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8 苦いディナー

 婚儀の日程、だと……!?


 ベリータの発言に、場は一瞬で凍り付いた。


「あ、あなたどういう」

「ほう。おぬし面白いことを言うのう。なぜ主が結婚せねばならんのじゃ」

エリーの言葉をさえぎると、クロエがずずいと前に出てベリータに問いかける。


「なぜ? 当然です。わたしの全裸を見ただけでなく、肌に触れたのですから」

 ベリータは淡々と口にするが、それとは対照的にクロエは眉根を寄せた。


「……? それだけ、かの?」

「むしろ十分すぎる理由かと」


 ベリータの説明に、クロエは苦笑いを浮かべつつため息をついた。そしてドヤ顔をみせつつ腕を組む。ひとしきりいつもの高笑いをしてから可笑しそうに話し出す。


「なーんじゃ。そんな程度なら我などほぼ毎日されとるぞ! それこそあーんなところやこーんなところまで」


「おい、誤解を生むからそういうのやめろ」


 そういう誤解を招く発言、迷惑なんでやめてもらっていいですか?


「ということは、あなたは既に奥方か妾ですか? そうですか。私は一夫多妻制には寛容な立場をとっております。そちらに問題なければ末席に」


 しかしベリータはくじけない。……くじけるという表現が正しいのかは置いといて。


「加えない、ってか話聞いてたか? まだ一人も嫁はとってないから! そもそも湯気でなんも見えなかったじゃないか」


「あなたに乱暴に胸を揉みしだかれました」


「それもアンタと守るための緊急避難じゃないか。それに決して揉んでない!」


「なんじゃ、つまらん」


「そういう問題じゃないだろ!」

ともかく、クロエさんはすっかり興味をそがれたようだ。だがこれで話が進められる。


 ここでもう一人の女性――シルヴィだったか――が口を開いた。


「ベリータ、そこまでで。この度はこの者が迷惑を掛けてすみません。お詫びの印に、今夜の夕食は私の方でご用意させていただきたいのですが? お連れの皆さまも、ぜひ」


 断る理由などない。遠慮なくご一緒させてもらうことにする。



「……ということは、帝国から商売でレイオットの街まで来てたのか」


 大きなダイニングテーブルで対面する形で穏やかにディナーをいただく。


「ええ。商談が終わって宿に帰る途中で襲われて。あの時は本当に助かりましたわ。お礼もできずずっと気にかけておりましたところ、またお会いできるとは。これもひとえに、我らが神の思し召しですわ!」


 シルヴィは案外大げさに事を考える性格のようだ。あるいはそう演じてるのか。商人は多かれ少なかれそういう面がある。話半分で聞いていた方がいいのかもしれない。


「ロクでもない再会だったけれどな」

「ふふ。それはもうお互い水に流したのではなかったですか?」


 そうでした、と共に笑った。ベリータは少し不満そうではあるが、大丈夫だよな?


「改めまして、あの時はお救いくださいましてありがとうございました。また、あれから私たちも王国内の世俗について学びましたわ。そちらの狐人族の女性には大変な非礼を。あわせてお詫びさせてくださいまし」


 シルヴィはミミに向き直り、頭を下げる。これには驚いた。帝国の人間がこうもたやすく彼女に頭を下げるとは。


「えっ!? いやいや、そんな別にウチ気にしてないし。大丈夫だよ」

「それならよかったですわ。商売人同士、仲良くしてくださいね」


 そう。今回俺たちも商売人として各地を回っている『設定』になっている。他に各地をうろうろしていて不自然でない設定が思いつかなかったのだ。ノーウォルドの金属卸。それが俺の今の肩書だ。


「ノーウォルドは最近、白銀鋼の鉱山が見つかったとかで、急速に発展している街と聞き及んでいますわ。さぞにぎやかな事でしょうね」


「ええ。毎日がお祭りのようですよ。この街が静かに思えてしまうくらいには」


「まあ。カジノの街より賑やかとは。それはさぞ活気に満ちているのでしょうね。いつか訪れてみたいものですわ~」


 シルヴィが目を瞠り、少し身を乗り出す。商人の血が騒ぐのだろうか。


「てっきりレイオットの前に訪れているのかと思った。せっかく近くでしたのに」


「お恥ずかしながら、あの街で襲われたときに商売道具を盗られてしまって。一旦国に引き返すところですの。残念ですわ。わたくし、ノーウォルドには一度も行ったことがなくて」


「それは災難でしたね。街によって治安がずいぶん違うようですから、お気を付け下さい。ノーウォルドも元は片田舎ですからのどかな風景もまだ残っていて、良い所なので機会があれば是非」


「ええ、お気遣いありがとうございます。……新たな王になって治安もきっと良くなったんだろうと思っていたのですが、どうも違うようで。残念です、とっても」


 胸がチクリと痛んだ。


「……他の街もそんな感じですか」

「そうですね。重税に苦しむ領民や商人の話とか賄賂漬けの役人、民を救わず盗賊を助ける衛兵なんて方もいらっしゃるようですね。まったく、どのような政治がなされているのやら」


 最後のはどこかで聞いたぞ。


「先代も愚王とずいぶん蔑まれておりましたが、今代も大したことないのでしょうか」

「はは。そうかもしれませんね」


 エリーの気配が剣呑となったので慌てて彼女の膝に手を乗せる。ピクリとわずかに反応を見せたがそれだけで、冷静ないつものエリーに戻った。


帰り際、部屋に戻ろうとしたシルヴィが、ふと立ち止まると可笑しそうに笑う。

「? どうした? なにか」


「いえ、先ほどまでずいぶん同じ時を過ごしていましたのに。あなた様のお名前を未だに存じ上げませんでしたわ。私ったら、恥ずかしい」


「ああ、そういえば名乗ってなかったかな。ダンだ。共に商売ができることを願ってるよ」

 右手を彼女に向かって差し出す。


「ダン様。……ダン様。はい。こちらこそ、またお会いできることを楽しみにしていますわ」

 シルヴィがかみしめるように二度、俺の名を口にする。そのあと手を取り、軽く握手を交わした。


 そうやって我々は、共に再会を願い、別れた。



「ああもう、なんなのあの人! 失礼にも程があるんじゃないかしら!?」

エリーが部屋に戻るなり地団駄を踏んだ。冷静な彼女にしては珍しい。しかし実際に地団駄を踏む奴なんているんだ、初めて見た。


「落ち着けエリー。帝国の人間の評価だ。実際と多少違っていても仕方ない。バイアスも掛かっているだろうしな。そんなことより仕事だ。この街のある程度のことは、事前にギルバートから情報が上がっている」


 例えば麻薬を買うために売春宿に売られた娘の話。ちなみに売られた娘もまもなく麻薬漬けになり、抜け出せなくなって結局川に身を投げた、とか。


 母が麻薬中毒のため街で盗みを働いて麻薬を手に入れる少年の話。こちらは仕事から帰ってきた少年がせん妄状態の母親に殺されかけ、逆に少年が母親に手を掛けた、とか。


 あるいはカジノで麻薬漬けになり身を持ち崩した商人の話。店ごと抵当に入れてもなお止まらなかったギャンブル。本人の臓器も借金のカタに取られ、最後に残ったのは自身の片腕だけ、とか。


「聞けば聞くほどどうしようもない話ばかりね……」

 エリーは口元を押さえながらうめくように呟いた。


「だが肝心の麻薬の出どころについては全くと言っていいほど情報が無い。そこで、だ」


 そこでぐるりとメンバーを見渡して軽く息を吐く。


「今回は囮調査で行きたい。まずはカジノに入って、情報を集めようと思っている。悪いがメンバーは絞らせてもらう。……エルザ、ライザのペア、それとエリーと俺のペアだ。異論はあるか? 特にクロエ」


「外されるのは正直癪じゃが……確かにこのナリでは子供と間違えられでもしたら目立ってしようがないしの。賛成じゃ」


 クロエは自らの服をつまみながら憮然とした表情を一瞬見せるも、納得はしてくれたようだ。彼女は目立って仕方ない。


「ミミは例によって」

「先に忍び込んで証拠探しだね。ヤバくなったら勝手に逃げるから、心配しないで!」


「頼んだ。すまないがクロエは双子と後詰めを頼む。クロエなら俺の様子は離れててもわかるだろうしな。何かあったら俺たちの武器を持って来てくれ。決行は明日だ。みんな、よろしく頼む」



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