、見る間にじいちゃんの腕が、腰が、顔が、崩れていく。
「ウォーレナ……なぜ……なぜワシを……」
「じいちゃん!? 本当にじいちゃんなのか? どうしてこんな」
やがてじいちゃんは膝をつき、手をつき、崩れ落ちた。
「そうか……これは贖罪か……」
「待ってくれじいちゃん、どういうことなんだ、教えてくれ!」
「――じいちゃんっ!!」
目を覚ますと、見慣れない天井が俺を迎えた。
「あ? ……ゆ、夢……?」
「兄さんっ!」
とたんに表情をクシャリと歪めたエリーの顔が、視界一杯に広がった。
「え、エリー。……ここは? 俺はいったい」
「おはよう『兄さん』。ずいぶんのんびりとしたお目覚めだったな。いい夢見たか?」
起き上がり、周りを見渡す。みんなの無事そうな様子を確認できたので、心の中で安堵する。
エリー以外で俺を兄さん呼びする奴なんて……? 声のした方に顔を向ける。そこには立派な角を持った女性が腕を組み、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「……あんたは? それにここはどこなんだ。いったい何をした? 俺たちをどうしようってんだ!?」
仁王立ちする女性は一度目をぱちくりとしてからカラカラと笑った。
「はっはっは! 質問が多い男だねぇ。えーと、まずアタシのことかい? アタシはザスキア。んでここは翼竜が住む村の一つ。アンタはさっきアタシの技を食らって、見事にひっくり返ってここに担ぎ込まれた。ざまぁねえな。あとは……なんだったっけ?」
そこで彼女はいったん言葉を切り、眉根をひそめて首をひねった。が、すぐにパッと明るい表情を見せるとポンと手を打った。
「ああ、もひとつ。とりあえずアタシ達にアンタらをどうこうする気はない。さて、こんなもんか?」
いや、わからないことだらけなんだが?
「なんで俺は気絶させられ、ここに連れてこられなきゃいけなかったんだ?」
「質問責めだねぇ。……そりゃ決まってる。ア、ン、タ、達、が」
一人ひとり指さしながら、彼女は愉快そうに笑う。
「弱すぎるからだけど?」
「どういう意味だ? うぬぼれるわけじゃないがそれなりに鍛えてきたつもりだ。それを弱すぎるなどと一蹴されるとは、ちょっと……いや、結構面白くないんだが」
「そうかそうか。いや、自己評価を誤るとロクなことがない。今日は運がよかったな。……あのまま山を登ってたら、数刻持たなかっただろう。朝日を拝む前に天使様とご対面、だ」
ザスキアと名乗った女性は肩をすくめておどけて見せる。本来ならば腹も立ちそうな態度だが、どうも俺はこの竜族の女性になすすべもなくやられたらしい。黙って様子を窺うことにする。
まったく、こんなことはクロエ相手以外ではじいちゃんにこっぴどくやられた時以来だ。……そして不意に思い出した。さっきの夢? はなんだったんだろうか。ひどく気分の悪い内容だった気がするんだが、ゴタゴタの中で忘れてしまった。
話を聞く限り、どうやら地竜らしい。クロエたち古竜に近しい種族と聞いたことがある。ならば少しは話が通じるか。
「まずは村へ招いていただき感謝する。私が意識を失っている間も、仲間を丁重に扱っていただけたようで。合わせて謝意を」
「なに、他者への手助けは功徳になるからな。気にするな」
ザスキアは手を軽く振って答えた。
「ただ、もう少し丁寧にしていただけたらよかったのだが。手荒な歓迎、感謝する」
俺の言葉に、彼女の眉がわずかに上がった。
「ふむ。ああでもしなければ引き留めるのは難しそうだったからな。で、何をするつもりだったんだ? まさか物見遊山ではあるまい?」
「ああ。竜の里に行く。明日にはここを発ちたい」
「おいおい冗談だろう? 山猫ごときにてこずる程度の腕なのに、か?」
周囲からクスクスと笑い声が聞こえる。
「なに。引っ込み思案でな、初めての相手には緊張するんだ」
「この期に及んでも、なお軽口を叩けるのは大したもの……と言いたいところだが」
ザスキアのアンバーの瞳がギラリと輝きを増した気がした。
「アンタ、死ぬぞ」
その瞳はある種の凄みをもって俺を凝視する。
「それだけではない。大切なお仲間も無事では済まない。アンタの前に、な」
目を細め仲間たちをゆっくり見まわす。隣に座るエリーの、息を呑む気配がした。ピリリと空気がひりつく。
「そうなったらすべてリーダーたるアンタの責任だ。勘違いしないでくれ、別に意地悪で言ってるんじゃない。心配してるんだ。アドバイスを無視して突き進むのは勇気じゃあない。ただの蛮勇だ。違うかい?」
「……竜の里が危ないと、クロエの眷属から聞いている。早く会わなきゃいけないんだ」
まさに絞り出すという表現が正しいだろう、やっと出てきた言葉がこれかと情けなくなってくる。
「その状況は知っている。里の者が苦戦しているということもな」
「だったら」
「わからないかね!? だからだよ! 平時ならさておき、現状ではなおのことこのまま進ませるわけにはいかないね」
彼女の言うことはもっともだ。頭ではわかっている。このまま進むべきではないことを。俺はどうなっても構わない。しかし、エリーたちにもし何かあったらと考える。
「それに守護対象と知ったうえで犬死にさせたとなると、我が竜族末代までの恥となろう。特にそれが、国王というならなおのこと」
ザスキアの言葉に、はじかれるように顔を上げる。なぜここで、国王という単語が出てくるんだ?
「……なぜ俺の身分を知っている?」
「ふん、なぜだろうな。まぁそんなこと、今はどうでもいいじゃないか。いいか『陛下』。アンタがとれる道は、残念ながら二つしかない」
彼女は指を一本立て、目の前に突き出してきた。俺はそれを凝視する。
「一つ。このまま引き返すこと。ふもとまでは送ってやろう」
「だから俺たちは」
彼女の手を払って詰め寄る。クロエに何としても会わなければならない。いつの間にか俺には使命感にも似た感情が沸いていた。
俺の払った腕を、苛立ちにも似た感情と一緒に逆に押しやったザスキアは、呆れたように口を開いた。
「わかっている、最後まで聞け! ったくせっかちだね、どうにも。……二つ目。ここで修行をする」
「それこそ悪い冗談だ! そんな時間はないと言っている」
「だから最後まで聞けって。とっておきがあるんだよ、ココには!」
「……とっておき?」
ザスキアは俺の反応に満足したのか、ニヤリと口角を上げた。




