14 二人の覚悟
短く悲鳴を上げ、後ずさるマノン。彼女の前に傭兵が立ちふさがる。
「邪魔を……するなぁ!」
斬り上げる剣はしかし易々と傭兵に防がれる。二合ほど打ち合った後、彼女の剣が弾かれた。思わずあっ、と声が上がった。身体が開いたところに傭兵の剣が襲い掛かる。マズイ間に合わない!
彼女に刃が掛かるかどうかといったところで軌跡が急に変わる。傭兵のギャッ、という声の直後ゴロリと甲板を転がる音。見れば親指大ほどの石が。
「うわっは~♪ ウチ、タイミング神ってね!?」
いつの間にかメインマストの中段にミミの姿があった。続けて空気を切り裂く音が数発。彼女の魔法付与された弓からの攻撃だ。さすがはエルザ謹製の業物。瞬く間に周りの傭兵の肩に、首に、狙い違わず突き刺さる。
更にビルを襲う傭兵。しかし直後氷の矢が彼を襲う。メグの氷槍。
「ビル、行って!!」
普段のメグからは想像もつかないほど力強い後押しの言葉。ビルは一つ頷き再び駆け出す。
今は俺も、後押しをすべき時なのかもしれない。彼女にありったけのバフを掛け、その背中を押す。
「ひっ、来るなぁ、く、来るなぁ!!」
ビルは素早くマノンの背後を取る。彼女の腕をひねりあげると同時に首筋に剣を当てた。メグも後から追いつき、静かに氷槍を準備する。
ビルが怒りに震える声で静かに警告する。
「ねえ、マノンさん。これ以上パパを傷つけるの、やめてくれないかなぁ? このままだとうっかり……」
「斬っちゃうよ?」「撃っちゃいますよ?」
双子の最後の警告にマノンがゆっくりと両手をあげ、ようやく傭兵たちも大人しくなった。
マノンはじめ夫ウイリアムと息子シャルル、残りの傭兵どもは騎士団が拘束した。店で頑張っていた傭兵たちも、俺たちがマノンを追い始めて間もなく制圧が終わっていたらしい。すでに店の中の書類なども押収が済んでおり、現在調べただけでも怪しい取引が多数見つかっている。
少なくとも、国内の橋梁の設計と部材の提供を一手に引き受けているのがこの店ということは明白となっている。帝国とのつながりもやがてはっきりするだろう。
ヒルソン商会は廃業を余儀なくされた。今わかっているだけでも王国に害をなす取引が次々と明るみになっている。そのすべてを後妻のマノンと、その息子シャルルが取り仕切っていたということで、彼らには絞首台が待っていることだろう。
主人のウイリアムはというとお飾りとして名前だけが残され、実権はすべて後妻に奪われていたということだ。なんとも――
「なんとも情けないことで、申し開きの言葉も見つかりません。このウイリアム、監督不行き届きの罪を謹んで受け入れる所存でございます」
先日ノーウォルドの屋敷に久しぶりに戻った。その取り調べのさなか、ウイリアム・ヒルソン――元・ヒルソン商会の代表、メグとビルの実父はこう切り出した。
「ウイリアム殿。調べはついている。ヒルソン商会が悪事に手を染め始める前に、貴殿はすでに代表権を失っていたということをな」
「いえ陛下。確かに左様ではございますが、あくまで商会の表向きの代表は私。そのような詭弁で罪を逃れようなど」
かぶりを振りながらウイリアムは自らの罪を申し出る。
「そうか、詭弁と申すか……よかろう。私自らそなたに刑を申し渡す。心して聞くがよい」
「……御意」
深々と頭を下げ俺の、いや王の裁可を待つ。あまり気分のいいものではない。
「ウイリアム・ヒルソン。此度の騒動。そなたに直接の責任はないとはいえ、妻と息子の暴走を止められなかったことにより発生した種々の被害は、事情を鑑みても許しがたい。……よって懲役刑、十年を申し渡す。また今後一切、店を持つことを禁ずる」
「は……慈悲深い差配、感謝いたします」
深く下げた頭をさらに下げ、ウイリアムは恐縮する。
「次に懲役の内容だが……、財務卿の下でトレーダーとして商取引を行え。全能力を以って王国の財政を支えよ」
俺の言葉にはじかれるように顔をあげ、驚いた表情を見せる。
「は!? いや、しかしそれでは」
「閣下! それでは他の者に示しがつきません!」
「控えよ、ギルバート。この者は直接加担しておらん。それに本来この者が持つ才覚。斬って捨てるにはあまりにも惜しい。純粋な損得勘定だ」
脇に控えるギルバートからも抗議の声が上がったが、こればっかりは俺のわがままを通させてもらう。
「しかし」
「くどい。これは王命だ」
再びウイリアムに視線を戻すが、妙な顔つきをしている。気に入らなかったか?
「なんだ、財務卿に監視されるのは不服か?」
「め、滅相もございません。誠心誠意、務めさせていただきます」
「損させたら承知しないからな? 覚悟をもってあたれ、よいな。……以上だ。さあ、さっさと下がれ」
「陛下……ありがとうございます。このご恩は一生」
「知らん。さっさと財務卿のところに行け。行って散々こき使われて来い」
「ご厚情、感謝申し上げます。最後に……マーガレットとベアトリス。二人のこと、よろしくお願いいたします」
「……心配するな。悪いようにはせん」
連れられて謁見の間を去るまで、ウイリアムは何度も頭を下げた。優秀な男だと聞いている。双子の肉親だ、身内びいきと後ろ指差されるかもしれないが、できる限りチャンスは与えたい。
◆◆◆
あー! 疲れたー!
今回の遠征は疲れたぞ。わかっちゃいたけれど政治、本当にめんどくせえ。なんなら蛮族相手にしてる方が楽かもしれないまである。これ、もしデスクワークだけだったなら自分で自身を追放してたかもしれん。
夕食後、そうやって執務室のソファに寝転がっていると、自分の部屋で寝なさいとお母……エリーからたしなめられたので寝室に引っ込むことにする。
「……どうしたお前ら。なんでここにいる」
部屋にはメグとビルが居た。ちょこんとベッドに腰掛けていたが、俺が部屋に入るなり立ち上がった。落ち着かない様子で二、三歩こちらに近づく。
「あ、あのボクたち。……お礼を、言いたくて」
礼なら執務室でもよかっただろう、と言いかけてやめた。ナイトウェアの女が、男を寝室で待つ意味が分からないほど野暮ではない。心の中でため息をつきつつ、どうやったら彼女たちが恥をかかずに部屋に戻れるかを考えた。
「礼……何のだ?」
わかって聞くのも馬鹿らしいかもしれないが、とりあえず尋ねると、二人は深々とお辞儀をした。
「父を。……ウイリアム・ヒルソンに対する寛大な処置に、まずお礼を。ありがとうございます」
「その事か。その方が国益に適うと思った。それだけだ。気にするな。用件はそれだけか? なら早いうちに自室に戻れ。若い娘がそんな恰好で出歩くのは、感心しないな」
「それだけじゃ……ない」
「ビル?」
「お師匠はどんな時も俺たちを助けてくれた。初めて出会って冤罪を晴らしてくれたこと、何も聞かずに住まわせてくれたこと、攫われたとき救ってくれたこと、いろんな生きるための術を教えてくれたこと、……家の悪事を、終わらせてくれた、こと。俺たち、もうどうやってこの恩を返していいのかわからない。返し切れるのかもわからない。だから……!」
顔を真っ赤にしたビルが、今度は囁くように続ける。
「……だからせめて。俺たちのこと、好きにしてほしい。それだけで恩をすべて返せるとは思っていないけれど」
「いやいや何言ってんだお前ら。ダメに決まってるだろう? もっと自分を大切にしろ」
「私たち真剣です! 私たちにはもう、……これくらいしか差し上げるものが無いですから。陛下にとって満足いくものではないかもしれませんが、どうか」
「そういう問題じゃないって。お前たちにはもっと年相応の男が」
「年相応って? エリーさんは良くって、ボクたちがダメな理由ってなんですか?」
「だ、ダメな理由とかそんな。それになんでエリー」
「そうだよ。たった数年しか違わないのに。不公平じゃん。生まれた時期が少しずれただけ。それだけの理由でお師匠のこと、諦めないといけないの? そんなのやだっ」
「あ、おいビルくっつくなって」
ビルが俺にしがみついてくる。相当な覚悟を持ってきたんだろう。微かに震えている。
「ボクも。そんな理不尽なことで拒絶されるなんて、我慢できません。……好きなんです、陛下……ウォーレナさんのことが」
今度はメグもだ。胴にすっかり腕を回され身動きが取れなくなってしまった。
「メグまで……二人とも離れなさい」
俺の言葉にキッと顔をあげたビルはすっかり真っ赤で、目には涙をも浮かべている。
「やだ、離れない。だって俺も好きなんだもん! 大好きなんだもん!!」
そして胸に顔をうずめ、さらに寄りかかってくる。
二人に体重を掛けられ、ついにベッドに三人倒れ込む。二人は半身を起こし、じいっと俺を熱い眼差しで見つめてくる。
「ボクたちもう……子供じゃないですよ?」
「お師匠、俺たちのこと……嫌い?」
じりじりと近づいてくる二人に、こちらも余裕がなくなってくる。
「き、嫌いなわけはないが、その。モノには順序ってものが」
するとメグはぱあっと笑顔になって元気よく言葉を紡ぐ。
「ということは少なくともボクたちのこと、女の子って思ってくれているってことですよね? なら踏みましょう? 順序」
「そ、そう、順序な。だから今日のところは部屋に戻るんだ」
「むー。わかりました。仕方ないですが、レースに参加できたってことで。今日の所は部屋に戻ります」
対するビルはいたずらを企む女の子の表情で、俺の胸を指でウリウリとつつく。
「でもぉ。あまり待たされたら俺たちぃ、暴発しちゃうからさ、早くしてね? 戦いはすごいくせに、こういうことはからっきしなんだからお師匠は」
「ホントです。だからクロエ様からも『ざぁこ♡』って言われちゃうんですよ?」
「ふふん、だって雑魚師匠だから、しょうがないんだもんねー?」
「ぐぬぬ、善処します……」
なんで俺、言い負かされてんの?
「ふふっ。じゃあ、今夜の所はこれで」
そういって二人は俺の頬に口づける。
頬へのキスのあと、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに抱き着いてきた。どれくらいそうしていただろうか。
「絶対受け取ってもらいますから。ボクたちのこと。もう、逃がしませんからね?」
「覚悟しといてよ? お師匠」
二人はそれだけ呟くともう一度頬にキスをし、俺の首筋に顔をうずめた。




