5 無実のサレ男と押しかけ女優
背後に隠れるように引っ付いているメグを見てエリーが尋ねた。それにあわせてか、周りの空気が心持ち冷えた気がする。うん、もちろん気のせいだよな?
「兄さん?」
エリーさん、エリーさん。ちょっと、いや結構その、顔怖いですよ? 聖女様がしていい表情じゃないですよ?
「へぇ……。ひと月も経っていないのにそんなカワイイ女の子連れて。ずいぶんよろしくやってるみたいじゃない兄さん。愛の女神も裸足で逃げ出すくらいお盛んなことね。で、お式には私もご招待いただけるのかしら?」
あれ? これいきなり誤解からのピンチ? 理不尽極まりない。コイツの妄想力はたくましいを越えてもはや災厄レベルだな。
「あー、なに勘違いしてるか想像でき過ぎてしまうんだが、エリーが考えているような関係ではないぞ。コイツらはタダの労働力……いや弟子? みたいなもんだから」
「え、で、弟子? そ、そうなんだ。ふーん」
その瞬間、エリーを取り巻いていた殺意の波動は霧散した。これメディックが居たら「一命をとりとめて危機は脱しました」とか言って家族が泣いて喜ぶシーンだわ。もっとも優秀なメディック様こそが目の前でピンチを率先して演出していたわけだが。
ともあれナイスリカバリー俺。でもいやちょっと待て? やましいことはなにもしてないんだからリカバリーって変じゃないか?
「あの、ダンさん。この方は……?」
メグがエリーと俺を交互に見つつたずねてくる。おっかなびっくりだが興味には勝てないらしい。
「あ、ああすまない。紹介する。彼女はエリー。俺の親友の娘で元同僚だ」
「ずいぶんと雑な紹介ね、兄さん。それとも今はダンって呼べばいいのかしら? ……はじめまして、エリーよ。ダンとは子供の頃から一緒。仕事もずーっと一緒で、旧知の仲ってやつ。これからも一緒に暮らすことになるからよろしくね。えーっと」
「ほらお前ら、挨拶」
「は、はい。メグといいます、十四歳です。ダンさんに危ないところを助けていただいて、今は魔法を教えてもらっています。よろしくお願いします。えと、エリーさん」
「俺、や、ぼ、ボクはビル、同じく十四歳です! お師匠に剣を教わっています、よ、よろしくお願いしゃしゃす!」
右手差し出してなにキョドってんだよ、少しは落ち着け。あとエリー。ガキ相手にマウント取りにいくんじゃないよ、みっともない。
いやそんなことより、だ。
「てか一緒に暮らすってどういう」
既に無駄な抵抗だと、感覚で気づきつつも最後まで抗ってみる。
「ええ。だって兄さんにあんなに情熱的に『俺についてきてくれないか!?』って誘われたから……あそこまで言われたら、女としては断れないじゃない?」
「言ってない……とは断言できないのがツライところだが、少なくともそんな情熱的に誘ってはいないと思うが?」
途端に愕然としたような表情を見せるエリー。なんで!?
「そんな、ひどい! あなたの言葉を信じて、仕事も辞めてこんな辺境まで来たのに……!」
「え? は!? マジで辞めちまったのか? 何やってんだよ王都にかえ」
「ひどい、帰れと言われても。あなたを頼りに職も捨てて身一つでここまで来たというのに。身寄りもない私はいったいどこに帰ればいいというの……?」
うん。食い気味で嘘、大げさ、まぎらわしい反論してこないで? それに君、教会に行けば職にあぶれることもないよね? それに両親も健在だよね!?
「お師匠……さすがにそれはねーわ……」
「ええ……ダンさん、いけませんよ。紳士たるもの言葉を違えるようなことをされては」
ちょ、え? は!? なんか俺、悪いことになってる!? ビル、てめえなに引いてんだよ! メグもなに説教モードなの? 君たちの師匠だよ俺?
「ちょちょちょ待て! ……まーて!! ちょっと落ち着けお前ら!」
話し合おう、話せばわかる。
くそ。舌出してニヤついてんじゃねーよ。……かわいいじゃねーか。
◆◆◆
周りにいた連中の一人が差し出した紙――クエスト完了報告書に二人でサインをしてやると、護衛兼荷物の運搬を委託された冒険者連中が街に引き上げていったんだが、その際に「爆発しろ」とか「家具に足の小指をぶつける呪いを掛けたい」とかまぁ散々陰口を叩かれたのには閉口した。
夕食中にも双子には質問攻めにあったが過去のことをべらべら話すわけにもいかない。時折フェイクを混ぜつつ面白おかしく武勇伝を語ってやったらそれなりには満足してくれたようだった。
そんな中ビルが座りながら船を漕ぎだしたので今日はお開きとなった。「初戦闘だったんだ。疲れもするさ、もう休め」と彼をメグに預けると、食堂はエリーと二人だけとなった。ベンチに二人並び、しばし静かな時間が流れる。
「ねえ兄さん。色々聞きたいけれど、まずこれだけは聞かせてもらえるかしら? なぜ軍を辞めたの? なぜ死んだことになってるの?」
「質問が二つになってるぞ」
「茶化さないで」
むくれた表情で肩を小突かれた。いたい。
理由、か。みっともないから言いたくないんだけれど……。
「そんなに難しい話じゃないさ。……浮気されたんだよ」
「え、うそ、よね?」
「嘘だったらどんなに良かったかな。どうやら最初からだったみたいだぜ。もう腹ん中にガキもいるってよ」
あれ、最初からなら浮気というんだろうか? 二股? むしろ俺の方が浮気相手? なにそれこわい。
「婚約者いるのにハラんじまった、なんて外聞が悪すぎだろ? だから俺を戦死したことにしてお相手の宮中伯様と結婚させることにしたんだよ、文官どもと議会の連中は」
形式的な俺との結婚でなく、本命と結婚ができるんだから姫にとっちゃ万々歳だろうよ。
「そんな……そう。わかったわ。なら私は全力でタリン姫を祝えばいいというわけね」