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6 エリーと聖女

「よし、とどめだビル!」

「りょーかい! くらえっ……しゃあ! やりぃ! ありがとう、お師匠!」


 最後の(オーガ)を仕留めたビルが、いっぱいの笑顔を見せて振り返った。とそこにすかさず突っ込みの声が飛ぶ。


「何言ってんのビル。さっきの突っ込み、ちょっと危なかったよ?」


「えー、そうかな? メグが神経質過ぎなんじゃない? でも気を付けるよ。それよりメグの魔法、威力上がってない? 大きめの奴も一撃だったよね。前に出ても背中は安心って感じ」


 メグが照れた様子で頭をかく仕草で笑う。

「そ、そう? へへ、うれしいな。危なくなってもお姉ちゃんが守ってあげるからね」


 彼女はそのままふんす、と気合いを入れるが、対するビルは途端に呆れ顔になる。


「俺が姉ちゃんだって言ってるのに……あー、もういいよ。メグがお姉ちゃんで。俺は大人だからさ、お姉ちゃんの称号は譲ってあげるー」


「あーっ、そんなこと言って。生意気な妹は、夜ごはん抜きだからね」

「ええ……理不尽じゃない、それ……」


 剣を拭いながらビルがメグとやいのやいの騒いでいるのを横目に、エルザに周辺の探知を行ってもらう。


「大丈夫ですよ、ご主人様」

「ありがとう、エルザ。……よし、素材を取ったら小休止。夕方には関所前の林に入るぞ」


 街道沿いは魔物が少なく、居ても(オーガ)小鬼(ゴブリン)、狼のような初級から、居てもせいぜい中級向けの魔物しか出くわすことはない。双子の訓練にはうってつけだ。


 なんでも次の調査対象の貴族は用心深さで定評のある御仁らしく、そのような団体さんを関所で監視しているらしい。今回は関所も通らず、クロエ達の力を借りようと思っている。要は夜に飛んで関所を越えるということだ。


 素材採取の痕を手早く埋めていざ移動開始、というところで後方からある意味見慣れた一団がやってくるのが見えた。


「あ、やばっ」

 エリーが小さくつぶやいた。ということは……やっぱりそういうことか。


「おや? そちらにいらっしゃるのは……カートライト大司教の御息女では?」

 隠れる間もなく、先頭を来た神官の一人が目ざとくエリーを見とがめ、近づいてきた。


「ええ。エレノア・カートライトでございます。お勤め、ご苦労様でございます」


 深々と頭を下げるエリーの言葉に神官は慌てて下馬し、一礼する。


「いやはやこのような場所で『聖女』様にお会いできるとは。これも神の思し召し。ところで他の方々はどのようなご関係で? ああ、聖女様の行幸に同行されている護衛の方々でしょうか? これはお役目、ご苦労様です」


 神官がこちらに向かって軽く会釈する。


「え? や、ちが」

 エリーが慌てて否定しようとするが、すまん。こんな面白いネタ、そのまま流すのはもったいない。


「左様にございます。此度はもったいなくも聖女様をお守りする大事なお役目を仰せつかり、我ら一同身に余る光栄と、たとえこの身が滅びようとも全力でお守りする覚悟で付き従っております。さあ、皆も私にならって」


 膝をつき、胸に手を当て神妙な表情で語ればほら、敬虔な信徒のできあがり。クロエなんか両膝をついて祈りを捧げている、ように見える。ノリがいいなぁ、ウチのパーティー。


「な、何言って」

「おお、なんと殊勝な心掛けでしょう! これぞ真の献身! きっと我らの偉大なる最高神、ダグサー様も天上から祝福をお与えになることでしょう!」


「もったいないお言葉。我ら誠心誠意、聖女様に尽くしたく存じます」


「うむ! うむ! 存分に励まれよ。神はあなた方の善行をしかと見守っていますよ。……そうそう、聖女様。今回の巡礼は大司教が主導されております。後方の馬車にお見えですよ」

「え……」


 途端にエリーの顔が引きつった。普段なら変顔するなと笑い飛ばしてやるところだが、こればかりはイジる気が起きない。何なら俺の顔も引きつった。なんというか、運命のいたずらというか、気の毒というか。


 丁度いいということでこの場で休憩を取るらしいこの一団は、教団本庁に巡礼する途中だという。俺たちにとっては珍しい一行だなぁで済む話だが、まさかエリーの義父も居るとは。こんなことならふざけるんじゃなかった。彼女にとっては最も会いたくない一団のひとつだろう。本当に気の毒な事だ。正直すまん。


 大司教の馬車の前に立つ。開いた扉から降り立ったのは大司教――カートライト卿の執事。国事の際に何度か会話したことのある初老の紳士だ。


「これはお嬢様。ご無沙汰しております」

「ええ。じいも壮健でなによりです」

「いえいえ、元気なだけが取り柄なので……。ところで、こちらのお方は? ……は!?」

「えーっと、ご無沙汰してます、でいいのかな?」

「こ、これは大変失礼をっ! ささ、狭いところではございますが」


 顔を覚えてくれていたようで助かる。執事は俺とエリーを馬車に誘った。座って正面を見ると唖然とした表情の二人の神官が。エリーの義両親だ。扉が閉まると同時に、まず義父が口を開いた。


「こ、これは陛下……!? 御活躍はかねがね。普段からの我が教団活動へのご理解とご支援には大変感謝しております。……ところで、かようなところで、何を? それに我が娘とご一緒とはどういう経緯でこのような」


「あー、うむ。貴族の中で造反の動きがあってな。そちらを秘密裏に調査する活動をしていて、ご息女にもご協力いただいている。騎士団も動かしてるんだが、なにぶん連中は目立つからな。今回は我々だけ、というわけだ」


「なるほど隠密行ですか。確かに陛下ならば下手な護衛は不要と心得ますが……」

 とエリーをちら、と見やる。

「我が娘も同行している、とは聞いておりませんでしたので少々、驚きました」


「いや、実際彼女にはずいぶん世話になっていてな、我らのパーティーには不可欠な存在になっている」


 すると今度は義母の方が話し出す。こちらも教団の一員。たしか事務方だったと思うんだが、何やってる人なのかは聞いたことがない。


「陛下にそう言って頂けるのは大変有難いことなのですが、正直娘が陛下のお邪魔になっているのでは、と心配になっております。もうとっくに成人を過ぎたというのにいまだに嫁ぎ先も決まらず、このような冒険者の真似事を」


 エリーがその言葉に激しく反応する。確かにそろそろ結婚について気にしなければならない年齢。確かにこんなおじさんの近くにいたら気にもなるか……。


「お義母様! お言葉ですが私はまだ婚姻などは考えておりません。それに真似事ではありません、立派にお国のため働いており」


 義母がぴしゃりとエリーの言葉を遮る。

「それが間違いだと言っているのです、エレノア。あなた、聖女の肩書をなんと心得ますか。あなたはいち冒険者として無邪気に野山を駆け回っていて良い存在ではないことを、いい加減自覚なさい!」


「おい、その辺で」

「貴方はお黙りなさい」

 たまらず義父が助け舟を出そうとしたのだろうか。しかし義母のパワーにあっけなく沈没。笹船くらいの耐久性だったな? 「はい、すいません」と沈んでいく。辛い。


「失礼ながらお義母様! はっきり自覚しております。たからこそ私は陛下の一番近くに侍り、陛下のお役に立つことで、我が国の繁栄を支え」


 エリーの物言いにも義母は一切揺らがない。これまたバッサリと遮る。

「国の繁栄? 嘘ですね。あなたはただ、陛下の側に居たいだけ。違いますか?」


「い、いやエリー……エレノアは俺の側に居たいとかそんな動機で」

「部外者は黙っていていただけないでしょうか。これは我が家の問題です」

 えー? 俺もぴしゃりとやられたよう……俺、その陛下……つら。


「おい、陛下になんて口……あ、何でもないです」

 大司教~!? ちょっと妻に弱過ぎくなーい!?


 ったく、親子喧嘩に口挟むのもダサいけれど、これはさすがに腹が立つな……。

「いや、ちょっと黙ってられないな。俺は少なくとも貴方たちを人格者だと思っている。人の心を(おもんばか)れる偉大な宗教家、ともな。だがこれはなんだ? エリーの言い分も聞かずに一方的に。彼女も一人の人間だ。そうだろう」


「一人の人間の前に、聖女です。聖女という肩書は時に個よりも優先されるべきです」

「……っ、てことはつまり、アンタらはエリーを宗教の道具としてしか見てない、そういうことを言ってるわけか」

 つい声を荒げてしまった。いかん、冷静にならねば。相手が身を固くしたのが雰囲気で伝わってきた。


「それは見方の違いですわ、陛下。聖女はより多くの者を救わねばならない立場。その自覚無くして宗教の何たるかを語るなど、児戯(じぎ)に等しい」


あ、こりゃダメだわ。立っている場所が根底から違う。

「……そんな宗教なら、無くてもいいんじゃねーかな?」


「え? 今、なんと?」

「たった一人も救えない宗教なんぞ、無い方が幸せになれるんじゃねーかな? って言ったんだが、聞こえなかったか?」


途端に義母は気色(けしき)ばんだ。指をさす手も震えつつ、わなわなと口を開く。

「な、な、な……それは一国の元首が口にしていいことではないですよ? いいですか、これは宗教弾圧ですよ!」


「おう、自分の家族のささやかな幸せすら叶えてやれないようなクソ宗教、いくらでも弾圧してやる。なんだったら国から締め出してやってもいいぞ。よーく考えておくことだな。次の答え合わせまで、エリーは預かっておく。いいな」


「そんな勝手、許されるはずがないでしょう!? この件は本庁に報告させてもらいます!」

「おーおー、やれるもんならやってみろ。そしたらお望み通り、我が国から排除してやる」


「落ち着いて、ウォーレナ。私は大丈夫。第一そんなことをしたら一番困るのは民衆よ。……お義母様。私からもお願いします。エレノアと聖女、どちらが大切なのか。次の機会にお聞かせください」


 ◆◆◆


 間を置かずに大司教たちの一団は皇国へ向かって走り去っていった。残されて我に返った俺は今、後悔に苛まれている。

「なんてことを口走ったんだ俺は……。 宗教弾圧? アホなのか……?」


 側でエリーががっくり膝を折る俺の肩に手を添え、慰めてくれる。

「だ、大丈夫よ、兄さん。所詮は親子喧嘩の一環なんだから、あのやり取りでどうこうはならないと思うわ。それに……」


 エリーは俺を立ち上がらせ、そばの岩に座るよう促した。その後彼女が隣にちょこんと腰掛ける。言い淀んだ彼女の表情を窺おうと首を巡らす。

「……それに?」


「お、怒ってくれたこと。すごく、嬉しかったから」

 ボッ! と音がした気がするほど一気に首筋まで真っ赤になった。直後チラリとこちらの様子を窺う流し目。口元を隠す仕草も加わって……なにこのカワイイ生き物。


「いやっ!? た、大したことは……してないぞ? うん、俺はその、聖女なんて役割より、エリー個人のことを、大事に、思ってるから! それだけ、だから!!」


「うん。知ってるよ。ありがと、兄さん」

 彼女はニコリと笑って俺の肩に頭を預けてくる。


 周りではミミやらメグやらがやたらソワソワしているようだが、馬車で話し合いをしている最中に何かあったのだろうか。尋ねようとしたところでクロエが悪い笑顔を見せながら近づいてくる。


「しかし、やるのう主も」

「ああ、聞こえてたか? いやマジで腹立ってさ。つい大人げない発言を」

「いやいや我はスカッとしたぞ? よう言うた! とな。……ところで主よ」

「ん? なんだ?」

「娘一人の幸せのために最大規模を誇る国教を一つ、つぶすとまで言うたんじゃ。その言葉の意味、どう考える。さてさて、この娘はどう捉えるかのう?」


「え、ど、どういう意味だ?」

「さあのう? あー、早く夜にならんかのー? 腹が減った。街に入って食事がしたいぞ」

 実に楽しそうにクロエは歩き出す。その周りに仲間がついて行く。ガールズトークってやつだろうか。キャッキャと楽し気な会話が途端に始まる。


「そっ、そうですね。あと小一時間の行軍、頑張りましょう!」

エリーが元気に立ち上がるとクロエを追って歩き出す。


「これで一緒に――」

 背中越しに聞こえた彼女の囁き声は、谷を流れるつむじ風にかき消された。


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