21 皇女の宣言
普段着で街歩き……と言えば余暇を満喫しているようにも聞こえるだろうが残念。絶賛作戦行動中なわけで。
「機は熟した! 長きにわたり王国に虐げられた苦難の歴史から、今こそ炭鉱労働者諸君を解放するときが来たのだ!」
辺境伯の居城。その正門前広場に集まった群衆の前で、辺境伯殿自らが段上で高らかに宣言した。……ってか虐げていたのは辺境伯でしょ? 調べは上がってるんだ。なに王国に責任転嫁してんだよ。
「私は本日ここで、労働者諸君による自治権を認め、同時に自治区の制定を認めるものである。王国は強く抵抗を見せることだろう。でも安心して欲しい、我らには強い味方が居る。……こちらの!」
そういって辺境伯は大仰な身振りをつけて隣の女性に視線を集める。
「オルレーヌ帝国の皇女であらせられる、シルヴェーヌ殿下が! 諸君らを確実な勝利へと導いてくださる!」
盛り上がりを見せる群衆。見た目はいいからなー。
「ベルクヴェルクの皆さん。お初にお目にかかります、オルレーヌ帝国第二皇女、シルヴェーヌ・シャルロット・バーデルです。皆さんの日頃からのご苦労、遠く帝国首都にまで届いております。そのため我が曾祖父の代より、この地を解放することは、まさに悲願ともいえるものでした。まずはこの地を橋頭堡に、更に王国に苦しめられている無辜の民を救うため、わたくしは全身全霊を以って戦うことを、ここに宣言いたします! 皆さん、共に戦ってまいろうではありませんか!」
更に沸騰する群衆たち。面倒なことになってきている。しかし白昼堂々名乗るとは。大胆なのか何も考えてないのか。
「先ほどの辺境伯閣下の宣言を受け、我が帝国軍は皆さまとこの『自治区』警護のためにまもなく越境して参る段取りとなっております。恐れずに皆さんの権利を主張してまいりましょう、我々はそれを全力で支援いたしますわ!」
ええ……帝国軍が越境して来るってところまで話しちゃうの? これ騎士団が居たらただでは済まないよ……。もう俺が聞いてるけど。
「そしてこの潮流はやがて大きなうねりとして王国中心へと至るでしょう。その暁にはかの愚王、ウォーレナ・グレンヴィルを討ち果たし、王国の民に真の自由を!」
群衆の興奮は最高潮だ。しかし大きく出たな。王国の転覆か。ずいぶん好き勝手やろうとしているもんだ。こんなことのために王国の市民や騎士たちが右往左往しているのかと思うと、怒りがふつふつと湧いてくる。
とはいえ数の多さはいかんともしがたい……やっぱ止めるためには頭を押さえるのが効率的、だよな?
フードを目深にかぶりシルヴィ……シルヴェーヌの足元に躍り出る。あっという間に周りを兵士が囲む。
「何奴だっ!?」
「通りすがりの商人でございますが……先ほどの件、少々商売に差しさわりがありまして。やめてもらうわけにはいかないですかね?」
「ふざけるな! 一介の商人の都合でどうこう出来るものでもないくらいわかり切ったことであろう」
「左様でございますか。……ちなみに皆様方は王国の兵士の方々とお見受けしますが、その様子では、とっくの昔に王国を見限られたクチですか?」
「さっきの宣言を聞いておらなんだのか! もうよい、だれか引っ張っていけ!」
「それなら仕方ないな。排除させてもらおうか」
「あ? 貴様、何を言って――っ!」
横柄な兵士の言葉は唐突に途切れた。剣の鞘が、彼の顎を強かに打ったためだ。そのまま周りの数名を巻き添えにして二回転半。吹き飛ばされるように周りの兵士が数名、倒れてうめいている。
……顎砕けたかな? いっそ剣で斬ってしまった方が彼らにとっては幸せだったかもしれない。
今の一撃で恐れをなしたか、続きの客は現れない。遠巻きに次は誰が行くんだ、と互いをけん制しているようだ。情けない。
先ほどまで周りにいた群衆も、先ほどの攻防を見てそれぞれ別の用事を思い出しでもしたのか、蜘蛛の子を散らすように居なくなっている。
鞘を腰に下げつつ倒れている連中の顎と将来を心配していると、辺境伯がわめきだす。
「お、おのれ男! 不意打ちとは卑怯だぞ!」
「おや辺境伯。アンタのやってることも、ずいぶん不意打ちだと思わないか」
ひらりと壇上に飛び乗り、辺境伯に襲い掛かる。さすがは腐っても辺境伯。多少の心得はあるようだ。だがそこまでだ。雑な剣技の隙を狙う。相手の剣を跳ね上げ、首に剣を突き付ける。
「こんな火遊び、いい加減止めてもらえませんかね?」
「つ、強い……っ!」
辺境伯が脂汗を流す。その背後で動く者が。首を狙った刺突。ふいと上半身で躱す。フードが切り裂かれ、顔が白日の下にさらされる。
「んっ? ……ああっ!? あの時のラッキースケベ男っ!!」
剣を引いたベリータが、俺に向かって指を差して叫ぶ。
「俺に取っちゃラッキーでも何でもなかったがな。ベリータだったか? それに……やあシルヴィ。それとも皇女殿下って呼ぶべきかな? ……商売の方は順調かい?」
段上に上がってきたミミ達に辺境伯を十分もてなすように、と託す。
「ダン様……あなた、どうしてこんなことを?」
「言ったじゃないか、商売の邪魔だって。できればこんなこと、止めてもらいたいんだが」
「そんなこと、聞けるわけないだろう!?」
いちいち割り込んでくるのはベリータの悪い癖だ。まったく、待てができない番犬が。斬りつけてきた剣を受け止める。ギリギリと金属がきしむ音をよそにベリータに問いかける。
「おい、俺はいまアンタのご主人様と話してんだ。邪魔すんな」
「ふざけるな、貴様のような無礼で大局も顧みない者が、殿下と言葉を交わすなど!」
「キャンキャン吠えるな、うるせえ」
片手で剣を受けたまま強化したボディーブローをぶち当てる。身体が浮いて動きが止まったところで剣を押し、柄で殴る。
こういう時、「女性になんてことを」などと文官とかは言うんだが全くもって当たらない。こいつは軍属だ。兵士に対してはそれ相応の対応をするのがマナーってもんだ。そうだろ?
「女に手を掛けるのは流儀に反するが……軍属ということなら話が違う。悪いが命、貰うぜ」
「やめないか! 一介の商人が無礼であろう!!」
皇女殿下が珍しく激しい物言いで止めに入った。おかげで振り下ろしていた俺の剣は指二本分、ベリータの首に届かなかった。
「本来は止める義理、ないんだが? ……さっきも言ったように、こちとらアンタらのおかげで商売あがったりだ。どう落とし前つけてくれるんです? 殿下」
一旦剣を鞘に納めつつ、呆れた様子で問いかけた。対するシルヴェーヌは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「皇女殿下、お下がりください!」
そういう近衛らしき者も、クロエ達に押さえられ近づくことさえできない。
「さてさて、一介の商人ごときに完全に首根っこ押さえられている状況なわけだが……そうだ。ひとつ提案があるが、聞いてみるか?」
「提案?」
「ああ。このまま帝国にお帰りいただくってのはどうだろう?」
「そんなこと、できるはずもございません!」
主従も長く一緒にいたら、言い回しも似てくるのだろうか。
「とはいってもなぁ。これじゃあ埒が」
「まずいぞ主よ。……こんな時に限って、奴が来おった」
クロエが舌打ちをしたあと、忌々しそうにつぶやいた。
「奴って……えっ、アイツ!?」
振り向いたときには目の前に拳が飛んできていた。居合で剣を抜き、ギリギリ防ぐ。バチバチと、剣から火花が散る。相手は拳だぞ。火花っておかしいだろ!?
「貴様、我が庇護下の者を害すとは。……当然、覚悟はできておろうな?」
地の底から響くような声で脅しつつ、こちらをにらみつけるその姿は守護竜の貫禄十分。炎神と見紛うほどの殺気をまとった相手はやはり、東の古竜、レティシアだった。




