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13 手入れ、のち逃走

「――以上の通り、他国への不正送金、外患誘致の疑いで連行する。また店舗、倉庫についても只今より調査する」


 ギルバートの言葉にも主人の妻、マノン・ヒルソンは意外にも平然としていた。


「そうは申されましても。そのような事実、万に一つもございません。謂れなき罪をでっち上げられるのは甚だ心外なのですが」


「そ、そうはいってもな。王家の正式な書面なのでは」

 隣で人の良さそうな男が押しとどめようとしているのか、説得にかかっている。おそらく彼が主人のウイリアムだろう。


「貴方はお黙りなさい。正式な書面だろうが何だろうが、やってないものはやってません。だいいち、たかが騎士風情の言葉に従う道理がございませんわ」


「王家に逆らってもいいことなど一つも」

「貴方。さっきから王家王家とうるさいですけれど、そもそも今、この国に、王家なんて存在しないではないですか。今居るのはあの『簒奪王』。どさくさ紛れに国をかっさらった人間に、どうして従う必要が?」


 まぁそれについては、わからんでもない。正直すまん。情報発信不足だ。


 だがこれでは話が進まない。強引にいくかどうしようか迷った。そのわずかな間に割り込むように言葉を発した者がいた。メグだ。


「なんと無礼な! 現王はとても民に優しく、騎士や文官たちからも信の厚い、真に国を憂いている立派な方です! 決して『簒奪王』などと揶揄されるようなお方ではございません!」


 おいおいメグ。なんでわざわざ目立つような行動をするんだ!


「ちょっと、なんですのこのメイドは。最近の騎士団はメイド付きで遠征されるのですか。……? あら? 貴女、まさか……」


「ん? ま、マーガレット……マーガレットじゃないか!? 隣にいるのは、ベアトリス! 二人とも、生きておったのだな」


 マノンと主人のウイリアム、双方が彼女たちの正体に気づいたようだった。ってまぁ、面と向かって会話すればそりゃバレるわな。クロエのプランは徒労に終わったようだった。うん、わかってたけど。


「お久しぶりです、父上……と、マノンさん」


「貴女たち、今まで一体どこで何をしていたの!? 家を守り盛り立てるのが家族としての務め。せめて嫁に行って家に多少なりとも貢献してちょうだい。だいたい――」


 マノンが説教を仕掛けたかと思ったら、脇の若い男がしゃしゃり出てきた。


「お、エッチな雰囲気のメイドがいるかと思ったらマーちゃんとビーちゃんだったのかよー。なんだ、反省して家に帰ってきて、メイドとして俺に奉仕するってことか? ようやくその気になったってことね」


「……シャルルさん(・・)も、相変わらずのご様子で」


 うんざりした様子でメグが挨拶する。どうやら『マーちゃん』がメグで、『ビーちゃん』がビルを指しているのだろう。センスの欠片も感じさせない呼び方だなぁ。


「んで俺の(・・)メイドちゃんたちは、なんでそんなスケベな恰好してんだよ? そこのオッサンの趣味? まぁ悪くないけど! てかこのオッサンたち何しに来たの? 客じゃないよね?」


「シャルル・ヒルソンだな? 貴殿にも暴行、傷害などの嫌疑が掛かっている。速やかに縛に就かれよ」


 眉間にしわを寄せつつ、ギルバートが問いかける。


「えっ、なにそれこわ。なんかの冗談? オッサンたち、ちょっと腕に自信ありそうだけどさ、調子乗ってっと痛い目見るよ? ウチの傭兵、試してみるか?」


「ばっ、なにバカな事を言ってるんだ!」

 ウイリアムが青い顔で声を荒げるが、バカ息子はどこ吹く風といった様子だ。


「あら、いいじゃないですかアナタ。突然押しかけてきて。大方難癖をつけて金をせびろうとする輩でしょう。傭兵の方々につまみ出して貰いましょう」


 マノンが手をパンパン、と二回打つと、店の奥からわらわらと出てくる出てくる。さてはこれ、俺たちが来た時からすでに準備していたな?


「……どうしますか、陛下」

 ギルバートが小声でたずねてくる。って言ったって抵抗するならしようがない。


「もちろん、確保」

「ですよね……ウイリアム・ヒルソン、並びにその妻マノン、長男シャルル、あなた方を拘束する。総員、抜剣!」


 騎士団とヒルソン商会の傭兵たちとの戦いが始まった。ただ今回、俺は完全にお飾り。後方でのんびり推移を見守ることになる。




「案外、頑張るな」

「さすがにある程度の訓練はされているようです。それにこちらは一応、どこかの商人とは違って不殺を心掛けておりますから? 難易度が上がっているのかもしれないですね?」


「おいおいキミぃ、それは失礼じゃないかい? それじゃまるでどっかの商人はキミたちより劣るって言ってるようなもんじゃないか」

「ものの例えですよ、例え」


 コイツ絶対左遷してやる。いや、ダメだ。そんなことしたらコイツはガチで喜んでしまう。などとギルバートとの漫才にうつつを抜かしていたら、ビルが気になる言葉を発した。


「あれ……? 父上たち、居なくなってない?」


 なんだと、と店の奥に目を凝らしてみると、確かに先ほどまでいた三人の姿が消えている。表の戦いも徐々に騎士団が押している。さてはあいつら、完全に分が悪くなる前にトンズラする気か?


「ミミ!」

「なにダンくん、ウチのぬくもりが恋しくなった?」

 間髪おかずミミが背後から覆いかぶさってきた。顔をこちらに向けてニコニコとおどける。


「アホか。容疑者の三人が消えた。逃げたか、もしくは地下なんかの隠し部屋に籠ってるのかもしれん。探してきてくれないか?」


「いいよ~。どうせ暇だし。んじゃ行ってくんね」

「ライザ。連絡係としてミミに同行してくれ」

「了解。ついでにボディーガードね」

「頼むよライザっち!」


 ミミはひらひらと手を振ると、あっという間に屋根に飛び乗り消えた。ライザは認識阻害(ハイド)を強めに発動しているのだろう。すうっと姿が見えなくなった。


「ギル。俺は裏に回って連中が逃げ出さないか確認してくるから、表の傭兵は頼んだぞ」

「陛下。もし鉢合わせても」

「殺しはしないよ。なるべくな」


「俺らはミミ達の連絡を待って出る。準備してくれ。クロエ、ライザとの」

「もうやっとるわ。……早速見つけたらしいぞ。店の奥にある倉庫を走っとるらしい」


「そのまま裏手から逃げるつもりかも! 追いかけよう、こっち!」


 ビルが先に駆け出す。


 路地を抜けると広い運河に面した裏通りに出た。


「あそこ!」


 ビルが指さす先には、まさに帆船に乗り込まんとしている三人の姿があった。船のロープはすでに解かれ、岸を離れつつある。


「クロエ! 俺を投げろ!」

「くくっ、相変わらず面白い男よのう、主は! ほれ、行ってこい!」


 クロエに首根っこを掴まれたかと思えばぽーんと放り投げられる。瞬き程の間をあけた後、船首にきれいに着地した。ズドンと意外と大きな音を立てて、甲板を一部破損するくらいの勢いだったから、もしかしたら強化(ストレングス)掛けてなかったらヤバかったかもしれない。


 三角帆のロープをいくつか切ってしまったらしく、バタバタと風に煽られ帆が暴れる。


 立ち上がって船尾側に目を向けると、数多くの船員とその向こうに驚愕の表情のマノンの姿が帆の隙間から見えた。


「船長! 部外者が乗り込んできやがった!」

「こんなところまで……。簒奪王、ほんっとしつこいわね!」


「そんなに慌てて逃げるのは、よほど理由があるんだろうな!?」

「これだけの相手、倒し切ったら教えて差し上げますわ!」


 傭兵だか水兵だかが結構な数居るからだろう。マノンは余裕の表情を見せる。俺は剣を抜き放ち、彼女に向かって突きつける。


「その言葉、忘れんなよ!?」


 まあどっちみち、無理やりにでも吐かせるがな。とりあえずわらわら寄ってきた連中は風魔法で吹っ飛ばす。踏ん張れなかった連中が悲鳴をあげて川にぽちゃぽちゃと落ちていった。海の男が情けない。と思ったが、よく見れば連中傭兵だ。鎧つけたまま泳ぐのか……。


 ま、がんばれ。ただ――


「どっちかというと、落ちて行った方がよかったって思うことになるだろうがな」


 巻き上げ機をフリーにして錨を落とす。これで船は止まるだろう。作業をやっていると傭兵が再び寄ってくる。


 同時にかかってきた傭兵二人の剣を、剣とナイフで受ける。勢いよくはじいてからクルリと回り斬りつける。


 途端に二人からは血しぶきが上がりその場に倒れる。甲板にぱあっと花が咲くと傭兵どもはざわめき、足が止まった。


 こちらは構わず、すたすたと船尾側に歩いていく。


「死ねやああぁ!」


 などと三下の台詞を発しながら陰から飛び出してくる奴もいるのだが、気配が見えている以上織り込み済み。剣を鼻先に突きつけられた傭兵にはなす術もない。顔を引きつらせ後ずさる。


「殺気を消して、黙って刺しに来なきゃいかんだろ。素人かよ」


 そのまま船のヘリから海に落ちた。がんばって泳げ。鎧は重いだろうが岸は近いぞ。


 ずんずん進んでいくと背後から悲鳴が聞こえた。かと思えばけたたましい音と共に船が大きく跳ねる。クロエが飛び移ったようだ。エリーや仲間を連れてきてくれたのか。


「しゅ、守護竜……本物!? ど、竜を統べる者(ドラゴンマスター)って単なるコケ脅しじゃなかったの!?」


 マノンが慌てたように叫んだ。いや、クロエが俺の仲間だってことは知って……ないのか? それはご愁傷様。傭兵どもが戦意を失っている間にビルが一足先に走ってきた。


「お師匠、大丈夫!?」

「大丈夫に決まってんだろ? でもありがとな、心配してくれて」


 ビルはにへーっと笑ったあと、すぐに真顔に戻してマノンをにらむ。メグはビルの後ろにつけている。エリーも追いついた。


「よし、一気に片付けるぞ! 準備は良いか、エリー、メグ、ビル!?」

「いつでも、兄さん!」

「まかせてお師匠、やれる!」

「いけます!」


 前甲板の方はクロエたち三人が大暴れしている。まもなく制圧されるだろう。気の毒なことだ。唐突に起きた大きな音に何事かと振り向けば、フォアマスト――帆船に三本あるうちの前のマストだ――が折れて運河に落ちるところだった。盛大に水しぶきをあげ、船が大きく揺れる。


 こちらも再び攻略を始める。自分が前、ビルを殿にメグとエリーを間に挟んで進む。エリーに関しては全く心配していないんだが、双子は経験不足が少し気になった。が、それは全くの杞憂だったようだ。


 エリーが広範囲に阻害魔法を展開し動きを鈍らせる。斬りかかってきた相手を俺がさばく。背後は双子に任せる。メグが攻撃魔法、ビルが剣で相対する。


 双子にとっては荷が勝つ役目かもしれないが、二人でかばい合いながら戦う分には一人前以上の働きを見せつけている。バフはもちろんかけてやってはいるが、そんなものが無くても二人は十分戦えているように見える。


 傭兵の動きをよく観察できているところがいい。ビルが初撃をきっちり受けきったところをメグが氷槍(アイススピア)を背後から食らわせる。ひるんだところをビルがトドメを刺す……互いにバディとしての仕事をしっかりこなす。


 じわじわと船尾の舵輪(だりん)近くまで詰めてきた。容疑者はもう、目と鼻の先だ。傭兵たちも数を減らし、すでに戦意も怪しいものだ。


「何をしてるのっ!? さっさと敵を討ちなさい! ウイリアム、貴方も何か言ってよこの役立たず!」


「こんのっ……いい加減にしろっ!」


 隣にいたビルが剣を構え、マノンに向かって走り出す。


「待てっ、出過ぎだビル!」

「戻ってビル!」


 俺とメグの制止を振り切り、あっという間にビルはマノンのもとに詰め寄った。


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