17 市場の騒乱
「辺境伯に造反の動きあり? 何かの冗談……ではなさそうだな」
大臣は謁見の間に入るなり話すことすらもどかしいように話し始めた。久しぶりにノーウォルドにやってきた大臣だったが、それだけの理由があったということか。
「しかしそれ……俺じゃないよな?」
ふざけて自らを指さして言ってみるも、大臣は口をへの字に曲げて眉根を寄せる。あ、これバカだと思われてる。
「陛下……いっそのこと、帝国に転職なさいますか?」
「いやー、息苦しそうよなーあっちの国。もうちょっとこっちに居て良い?」
「お戯れを……東のホルツマン辺境伯にございます。陛下の御代に替わってからというもの、帝国との関係が噂されております。街中では自治を求めるデモなども起きている状況で、現在辺境伯の要請により、東部方面騎士団が鎮圧に赴いております」
なんでも主な炭鉱労働者を中心に、自治権を求めて連日活動が行われているという。帝国からの出稼ぎ労働者や、祖先を帝国に持つ労働者が自らの土地と自治を求めているそうだ。
「ホルツマン卿は、事態にどう対処しているのか」
「それが騎士団からの報告によると、積極的にデモを鎮圧する様子が見られない、とのことです。……なんでも住民を刺激したくないとかで」
「バカな。逆効果だろ」
俺の言葉に大臣も深く頷く。
「左様ですな、私もそう思います。それではデモに参加していない住民が不安を抱えることになりましょう。またデモの拡大に伴い、自治に反対する住民との衝突もたびたび起きているとか」
――なにそれ。ずいぶん不味いことになってないか?
「てなわけで帝国との国境にある、ホルツマン辺境伯領に行きます」
「え、内容の割には軽くない? ノリが」
ライザがカップを口から離して俺に突っ込みを入れる。
「だって重くしても仕方ないだろ。けれど早く行きたいなって思ってはいる。なにせ今までの貴族の事件といい、水面下では相当帝国に色々としてやられてる雰囲気だし。騎士団は先に入っているようだが……とにかく気になってな。すまん、単なる勘なんだがな」
「まぁ、なんだかんだ言うて主の勘は当たるからのう……行ってみるとするかの」
クロエはポットからお茶をカップに注ぎつつ答える。
「すまないな、クロエ」
「なあに。主のわがままには慣れておるからの。おぬしらもそうであろう?」
カップを掲げながら、我らが守護竜様は悪戯っぽく笑った。それに応じ、みんなもそれぞれ了解の意を見せてくれる。
「ありがとう、みんな」
――ベルクヴェルクはノーウォルドから見たら国のほぼ反対側。ノーウォルドが西の端と表現するならば、かの地は東の端だ。馬で飛ばしてもゆうに二、三週間は掛かる。当然今回もクロエの翼の世話になった。
「しばらく見ぬ間に、ずいぶん汚くなった気がするの」
クロエが意外そうにきょろきょろと辺りを見回す。ここは炭鉱の町。あちこちは黒く煤けているところは当然として、数年前見た時と比べ、明らかに路上にゴミが増えた。デモなどの頻発により、人心が荒んでしまっている証左なのだろうか。
為政者としては申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「主よ。念のために言っておくが、今気にしても仕方ないからの」
「あ、ああ、そうだな」
こんな時のクロエの一言はありがたい。
街を流し歩いているうちでも二度三度小競り合いが起きている場面に出くわした。大体は周りの市民が鎮めているようだ。それとて本来おかしな気がするが。この街の衛兵は何をしているのか。
一通り流し、さて辺境伯の城へと足を向けたとき、市場でひと際大きな悲鳴と怒号が湧き起こった。一部は農具などを手にしており、なかなか物騒な雰囲気だ。
「王国は何もしてくれない! 俺たちは自治を行い、安心して住める街を作り、守る!」
市場前の公園にある噴水の縁に男が立ち、気勢を上げている。男に同意するもの、反対するもの半々といったところか。
「そんなことやったら目ぇ付けられてあっという間につぶされて終わりさ!」
商人だろうか。男の前には数人の男性が集まり、噴水の男に話しかけている。説得でもしているのだろう。
「そうならないために、俺たちは団結する必要がある、そうだろみんな!?」
うおおお、と歓声が沸き起こる。盛り上がり方が、危ないな……と思っていたところ。
「手始めに、王国にべったりなこのオヤジ共の市場をぶっ壊そうぜ! 俺たちの街からクソを追い出すんだ!」
早速始まってしまった。各々がナタやらハンマーやらを手にしている。やけに準備がいい暴徒だな……? などと疑問に思いつつも、まずはライザとビルを連れ彼らの前に立つ。
「やめとけ。どのみちロクなことにならんぞ」などと一応警告してみるも。
「何だテメエ、よそ者は引っ込んでろ! これは俺たちの問題だ!」
そうだそうだとヤジが飛ぶ。……ですよねー。
「あのな、ここで騒いだら衛兵、その次は騎士団が出張ってくるんだぞ? 下手すれば死ぬぞ」
「それがどうした! 俺らが全部返り討ちにしてやんよ!」
「まずはおっさん、テメーからだ!」
先頭の男がナタを振りかぶってきた。躊躇する素振りを見せないことに少し驚いた。コイツ、対人戦の経験がある? ……市民なのに? でもまぁそれより。
「だれがおっさんだこのクソガキ!」
ナタを持つ手を掴んで体勢を崩し、足を払う。男は面白いように宙を舞い、その場に倒れる。奪ったナタを男の頭の脇に投げ返してやる。深々と地面に突き刺さり男は短い悲鳴を上げた。
周囲は途端に静寂に包まれた。
「え、お、お師匠、怒るとこ……ぷぷ……ソコ?」
ビルが笑いをこらえるように聞いてくるが、笑うな。俺もおかしいと思ってる! そんな中俺の脇から一本踏み出す人影が。
「私に、任せてもらえるかしら」
エリーだ。進み出てきた彼女に、周りの連中がざわめく。彼女の衣装の意味が解る者は敬意を。そうでない者は彼女の外見を。それぞれ口にし、じりじりと下がる。
「お集りのみなさん。お静かに。冷静に。わたくしは王都サザンポート南教区、司祭のエレノア・カートライトと申します」
いつにも増して、やけに澄んだ通りが良い声。それに、心にまで染み入るような優しい声。さてはエリー、教化の秘術を使っているな?
基本的には拡声、魅了、畏怖。これら三種類の魔法の効能を緩やかにしたような術と聞く。教会関係者しか使えないということだが、俺も使いたい類のスキルだ。今度教えてくれないかな? エリーなら、押せば教えてくれそうな気もするが。
「この街で暮らす困難について、教会は深く懸念しております。中央から遠く離れ、支援が行き届いていない面もあることでしょう。教会として、お力になれていないことを大司教も大変心を痛めております」
みなエリーの言葉に耳を傾けている。先ほどまで先頭で武器を掲げていた者たちも、いつの間にか武器を下ろしている。
「――何かと不満を抱えている方もいるでしょう。明日の生活、仕事、食事に絶えずお悩みの方もいるでしょう。その不満の矛先が国家に向いてしまうのもやむを得ないことと思います。しかしそれでは解決どころかより――」
その時だ。広場に面した家屋の屋根にキラリ光るものが見えた。……あれは、伏兵? 弓兵か! 気づいたと同時にこちらに矢が放たれた。狙いは……エリーか!?




