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16 懐柔バトル(竜族基準)

 レティシアの言葉に場は一瞬にして凍り付いた。俺は心の安全装置が働いたようで、何を言ったのか聞こえなかった。……聞こえなかった!!


「はあああ!? 何言っとるんじゃキサマ!!」

 我に返ったクロエが、真っ先にレティシアに詰め寄る。


「え、だって良さそうな種持ってそうだから? アタシがウォーレナの子、産んであげるよって言ってるだけじゃん」

 ドレスを戻して手で整えると髪をゆるりとかきあげる。クロエは絶句した。


「種……っ! じゃからというて、セ、セッ……! などといきなり言うことかっ!」

 彼女の肌の関係でわかりにくいが、微かに頬を染めたクロエは身振りも激しく抗議する。


「ふーん、種については否定しないんだ。ズルいなクロエちゃんは」

 腰に手を当て半眼でにらみつけるレティシアは、ずいぶんクロエとは親しいようだ。


「ず、ズルいとはなんじゃ。そもそも主は我の主、キサマになぞ触れさせもせぬ」

 対するクロエはというと、いつもの歯切れの良さが失せている。調子悪いな?


「うっわ独占欲半端ないね。どうしちゃったのホント」

 ずいぶん煽るな!? クロエと同格の古竜だからだろうか、遠慮というものがない。


「……王国の大地、寸土に渡り我が庇護下にある。よそ者は早々に去れ」

「ふうん。ホント、変わったねクロエちゃん。さて、んじゃあどうしようかな……力づく、って手もあるんだけど」


 ギラリとレティシアの瞳が輝きを増した。


「ほう、面白い。我も身体がなまって仕方なかったところじゃ」


 クロエも応じて彼女を睨み返す。レティシアは飛び上がると大きく羽根を広げた。人の姿で()りあうつもりか。


「泣き言、言わないでね? せーんぱい」


「首領様の陰にすぐ引っ込んで泣いていたガキが、よくもまぁ(さえず)ることよ」

 クロエは挑発の言葉に応じ、同様に空に飛び出した。


 心なしか空模様も怪しくなってきた。


「おいおい、これ大丈夫なのかエルザ……?」

「え? 大丈夫ですよ、お館様なら」


 ケロリと答えるエルザだが問題はそこではない。地表は大丈夫なのかという意味なんだが。そうこうしているうちに始まってしまった。


「んじゃ見ててよウォーレナ! アタシが勝ったら、アンタを一生飼ってあげる!」


 炎系統の魔法っぽいのだが、火槍(ファイアランス)? いや俺たちが使役できるレベルをはるかに超えた何か。それがあっという間にレティシアの右手に現れた。


炎槍(フレイムジャベリン)!」


 瞬間、まっすぐクロエに襲い掛かる。いやまずいだろ、その威力は!


 声をあげる間もなくクロエに届く、まずい食らう! そう思ったが彼女は動じる様子もなくうっとうしそうに手を払う。刹那、炎の暴力と化した巨大な槍は唐突にその進路を変え、まっすぐ空へと昇っていく。


 それはいくつもの雲に大きな穴を空け、点となり、消え去った。遅れて衝撃波と熱気が俺たちを襲う。


「相変わらず戦いの作法を知らんヤツじゃのう」


 クロエがいつの間にかレティシアに詰め寄り、右拳をたたき込む。レティシアが受け、ずしん、と空気が震えた。


「今のはほんのご挨拶代わり。あれで終わりって思わないでほしいな」

「そうか……」


 クロエが距離を取ったかと思えば腕をレティシアに向ける。

「ではこちらからいくぞ。……雷撃(サンダーボルト)

 瞬時にクロエたちの上空に雷雲が立ち込める……落雷で敵を撃つ初級魔法なのだが。


「わっ、わっ、ちょっ、数っ!」

 ピシャン! ピシャン! ピシャン! と雷が落ちるのだが、その頻度と数がおかしい。ぴょんぴょんと跳ねるようにレティシアが落雷を躱す。……落雷って躱せるもんなんだな……?


「そろそろ身体も温まったであろう? それとも初級魔法では物足りなんだか」

「そりゃどーもご親切に!」


 両者勢いよく離れ、そして拳を固め一気に近づく。


 しばらく打ち合いが続く。速すぎておぼろげにしか見えないがすごい勢いで互いに拳を繰り出しては互いにいなす。


 離れて距離を取ったかと思えば、ものすごい勢いで近づき打ち合い。また離れ、打ち合う。距離を取ったかと思えば途端に無数の赤と白の光条が空を交錯し、飛び回る。


 撃ち合うたびに衝撃が周りに届き、木や家を震わせる。あのケンカの仲裁だけはしたくないなぁ……。もはや災害じゃん。


 しばらく、暴風の様に飛び回り殴り合っていた二人だが、唐突に動きが止まった。互いに拳を叩き込み、互いに掴んだ格好となっている。


 ぎりり。きしむ音が聞こえてくるようだ。両者の腕に力がこめられた。ゴツンと互いの額を打ち付ける。……笑ってやがる。


「少しは使えるようになったではないか、小娘」

「クロエちゃんだって小娘じゃん! アタシだってこれでも守護竜の一柱なんですぅー!」


 両者の力比べに入るかと思いきや、クロエは違った。


「一応褒めてやる。が、どのみちこの一撃で終わる」

 いつの間に練っていたのか。彼女に相当な力の集約を感じる。気配を察したのか、レティシアはクロエの手を放し、距離をとるべく離れた。が。


「遅い! ……雷撃監獄(サンダープリズン)!!」


 雷撃がレティシアの周囲を取り囲むように閃く。それはまさに監獄の様に、レティシアを捕える。


「あら、これヤバいやーつ……」

「キサマのミスは、我を怒らせたこと、じゃ」


 クロエはすぅーっと眼前に持ち上げた指を一つ、鳴らした。雷の監獄は徐々に狭まったかと思えば、一拍置いてレティシアをがんじがらめに縛りあげる。音と輝きは激しさを増し、雷撃の継続ダメージが相当入っていることが伺える。あんなの、絶対やだ。


「あだ、あだだだだ! ちょ、まってクロエちゃんめっぢゃいだい!!」


「ちょっとは気持ちよくなったか? レティシアよ」


「なっだ! めっちゃなっだから! もう、ごめ、ちょ、あばばばば!!」




「もう……髪の毛焦げちゃったじゃない……そんな怒んなくても」

 レティシアが焦げた毛先を眺めつつぼやく。


「あ!? 誰のせいじゃバカたれ」

「はあ、こんなガチギレするとは思わなかったんですけど。ホント、クロエちゃんってよっぽどウォーレナのこと」


 クロエの雰囲気が途端に剣吞となった。

「おい。それ以上言うでないぞ? 次も加減できるかわからんからの。わかったらさっさと帰れ」


「……はいはい。まぁいいや。相変わらず面倒くさいね? その点アタシはオープンにたっぷり愛して甘やかしてあげるタイプだから、わかりやすいよー? 今度アタシの巣でイチャイチャしながらー、いっぱい子作りしようね、ウォーレナ♡」


「あ、ああ? いや丁重にお断りするが。……そうだ、まずは友人関係から」

「おお、良いね友達! 友情から生まれる愛情もあるしー? じゃあアタシたち、今から友達ね! んで次会うときは恋人、だねっ♪」


 コイツ、本当にわかってるんだろうか。


「もう二度と来んで良い! 主も返事せんでよい、このバカちんがっ!」

「あはは。どうせ近いうちにまた会うわよー。んじゃねー!」


 レティシアはそう言い残すと竜の姿に戻り、我が家の周りをゆっくり一周してから北の山脈、通称『絶界の山脈』を目指し消えた。


「そうか。あの山の中にあるんだっけ。クロエたちの里」


「そうじゃ。ここは里からも近いからよい場所じゃと思うておったが、今回のようなことも起こり得るということじゃな。迂闊じゃった……本当に面目ない」


「いや、それはもういいんだがそれよりクロエ」

「なんじゃ?」


「さっきレティシアが言ってた、俺のことがなんだって?」

「……あ? 何の話じゃ? 最近耳が遠くてのう」

「とぼけやがって」


 まあいいけれど。クロエが庇護対象として以上の感情を俺に? それって母性とかじゃないのか?


「そうじゃ主よ。たまには我と一緒に寝ようぞ。よしよししてやるぞ? ふむ、今夜はどうじゃ? うん、そうするがよい」


 ……いや、まさかね?


 試しに、ぽそりと呟いてみる。

「耳が遠くなったのはやっぱり歳をとったからか」

「なんじゃと!?」


 聞こえてんじゃん……。


 ◆◆◆


 ――ベルクヴェルクは炭鉱の街だ。


 わが帝国と峠を挟んで国境を接するこの地は、長きに渡り小競り合いが絶えない。古くからホルツマン辺境伯の居城として栄える城下町があり、帝国人にその祖先を持つ者が多い地域であることも知られている。


 かつて炭鉱が発見されたときに移住してきた帝国人はこの地に根を下ろし、そして長きに渡り、王国の食い物にされてきた暗い歴史がある。


「簒奪王ウォーレナ・グレンヴィル。決して愚かではなく、実は悪知恵も働く強敵だったと……なるほど、これは締めてかかるべし。そう皇女殿下はおっしゃるわけですな?」


「ええ。事実ここ数か月、我々が年単位で築き上げてきた体制は、彼によりあっさり壊滅させられました。近衛騎士団の活動も活発で、もはや修復は不可能ですわ。……我々は彼に対する認識を改める必要があります。プランも大幅に修正せざるを得なくなりました。次善策に切り替えます。……スペシェ殿、ホルツマン卿に説明を」


「はっ。ベルクヴェルクには数年前より徐々に浸透させた、帝国の諜報部員を中心とした工作員がおよそ二百名おります。彼らは普段から一般市民に浸透し、帝国に帰順するよう、市民に説得を続けております」


「そんなに前から」


 ホルツマン卿が嘆息する。当然だ。かつて我が帝国の民だった東部の住人を救うこと、これは先代皇帝が思い描いた願い。そしてそれ以来、我が国にとっての悲願の一つとなったのだから。


「はい。彼らがデモを先導し、規模を拡大させます。多少街に損害は出ますが、それに関しては後に帝国が責任を持って補償いたします。必要経費と割り切っていただきたい。続いて十倍程度の規模になったことを見計らい、自治権を要求します」


「なるほど。しかしそう上手く規模は拡大するでしょうかな」

 ホルツマン卿はもっともな疑問を呈した。


「その点は心配しておりません。炭鉱労働者の多くは祖先に帝国人民を持つ者、あるいは帝国からの出稼ぎ労働者です。王国における土地の所有、所得の増加などを説明すれば、同調する者がほとんどかと」


「その後、自主独立を求める市民を保護する名目で、我が国が平和維持目的の軍を派兵しますわ。自治権が認められ、領土が確定したのち、しかるべきタイミングで帝国が併合することになるでしょう。……少なくとも帝国にゆかりのある民衆だけでもまずは救いませんと」


 ホルツマン卿への説明はその後も続いた。それも夕刻にはすべて納得いただけたようで、頼もしい同士と共に決意を新たにし、卿の城を辞した。



「シルヴィ様。お疲れのご様子。会談はうまくいかなかったのですか?」


 宿に戻った私を見るなり、ベリータが不安そうな声をあげた。


「大丈夫よ、ベリータ。長時間の会談で、少し疲れただけ。湯浴みをして、美味しい食事を頂けば問題ないですわ」


 笑顔が疲れていたかしら。彼女の表情は晴れない。


「ホントに大丈夫、ありがとうベリータ」


 決起の日は近い。もう後戻りはできない。


いつもご覧いただきありがとうございます。

多忙により、毎日投稿は本日までとなります。

お楽しみ頂いている読者様におかれましては大変恐縮ではございますが、次話以降は数日空けての投稿となりますことご了承の程、よろしくお願いいたします。

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