1 バッドニュースは突然に
第3部スタートします。リアルが立て込んでいるので更新が不安定になるかと思いますが、
よろしくお願いします!
また第2部を収録した2巻が、3/29に発売となります!
加筆修正を結構しており、新たなエピソードも追加しました。
お手に取っていただけるとうれしいです。
男たちの騒ぎ声に目が覚めた。窓から見える空はまだ暗い。
重い頭を持ち上げると衛兵たちが何者かに声を掛けているようだった。ベッドの上で身を起こすと、傍らのエリーが身じろぎをした。
起こしてすまない、と彼女の額にキスをする。まもなく遠慮がちに扉が叩かれた。
手早く身支度を調え玄関に向かうと人だかりができている。俺を認めると衛兵達が道を開けるように人だかりを割った。
促されるように進んだその先での光景に、俺は目を疑った。
そこには立っているのもやっとの様子のライザが、息も荒く肩を上下させていた。
「ご、ご主人様……親方様が、おねえちゃん、が……」
傷だらけのライザはそれだけ呟くとその場に崩れ落ちた。すんでのところで彼女を支え抱き上げる。
「おい、ライザどうした、何があったんだ!?」
問いかけ、揺すってみても反応がない。すでに気を失っているようだ。いつもの彼女からは想像もできない憔悴ぶり。身体中に刻まれた生傷も痛々しい。
「どうしたの、ライザ!?」
遅れてやってきたエリーが、彼女の様子を見て声を上げる。
「エリーすまない。今から頼めるか」
「彼女の部屋に運んで。準備するわ」
ライザの姿に一瞬動揺した様子のエリーだったが、頷くと先に居館の奥へと駆け出した。
これほどまでにライザ――翼竜とはいえ竜種の者をこれだけ痛めつけることができる存在とは、一体何者なんだろう?
苦悶の表情を浮かべ力なく腕に身体を預ける彼女を見下ろしながら、言い知れぬ不安感に襲われる。
「お師匠、はやく!」
いつの間にか考え込んでしまったようだ。ビルの声に我に返ると、ライザを抱え部屋へと急いだ。
――彼女が目を覚ましたのは、昼に差し掛かる頃だった。
目を覚ましたというメグの呼び出しに駆けつけると、ライザが起き上がろうとするので手で制する。
「そのままでいい。気分はどうだ」
「ごめんなさい、ご主人様。迷惑を掛けてしまって」
「そんなことはいい。それよりまだ痛むか?」
「所々。手ひどくやられてしまっていたみたい。エリーに回復して貰ったけれど、安静が必要だって」
眉尻を下げたライザが、力なく答えた。
「そうなのかエリー」
「傷のいくつかが骨や深い筋にまで達してたわ。とりあえず治療としては済んでるけれど、しばらくは動かない方がいいわね」
その言葉を受けるようにライザが痛々しく身を起こす。
「でもそんなこと、言ってられない。すぐにでも戻らないと御館様が……っ」
「ちょ、寝てなさいっての! ……バカなこと言わないで。後に残るわよ? 今までのように動けなくなってもいいの?」
エリーとビルが彼女の肩を支え、再びゆっくりと横たえさせる。
「そんなことっ……言ってる場合じゃ」
「いや言ってる場合だろ!? とりあえず寝とけ!」
「でも……あのままじゃ親方様が。……おねえちゃんが」
ライザはまなじりから一筋涙を流すと言葉を詰まらせ顔を背ける。
彼女の嗚咽だけが響く。重苦しい沈黙が部屋を支配する。
まずは彼女の気持ちが落ち着くのを待った。どれくらいたったろう、いつの間にか水っぽい音が途絶え、ライザが再び口を開いた。
「ごめんなさい、取り乱して」
「なに、構わないさ。……なあライザ。クロエ達に一体何があったんだ? 教えてくれ」
俺の問いかけに、天井をぼんやり見上げるライザがポツリポツリと語り始めた。
「……いつもの集会だったの。毎度のように少し真面目な話をしたかと思ったらすぐに終わって宴会になって。お酒が入ってバカやって。……そこに突然敵が」
「敵? 竜たちと張り合える敵って……どういうことだ? 誰なんだ?」
ライザは力なく首を振る。
「わからない。連中突然襲いかかってきて。何者かもわかんないウチに乱戦になって。御館様やおねえちゃんと一緒にしばらく戦っていたんだけれど、突然親方様が大声を上げたの。『そんな、おぬしは!』って」
「誰かと出くわしたんだろうか? でその後は」
「うん、そこで隙を作っちゃったんだよ、御館様。たくさんの敵に囲まれて。一緒に火口に……落ちちゃった。おねえちゃんも巻き込まれて……」
「二人の様子はわからないのか? あと仲間の助力は」
「まだ二人の気配は感じられるけど、ほかの仲間も乱戦の最中で、とても助けを求められる状態じゃないんだ。一体一体はそうでもないんだけれど、数が多くてどんどん押し寄せてくるから、戦いがずっと続いてる」
「そうか……そういやどんな連中なんだ? せめて人型とか、獣とか」
「……見た目は魔物っぽかった。でもあの感じ……」
「なんだ?」
「うん……なんか、死を恐れないというか……」
「恐れない? 死を?」
ライザが小さくうなずく。
「何というか、感覚だけれどね。普通攻める時って怪我しないように、とか考えて敢えて追撃しないとかあるじゃない? 連中、攻め方に躊躇いが無いというか、守りを考えてない攻撃、とでも言うのかな」
「守りを……考えない?」
「それに生気を感じないというか……普通、生きるために必死になるってあると思うんだけれど、それが感じられなかったわ」
「そうか。……どのみち今からは動けない。今夜は休め。いいな」
ライザが悔しげに頷く。ドライな言い方だったかもしれない。少し心が痛んだが彼女のためだ、仕方ない。この場はエリーに預け、ギルバートに伝令を飛ばした。




