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12 生家への疑念

 朝からしとしとと降る雨のおかげで、久々の休日となった。だが空模様と同様、俺の気分はとても重い。双子の生家のことを彼女たちに話さねばならないからだ。


「――という理由で、我々はヒルソン商会を立ち入り調査しなければならない。本来身内であるお前たちにこのことを話すこと自体、あまり良いことではないんだが……。大切な仲間としての二人に伝えることにした。……理解、してくれるだろうか」


 メグとビル。二人は静かに説明を聞いていた。


「国の重要な事柄を、ボクたちなんかに話してくださって、ありがとうございます」


 二人は深々と頭を下げた。再び上げたその表情に、批判や便宜を求めるような気配は感じられなかった。ただ正義を成す。そんな決意すら感じられた。


「心配しないでください。ボクたちはすでに家を出た身。それに国の法や国益に害をなしているというのなら、処罰を与えるのは必定かと。陛下……ダンさんは何も気にすることなく、法のもと、淡々と執行なさってください」


「そうか。わかった、ありがとう。でも辛かったら、一旦ノーウォルドの家に戻っていてもいいんだぞ? その時はギルにでも頼んでみるが?」


「お気遣いありがとうございます。ですがその必要はありません。ボクたちも連れて行ってください。ヒルソンの名を持つ以上、ボクたちには見届ける義務があると思っています」


「……わかった。なら手伝ってくれるか。メグ、ビル」


「うん、任せてよ。お師匠……あれ? 陛下って呼ばなきゃいけないんだったっけ?」

「この任務中は陛下呼びを控えてくれ、とは言ったな」

「ご、ごめんなさい、へい……お師匠」


 一同から笑いが漏れる。空気が和らいだ気がする。


「とはいえ兄さん。このままだとこの子達、兄さん以上に目立つ存在になるんだけれど。いっそ変装でもさせる?」


「それはよいの。ふむ、そうじゃの……む。くふふ、よい案があるぞ主よ?」


 クロエが悪い笑みを浮かべた。多分ロクな案じゃない。


「よし善は急げじゃ、買ってまいるぞ。エルザ、お前も来い。双子もじゃぞ!」

「はいはい、かしこまりましたお館様。……ではご主人様。引率、行ってまいります」


 引率って。エルザもたまに毒吐くよなあ。てか妙な悪だくみについて、了解したつもりはないんだが?


 宿の扉を開けるときには雨は上がっていた。困惑したような表情を見せつつもキラキラと光る石畳を歩く彼女たちを見送るうち、まぁいいかという気にさせられた。



 ――その後しばらくして四人は宿に帰ってきたのだが。


「なんだその恰好?」


「へ、変でしょうか……」


 メグがソワソワとスカートを払うしぐさを見せるその姿は、いわゆるメイドってやつか。城でよく見るスタイルだ。


 スカートがくるぶし近くまであり、腰にはエプロンと一体なのであろう大きなリボン、胸元には赤い棒タイが蝶結びで飾られている。頭にはフリフリした……あれ、何て言うんだ? 飾りが乗っている。


「ああ。ちょっと驚いたが、メグっぽくて変じゃないよ。可愛いと思う」

「えへへ、眼鏡は慣れないんですけれどね。ありがとうございます……ご主人様」


 そういってメグは優雅にカーテシーで挨拶する。へえ、堂に入ったものだ。


「うう……やっぱ恥ずかしいよクロエ姐さん」


 対してビルはなんだか恥ずかしそうにしている。彼女の姿もメイドのカテゴリに入るのだろうが、メグのとは少し……いや結構違う。一番の違いはスカート丈だ。


「なんでこのメイド服、こんなにスカート短いの!? メグのとずいぶん違うんだけど!?」


「なんでっておぬし、長いスカート履いて剣を振り回すつもりか? その長さの方が動きやすいじゃろうに」


 ビルは顔を真っ赤にしながら、拳を上下にブンブンと振ってクロエに抗議する。

「だからってこんな短かったら! うっかりみ、見えちゃうかもしれないじゃんか!」


 クロエの方はというと、面白がって……あれ? 若干面倒くさそうじゃね?


「それはさっきも言うたとおり、中にフリル多めのペチコートを着とるから見えんと言うとろうが!」


 そう言いつつペロンとスカートをめくるクロエにぎゃあ! とビルが叫ぶ。


「そもそもこんなヒラヒラした服、俺に似合うわけないじゃん、やだ恥ずかしいよお!」

 なんだか涙目になって来てる気がするぞ? なんだか気の毒になってくる。


「そうかの? どうじゃ主よ。なかなか可愛らしいとはおもわんか?」

 とうとう面倒になったのか。クロエはニヤニヤしつつ、こっちに処理を丸投げしてきた。


「お、俺かよ!? うーん、そうだな……」


 そんな不安そうな目で俺を見るな、ビルよ。ったくクロエも人が悪い。


「うん、かなり可愛いと思うぞ。短めのスカートも、活発なビルに似合ってる。胸元もメグと違ってそれもいい感じじゃないか?」


「ほ、ほんと? お師匠」


「ああ。多分ビルが思ってるより、ずっとメイドさんしてるぞ?」


「だから言うておろうに。さ、あとはこのウィッグと眼鏡をつけて……ほい完成」


 途端に清楚系ビッチメイドが爆誕した。頭のフリフリは同じだが、いつものくりくりショートヘアでなくストレートロングのウィッグなので、ずいぶん雰囲気が違う。


 メグの棒タイに対してビルはリボンタイ。背中のリボンもメグより長めに取られている。白の長い靴下? とそれを多分腰から吊り下げる紐? ……女の子の服はよくわからんな。それがスカートの中へと消えている。靴は皮かな? 動きやすそうだがピカピカの靴を履いている。これはメグも同じなんだろうか。


 よほど恥ずかしいのか、スカートの裾を手でぴん、と伸ばしている。


「じ、じゃあこれで、頑張ってみるよ……ご、ごしゅじん、さま」


「あっはい、よろしく……頼む?」

 え、おいこっち向けってば。なに顔真っ赤になってんだよ。




 ヒルソン商会がある街、オスヴァルドへは三日ほどの旅だったが、近づくにつれ双子の表情が曇っていく。色々な思いがあるのだろう、さすがの俺もそんな雰囲気は察することができたが、その点について自分から話題にすることはしないと決めていた。


 内容や目的がどうあれ、彼女たちが俺に対して気遣うことが容易に知れるからだ。その辺のケアは、悪いとは思いつつもエリーやクロエなどに頼んだ。


 街に入るころには二人はすっかり寡黙になってしまっていた。馬車の対面に俯き加減で黙って腰掛ける彼女たちに、冗談を飛ばせるほど俺は無神経でもない。


 宿に入りさっそく聞き込みを始めてみるが、ヒルソン商会の評価は見事に二分していた。街の名士という側面と汚い商売をする側面。


 ヒルソン家は元々四人家族だった。本妻を早くに亡くしてからは、しばらくは使用人もいたので娘二人と三人で過ごしていたが、二年ほど前に再婚。連れ子を合わせて五人家族となる。


 その頃からメグ、ビルへのいびりが始まる。表向きわかるようなものはない。彼女たちが大事にしている物が無くなる、大事に飼っていた鳥がある日庭で無残な姿を晒している。家の大切なものが壊れ、彼女たちのせいにされる。部屋に野生動物が飛び込み、部屋中汚された。彼女たちが受けた注文ばかりなぜかいたずらが多い。などなど枚挙には暇がない。


 とどめは連れ子の義理の兄がメグへ行った暴行未遂だ。父親が居ない時を狙って義兄が彼女を襲ったのだ。


 悲鳴を聞きつけたビルに義兄は蹴り飛ばされ難を逃れたメグだったが、それ以来家族の関係は決定的に冷え込んだ。いびりは使用人からも行われるようになり、我慢できなくなった二人はついに家を飛び出した。


「――現在商会は既に継母であるマノン・ヒルソンが実質的に牛耳っているようで、彼女たちの実父であり、主人のウイリアム・ヒルソンは半ばお飾りとなっているようですね」


 先行して街に潜入していたギルバートが、聞き込みの結果を報告し終えて口を閉じた。


「義母は自分の息子に店を継がせたいようです。ボクたちは邪魔だったんです」


 すっかり冷え切った表情でポツポツと語る様子からは、いつもの優しく明るいメグは想像もできない。いたたまれなくなり、二人を呼ぶとソファの両側に座らせ抱き寄せる。


 彼女たちは泣き出しこそしないものの、何かをこらえるかのように強く歯を噛みしめる。


 ギルバートが「あっそうだ!」と手を打ち鳴らし、メグがビクリと震える。きっとこの空気が耐えられなかったのだろう。うるさい。


「そうそう。言い忘れていました。後妻のマノンですが、帝国出身です。どうも帝国への利益還流も積極的に行っているようで、この一点だけでも罪に問える可能性が高いです」


「おいおい、一番大事な情報じゃないかそれ? 派手に取引したらそりゃ目立つというのに。詰めが甘いな。……よし、まずはその線で締めあげてみようじゃないか」

「御意」


「さあ二人とも、殴り込みだ。覚悟はいいか?」


 彼女たちは俺の言葉に呼応するように立ち上がると、大きく一つ頷いた。


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