2 王様俺、近衛に詰められる
その後はビルとメグにライザを託した。散々里に帰るとゴネていたようだが、ビルが一喝したところで今は大人しく言うことを聞いているらしい。意外なことだが彼女たちの関係性がそうさせるのだろうか。
ライザが大人しくしてくれている間にリビングで話し合いを始められたのはいいが、当然のごとくクロエ達を救いに行くという選択をみんなが許すはずもなく。
口火を切ったのはシルヴィだった。
「守護竜様の方達が手こずるような相手に、我々が太刀打ちできるとでも? 考えるまでもありません。行くべきではありませんわ」
ダメ元でベリータに顔を向けるが、申し訳なさそうな表情を返してくる。
「陛下のお気持ちはよくわかりますが、さすがに分が悪すぎます。それにシルヴィ様をお守りする立場から言っても、とても賛成するわけには……」
最後にすみません、と頭を下げる。律儀な奴だ。
「彼女達の意見に賛成よ、兄さん。助けに行きたいという気持ちはもちろんわからなくもない。私だってクロエ様のことは心配よ。けれど、状況はあまりに危険だわ。別の手段で助けになる方法を探るべきよ」
エリーもシルヴィの意見に賛同する。
「……一応ギルにも聞いておくか」
「一応ってなんですか陛下。ではまあ僭越ながら私も一応ご意見を。……国王とあろう者がご自身で戦場に救援など、言語道断!」
「ま、ですよね」
言わせんなとばかりにギルバートが鼻を鳴らす。これまたにべもない。状況から言えば確かにそうだ。行くべきではない。
「お前達の意見はわかった。他の方法を探るとしよう。ライザには……」
瞬間、エリー達の表情が曇る。
「俺から説明しておく。ギル、今後の方策を大臣達と協議してくれ。まとまったら報告を」
ギルバートが頷いたのを確認し、席を立った。
自室に戻り、一人考える。
やはり今まで世話になったクロエを見殺しにはできない。せめて様子を見に行くだけでもするべきだ。自分だけなら逃げるにせよ、なんとかなるだろう。よし、深夜にこっそりと一人、出立することにしよう。
後のことは……手紙でも書いておくか。無責任と非難されるかもしれないが仕方ない。不義理といわれるよりはよっぽどマシだ。
深夜、皆が寝静まるのを待って行動を開始する。
衛士がいる中、こっそりと屋敷を抜け出すのも一苦労だ。なんとか屋敷を抜けだしやれやれと安堵の声を漏らした瞬間、声を掛けられる。
「また置いていくつもり? 兄さん」
「相変わらず危ない橋を渡りたがる人ですね、団長?」
振り返らずともわかる。エリーとギルバートだった。
軽く息を吐き、振り返るとおどけた表情を作ってみる。
「なんだ雁首揃えて。お前たちもどうだ? 夜の散歩」
「そんな装備をしていないといけないほど、このへんの治安って悪いとは思えませんが」
ギルが腕組みをしながら不機嫌そうに告げた。
「そうだったのか。ほら、俺って心配性だから」
◆◆◆
翌朝。起きて早々連れてこられた執務室では、すっかりおかんむりな様子のギルバートが待ち構えていた。
「どういうおつもりですか、陛下」
「どうもこうも、ライザがあんなになってまでも助けを求めてきたんだ。様子を見に行くだけでも」
かぶせるようにギルが声を荒げる。
「それがどれだけ危険なことか、わかってお話になってますか!?」
「それは当然」
「いーえ、ちっともわかってません。いいですか、あなたは一介の冒険者ではない! この国の王なんですよ!? いい加減その自覚を持ってください!」
「自覚ならあるさ、だからこそこうやって理性的に話し合おうとしている」
「自覚がおありなら、そもそも夜中にこっそり抜け出そうなど」
「だってクロエだぞ。我が国の守護竜だ。その彼女の一大事だというのなら、力になりたいと思うだろ」
「ええ、ええ。もちろん、思うのはそちらのご勝手です。しかし立場を考えてくださいって言ってるんですよ、団長」
いつまで俺を団長扱いするんだ、コイツは。
「俺はもう団長じゃない。それにちょっと見てくるだけだって言ってんだろ!」
「大雨で増水した川の様子を見に行くってノリで話さないでください。絶対ダメです。それってもう、帰って来られないパターンの奴じゃないですか!」
「なんだと? なんで帰れないって決まってるんだ? その決めつけてダメ出しするところ、ぜんっぜん変わってないな!」
人を酔っ払いオヤジと同列に語るの、やめてもらえますかね?
「ええ、ええ! 何度でもダメ出ししてやりますよ、このわからず屋!」
「んだと、このっ……!」
そんなとき俺の脳天に衝撃が走った。驚いて見上げるとお怒りモードのエリーが、ティーポットを掲げて睨んでいる。
「やめなさいウォーレナ! ここで言い争っても何にもならないでしょ!? ギルもなに乗せられてるの!」
えぇ……悪いの俺ぇ?
だが、あまりのエリーの剣幕のおかげで冷静になることができた。てかこえぇ。
俺たちは互いに首をすくめたまま見合って吹き出すと、苦笑いを浮かべる。
エリーがいつの間にか用意したお茶を飲みつつ、しばし静かな時間が流れた。
しばらく黙ってカップを傾けていたギルが、おもむろに海のように深いため息をついた。ほどなくして何かと思い出したかのように話しだす。




