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24 ショーダウン

「させないっ」

 チリチリと金属のこすれあう音。いつの間に詰めていたのか。何者かが俺と『猟犬』との間に割り込んできた。


「案外背後は隙だらけなんですね、いっそ背中にも目をつけられたらいかがですか? 国王陛下?」


 ベリータだった。さすがに帝国軍人である彼女を害するのは躊躇われるのか、『猟犬』たちは距離をとる。


「ぶっ、ブリゼ少尉……! 貴様、どういうつもりだっ」

 スペシェが彼女に指をさして叫ぶ。


「どうもなにも。私はシルヴェーヌ殿下の付き人ですから」

 そんな言葉もどこ吹く風。つとめて冷静な彼女は落ち着いたトーンで淡々と返す。


「だったらなぜその男をかばう!?」

「なぜ? ……殿下を傷つけようとしたあなたがそれを言いますか。敵の敵は味方。それだけです」


「はっ、貴様は大局が見えていない。これは帝国の繁栄には必要なプロセスなのだ。これは極めて高度な政治判断であり、貴様のような一介の下級士官ごときには理解できんだろうなあ!」


 スペシェは小ばかにしたように言葉を続ける。だが、ベリータも負けてはいない。


「大局? ……お笑い種ですね。どうせ貴方も飼い主(・・・)の甘言に乗せられた口でしょう? 我が父上が何も知らないとでも?」


「き、貴様……いったい何を言っている?」


 スペシェが動揺した。父上? ベリータの父親か。そんなに地位がある人間なのだろうか。


「さあ、何のことやら? 私は一介の下級士官ごときで、今はシルヴェーヌ殿下の付き人ですからよくわかりません」


「けっ、消せ! 愚王もろともあいつも消せ!」

「し、しかしあちらは参謀長のご息女。下手に手を出せば……」

「戦闘中の偶発的な事故だ。なにも問題はない!」


 参謀長……ベリータの父親、かなり地位が高いな? まぁそうでなければ皇女の側仕えは務まらないということか。しかし参謀か……彼女の言ったこと、言葉以上に重いかもしれない。


 そんなことを思案していたら、突然ベリータが顔を寄せる。エリーとも、シルヴェーヌとも違うクールな雰囲気を持つ、こちらもなかなかの器量良しの彼女。そんなことを気にしている場合ではないことはわかってはいるが、ドキリとさせられるくらいには十分魅力的だった。


 そのまま声を落として彼女は話しかけてくる。


「陛下」

「ん、な、なんだベリータ」

「私が時間を稼ぎます。その隙に陛下は竜術(ドラゴニック・アーツ)を」

「……なぜ、それを」


「時間がありません、お早く!」

 『猟犬』の一撃を受け流しながらベリータが叫ぶ。


 考えている暇はなさそうだ。

 エリーに目配せし「俺と彼女にバフを!」と伝え精神集中を始めた。ベリータに魔盾(シールド)を掛けてくれれば多少はこらえられるはず。


 技のために意識を集中。時の流れが遅く感じる。『猟犬』の猛攻がのんびりとした動きに引き伸ばされる。


 剣を正面に構え更に集中する。周囲の音が聞こえなくなる。いつもの耳鳴り。


 南天の古竜。その加護を意識する。風のイメージ。加護を通じてリンクする。力が身体を駆け抜けていく。自らの力が高まるのを感じる。


 その間にもベリータには着実にダメージが入っていく。しかしここで焦っては彼女の行動が水泡に帰してしまう。


 力を剣に。剣を天高く突き上げる。


竜術(ドラゴニック・アーツ)奥伝、雷竜閃(らいりゅうせん)!」


 にわかに空が陰り、厚い雲が一気に湧き上がる。雲中でパリパリと弾けている稲光がその勢いを増し次第に大きく形作られていく。


 『猟犬』をはじめ、周りの者の動きが止まった。みな頭上の異常な現象に目を奪われているのだ。それくらい雲から生み出されようとするモノは、明らかに異質なものなのだ。


「……雷の、竜」

 ベリータが呆然と呟いた瞬間、雷の竜はその牙をむき出しにして『猟犬』に襲い掛かる。近くの石畳などを巻き添えにしつつ、地を這うように一気に距離を詰めた暴竜はその凶暴な(あぎと)で次々と『猟犬』を屠る。


 悲鳴を上げる間も、逃げる暇もなかっただろう。哀れな犬どもは立ったまま、その場で黒焦げの置物と化していく。


 雷の暴竜は一瞬のうちに去った。だが周囲の敵に、動く者どころか声を上げる者すら居ない。それほど圧倒的な力、有無を言わせない純粋で一方的な暴力だった。


「なん、なんなんだよアンタ……。ば……化け物」


 十分な間の後、半身だけ焼いて生かしておいたスペシェが倒れこみ、みっともなく後ずさりを始める。周りの無事な兵士は、みな悲鳴を上げ転がるようにその場を離れた。


「ふう、時間を作ってくれてすまない。おかげで何とかなった」

「いえ。大したことでは……あり……ま、せ……」

「ベリータ!!」


 倒れこもうとするベリータを支える。シルヴェーヌも駆け寄ってきた。

 わずかな間ではあったが『猟犬』の攻撃を一身に受けていたのだ。ダメージはそれなりに入っているに違いない。


「エリー! すまない、また頼む!」

「も、申し訳ございません……」


 あちこち傷を負ったベリータは意識も絶え絶えの様子だった。エリーは「頑張ったわね」と笑顔で彼女を労った。


「気にするな。ところで、アイツはどうする? ベリータ」

 スペシェを親指で指してどう料理(・・)するかを確認する。


「……シルヴェーヌ、殿下の……御心のまま、に」

「だ、そうだ。お姫様」

 シルヴェーヌに問いかけると、厳しい表情で一つ頷いた。


「エリー様。ぶしつけなお願いがございます」

「なにかしら?」

「この者、この状態で(・・・・・)生かしておくことは可能でしょうか」

「できるけれど……どうして?」

「いえ……この者には聞きたいことが山ほどありますが、五体満足で生かすのも業腹ですので」


 ◆◆◆


「――するとベリータは、親父さんの命を受けてスペシェを内偵していた、と」


 治療の効果が出て回復したベリータに、今回の件をいろいろと聞いているのだが、すべてが前王崩御の騒動以前から始まっていることに、驚きを禁じ得なかった。


「はい。わが父は現在、帝国の参謀長という職に就いております。最近の王国に対しての工作について、大変憂慮しておりました」


 そんな父親の命を受け、シルヴェーヌの護衛をという地位を活用して近衛のスペシェを監視していたということらしい。


「今回の件が未然に防ぐことができ、しかもスペシェの悪事も白日の下にさらすことができました。これもひとえにグレンヴィル国王陛下のご協力あってのこと。父に成り代わりまして、御礼申し上げます」


 ぴしり、と折り目正しい敬礼を寄越すベリータ。さすが。


「いや、そんな事情があったとは。知らなかったとはいえ、さっきは強く殴ってしまってすまん。この通りだ」


 頭を下げると慌てたように両手を胸のあたりで振る。


「い、いいえ、任務ですから! あれのおかげで演技もごまかせましたし、結果良いほうに転がったと満足しています。……ちょっと。いや、結構痛かったですけれど」


 彼女は頬を撫でながら苦笑いを返した。そういえば笑ったベリータは見たことが無いかもしれない。意外とチャーミングな表情を見せる。


「ほんとに、すまなかった」


「エリー様に完全に回復いただいたので大事ございません。でも陛下がどうしても謝罪なさりたいということでしたら……今度、個人的にお食事にお誘いしても?」


 上目遣いでかわいらしく尋ねてくるベリータの意外な申し出には驚いたが、それ以上のリアクションをしたのがシルヴェーヌだった。


「だ、ダメに決まってますわっ! 私もまだですのにっ……こほん。でもベリータ。そういう事情があったのなら、どうして私に相談してくださらなかったんですの?」


 皇女殿下はプリプリとお小言モードで彼女を詰める。


「殿下……申し訳ございません。任務というのもありましたが……何より、先に説明差し上げたところで、信じていただけましたか?」


 おずおずと語るベリータの言葉に、シルヴェーヌはハッと身体を固くし、恐縮する。


「あ、そ、それは……ごめんなさい、見事に踊らされていた私には、とうてい納得できなったでしょうね」


「騙した形になっていたのは間違いありません。それに関して申し開きをするつもりもございません。ですので、どうか私めには存分な罰を」


 ベリータは深々と頭を下げる。対する皇女殿下はあわあわと慌てふためく。


「罰だなんて! あなたは帝国のためを思って動いてくださったのでしょう? 褒められこそすれ、誰が罰することなど」


「申し訳ありません、シルヴェーヌ殿下」


「んもう、シルヴィ、ですわよ。ベリータ」

 やわらかな表情を見せたシルヴェーヌはベリータの手を取り、優しく微笑む。


「……はい。ありがとう、ございます。シルヴィ様」

 対するベリータも、ほっとした表情を見せる。


「こちらこそ。私の過ちを正してくれて。救ってくれてありがとう、ベリータ。……そしてグレンヴィル国王陛下。感謝しておりますわ」


 こんなに素直に謝罪をし、感謝をする人もいるものだと感心した。よほどまっすぐに育ったのだろう。いわゆる育ちがいいというのは彼女のような人に使う言葉なのだろう。


 ……なんだかエリーの視線が厳しめなのは、この際気にしないでおくとしよう。


「シルヴェーヌ殿下も被害者です。ここからは前を見て進みましょう」


 俺が右手を差し出すと、シルヴェーヌは少し驚いた表情を見せたものの、すぐに手を取ってくれた。固く握手を交わす。


「お心遣い、ありがとうございます。……あの、陛下。今後私のことは、以前のようにシルヴィと呼び捨てにしてくださいまし。ベリータだけズルいですわ。その代わり、陛下のこともファーストネームでお呼びしても?」


「え、あ、や、別に呼び方などシルヴェーヌ殿下の好きになさればよいかと」

「シ・ル・ヴィ、ですわ」

「あ、はい。……シルヴィ」


 呼んだとたんに「はいっ」とこれまた可憐な花が咲くかのような笑顔を見せてくれる。これは並の男には毒だわ。……俺は大丈夫。今のところは。


「嬉しいですわ。それでは……ウォーレナ様。末永く、よろしくお願いいたしますわね」


 その後総崩れになった兵士やデモ隊に扮した工作員たちは、間もなく騎士団によって鎮圧、逮捕された。数が多すぎるため、すべての犯罪者を確保できたかはわからないが、大多数を抑えられたはずだ。今後、同様な問題はしばらく起きないと思われる。


 だが……なんか別の問題が起きそうな予感しかしないんだが、俺の気のせいだろうか?


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