4 洗礼
「これでっ……とどめだっ!」
膝を折った最後の鬼の首を切りつけ、倒れたのを確認し息を吐く。
「ダンくんおつかれ~」
「ナイスフォロー、ミミ。陽動もばっちりだった」
すっかり気の抜けた様子で、ハイタッチをしてくるミミと軽く手を合わせる。
「ベリータも遊撃ありがとな。走り回って疲れたろう。ちょっと休もうぜ」
俺の提案にベリータが笑って頷く。
ミミの陽動、ベリータの遊撃に俺の壁役としての役回り。前衛の相性は悪くない。
しかも二人はすでに手練れの域。主戦力として十分な力を持っていた。おかげで俺は補助と壁役に徹することができる。
「あら、わたくしの魔法は褒めてくださらないのかしら」
背後から少し拗ねたような声がかかった。振り返らなくてもわかる。
「もちろん、シルヴィの魔法も良かったさ! いいタイミングで足止めもしてくれて助かったよ」
「ふふっ、当然ですわっ。もっと妻のこと、褒めてくださってよいのですわよ?」
えっへん、とばかりにシルヴィが髪をかき上げ胸を張る。
決して誇張ではない。彼女もまた前口上に違わぬ見事な魔法で、集団戦を回避しつつ全体的にダメージとデバフを加え続けていた。しかしこの娘、帝国の皇女という肩書が外れたとはいえ、自由すぎんか……?
「みんな怪我無い? 見せて」
「俺は大丈夫だ。ありがとう、エリー」
軽く手を挙げて合図を送ると笑顔を返してくれる。それだけでちょっとした疲れなど、すぐ吹き飛んでしまう。
間違いない。彼女の笑顔には疲労回復効果がある。エビデンスは俺だ。
「ダンくん、顔がだらしなくなってるよ」
ミミが通りすがりに背後でつぶやく。いいだろう、たまには。
司教のエリー、斥候狐娘のミミ、魔術師お姫様のシルヴィ、戦士兼吟遊詩人という異色のベリータ。
そして壁役の俺を加えた五人。人数としては心許ないところではあるが、バランスは決して悪くない。いいパーティーだと思う。だが――
剣の汚れを拭いながら、改めて地面を見下ろす。
都合七体の鬼。魔物としては中型の部類と聞く。一体二体ならよく見かけるが、ここまでの集団に出くわすことはそうそうない。
近くに巣があるわけでもなさそうだったから、遠征して食料でも集めていたのかもしれない。
『絶界の山脈』――竜の里に近づくにつれ魔物の密度とランクが濃く、高くなってきている気がする。
気を引き締めていかねばなるまい。
いよいよ山脈の端にとりついた。ここからは緩やかな登りとなっていく。と同時に気温も徐々に下がっていく。木々が少なくなり、心なしか風も出てきたようだ。
山々を見上げてみる。ここからでも里の様子は見て取れない。中腹に別の竜の里があるらしいから、まずはそこを目指すこととする。
「なんだか寒くなってきたね……毛皮羽織っとこ」
ミミがぶるりと一つ身震いをし、いそいそと毛皮を取り出した。
そんな山道に入って間もなくのことだった。岩陰から何かが素早く飛び出してきた。
「総員、警戒!」
道の真ん中に堂々と飛び出したソイツ……俺の身長の優に三倍はあろうかという岩トカゲは、怒りを隠しもせず奇声を発している。
硬い外皮に覆われているコイツは刃が通りにくく、物理で戦うのは少々分が悪い。おまけに尻尾は重く、先端のトゲは当たると十分致命傷となる。
なによりこの魔物、普通に生活していてカチ合う相手ではない。
付け加えると、軍人やってた間も相手したことはない。ガキの頃、じいちゃんがたまに語る武勇伝の中で聞かされたのみだった。
「俺、コイツ見たの、初めてだわ」
私も、わたくしもと仲間がざわつく。ただ一人、ミミだけは山奥での狩りの際、遠目で見たことはあったらしい。
「狐人族の間では、アイツはどう対処していたんだ?」
「見たら逃げろ」
「ああ、そういう……」
そうこうするうちにしびれを切らしたのか、トカゲが襲い掛かってきた。様子を見よう。ヤツの攻撃を盾で受ける。
見た目とは裏腹に素早くバタバタと近づいてきたかと思えば、左脇から何かの塊が飛んできたのを慌てて盾で受ける。予想に反し重いその一撃に、身体が浮きそうになり驚く。ずるりと盾を滑り落ちるその正体は、岩トカゲの尻尾だった。
どうやら先ほど目の前で止まった岩トカゲが、その場で素早く回転したらしい。その力を尻尾に乗せ、振りぬいたのだ。あの尻尾から繰り出される死角からの強烈な一撃は、命をも易く刈り取るだろう。
続けてトカゲは噛みつこうと俺の腕を執拗に狙う。だが大きなトゲがついている尻尾ほど脅威ではない。ただ動物や魔物に噛みつかれると厄介なことになることもある。
稀に毒をもらったり伝染症を発症したりする可能性がある。それらについて十分注意するべきなのだ。
ベリータも死角からきっかけを作ろうとするも、見た目以上に素早く動き、かつ硬い外皮に守られたヤツに攻めあぐねているようだった。
岩トカゲは今、乱暴に地面を蹴って音を鳴らしている。思うようにダメージを与えられなかった腹いせなのか、我々を威嚇しているつもりなのか。
さて思案のしどころだ。我々は今、奴に対しての有効打を持ち合わせていない。が、それはヤツにも言えるようだった。こちらの出方をうかがっているのか、唸り声をあげてはいるが近づいてくる様子は今のところない。
「トカゲだから、やっぱ寒さは苦手なんだろうけどなあ」
「申し訳ありません。わたくし、氷系統は少々苦手で……」
炎のファンタジスタだからね、しかたないね。炎はダメだろうから、ならば水? いやいくらなんでもそれは安直過ぎるだろう、そんなのでどうやって……。
その時、ふいにガキの頃じいちゃんにこっぴどく叱られた時のことを思い出した。水びたしではしゃいでた俺を見とがめたじいちゃんが、俺に向かって……。
「そうか。これならもしかして……シルヴィ、ちょっと」
「はい? なにか良い手が?」
俺のアイディアをシルヴィに耳打ちする。うまくいくといいんだが。
「……これならどうだ?」
「なるほど、確かに。試してみる価値はある、かもしれませんわね。その案、乗りましてよ」
シルヴィはにやりと笑みを浮かべると岩トカゲに向き直り、詠唱に入った。




