3 吟遊詩人
「あぁ、そうでした。王は大病を患ったため、しばらくの間静養が必要となられたのでしたねぇ……困りました」
「突然どうした」
ギルはそれには答えない。眉間にしわを寄せ、ただうんうんと頷いている。
「あわせて司祭のエレノア様も奇しくも同じ病に伏されております。……仲のよろしいことですが、こちらも頭の痛い話ですねぇ」
「わ、わたしも?」
彼はその問いにも答えず、腰に手を当てると再び大きなため息をついた。
「当面の政治は摂政でも立てて執行することになるでしょうねぇ」
「……ギル」
「……なんとかしますよ、ええ。そういう役回りですからね、私」
ギルは肩をすくめるとへらっと笑った。
「すまないな」
「だからって本当に死なれちゃ困りますからね!? ちゃーんと生きて帰ってきてくださいね!」
「ああ、もちろんだとも。早速明日出立する。……っとエリー」
振り返ってギョッとした。
見下ろす格好の彼女が、俺の胸を指さしながら背伸びする勢いで問い詰めてくる。
「まさか。まさかまさか、今度も置いていくつもりじゃあないでしょうね?」
「……今回は今までの数段危険だぞ」
「あら? だったらなおのことヒーラーは必須でしょう? おいて行かれるのはもう、ゴメンだわ」
「……いつも苦労かけるな」
「いまさら、でしょ」
どうにもエリーには頭が上がらない。
「そんなに危険なら、当然斥候は必要だよね、ダンくん」
「すまない。来てくれると助かる……が」
「危なくなったらソッコー逃げるから、心配ご無用!」
俺が頷くと、ミミはグッと親指を突き出して笑った。
「ぼ、ボクたちも行きます」
メグとビルの申し出はありがたいんだが……。
「……ミミはともかく、お前達はダメだ」
「どうして!? 俺たちも一緒に」
ビルが口をとがらせる。だがおねだりされてもこればかりは譲れない。
「向かう所は、今までとは段違いに手強い魔物が相手となる。俺たちも自分を守ることが精一杯になるだろう」
「それって……足手まといってこと、ですか」
メグの寂しげな表情に心がチクリと痛むが、二人の命が掛っている。
「……ふたりには、ライザを看てやってほしい。放っておいたらあいつ、ケガをおしてまで里に戻りそうで、な」
「ちゃんと、ちゃんと帰ってきますよね?」
「もちろんだ。危ないことはしないさ」
「約束、ですからね?」
「そういうことだから、シルヴィ達もここで留守番を」
「え? 冗談ですわよね? 置いていくおつもりですか?」
意外にもシルヴィはついて来るつもりでいるようだった。
「ちょ、シルヴィ様!」
ベリータが慌てたように口をはさむ。その言葉に慌てるのは当然、付き人としては当然だよな。
「さっきのやりとり聞いてなかったのか? 厳しい戦いになるって」
「ええもちろん。ですから、きっと私が入り用ですわ」
俺の言葉に怯むどころか、ますます自信に満ちた表情で売り込んでくる。
途端にベリータの顔が青くなった。
「し、シルヴィ様、まさか」
「ウォーレナ様? 念のためにお伺いしますけれども、王国では王族は魔法を使ってはいけない、などというしきたりなどありまして?」
「なんだよ藪から棒に。そんなわけわからん制約などないぞ?」
「それはようございました。ではベリータ、開錠を」
解錠……って? しかしベリータの反応は鈍い。
「ですがシルヴィ様」
そんな彼女に、シルヴィはぴしゃりと言い放つ。
「ベリータ。私はもう帝国の皇女なんかではありません。ウォーレナ様の妻! です。こんなくだらないしきたりに、縛られる理由などすでにありません。そうでなくて?」
「それはまあ……そうですが」
妻って所を強調するの、心臓に悪いからやめて……。
「すまん、話が見えないんだが。開錠とは、何のことだ?」
「ああ、これは失礼を。こちらの首輪のことですわ」
そう言ってシルヴィは自らの首に巻かれた首輪を指さした。そういえば明らかに装いと合っていないように見えたんだが、必要だから着けていたということか。
「その首輪、いったいなんなんだ?」
「これは帝国のくだらないしきたりのひとつ、『制約の首輪』ですわ。これを身につけていると、魔法が使えませんの。なんでも王族は他人にむやみに魔法を見せてはならないと。……いざとなったときに容易く拘束するための方便なのではと、わたくし常々思っておりますが……ほら、ベリータ早く早くっ」
「か、かしこまりました……ちゃんとできるかな……? こほん、では」
ベリータは咳払いを一つ、胸に手を添えるといきなり澄んだ高音で歌い始めた。
――聞き届け給え。我らが始祖の名のもとに。我が主のため奏上す、我が願いをいま聞こし召せ――
魔法でもない、精霊術などでもない不思議な力だ。初めて見るがこれはいわゆる……。
考えを巡らせながら彼女の歌う様をぼうっと眺めていると、不意にパチリ、と小さく音がした。
「……解除、できました」
額にうっすらと汗をにじませたベリータがふう、とため息を一つ。彼女はシルヴィの首周りに手を伸ばす。先ほどまでがっちりと彼女の首に巻き付いていたはずの首輪は、あっさりと取り外される。
「ベリータ、今のは?」
「あ……封印解除の歌……ですね。ウチの家系、吟遊詩人でもあるんです」
はにかむようにベリータが笑う。
「すごいな」
「そうなんです! ベリータって剣の腕も相当立つのですが、吟遊詩人としての能力もバカにできないんですのよ」
シルヴィが自分のことのように嬉しそうに自慢する。あれ、ベリータって君の娘かな?
家では「お前はいつまでも下手だなぁ」って言われ続けていたんですけどね、とベリータが頬を染めて謙遜する。
それなら先の戦闘で外して戦えばよかったのにと言いかけたがやめた。これだけ歌が長いのなら、解除している間に敵にやられる。
「ということはもしかして、戦歌なんかも歌えるのか」
「え、ええ。速度や戦力をバフするとか、身体を軽くするとか。治療効果を上げるなんてのもありますね……あ、あとほかには」
ベリータが何かを思い出したようにぽん、と手を打った。
「なんだなんだ? ほかにどんなのあるんだ?」
「……相手をその気にさせる歌、というのもありますが……今夜使ってみても?」
「ダメだ」
興味本位で聞いてしまったことを直後後悔することになるとは。
「わかりました。黙ってこっそり使いますね」
「なあ、人の話聞いてるか?」
てへっ、て顔するな! 腹立つなぁ、もう。
「んもう、ちょっと! こちらがおざなりですわよ!?」
話題を持っていかれたのが気に入らないのか、シルヴィが機嫌悪そうに声を荒げた。
「おおう、そうだったすまんシルヴィ。で、首輪が外れるとどうなるんだ?」
「ふっふーん、ですわ。首輪がなければほら、このとおり」
そういうとシルヴィは明かりを指先に灯す。詠唱省略どころか無詠唱……だと!?
「公にはされていませんが、シルヴィ様は炎系統魔法のスペシャリストであらせられます」
「ど派手な花火をぶちかまして差し上げたいところですが……さすがに部屋の中で炎を出すわけにもいきませんものね」
花火をぶちかますって。
「いや、せっかくだから見せてもらおう。連れて行くにも実力を見ておきたい。ぜひ訓練場でぶちかましてくれ」
その後、訓練場でシルヴィの炎槍が塀を打ち壊す様を目の当たりにして思った。彼女を怒らせるのはやめよう。
そしてライザには安静にしておくように念を押すと、双子に彼女を託し、我々はその日のうちにノーウォルドから旅立った。




