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4 新たな力(というわけでもない)

 翌日。トラントフ子爵の屋敷前には何とも奇妙な集団の姿があった。


「なんだ? ここは子爵様のお屋敷。観光地ではないぞ! さあ、帰った帰った」

 突然訪れた珍客に、子爵家の者たちは苛立ちを隠さない。


「ああ。火急の用向きにて、卿にお目通りを願いたい」


「はあ? 子爵様がお前たちのような者……まぁ、女どもとはお会いになるかもな」

 エリーに視線を送り、途端に下卑た笑みを浮かべる。


「そっちの都合はどうでもいい。入らせていただく」

「ま、待て! お前たちのようなものが入れる場所ではない!」

「問答無用、押し通る!」


 剣を居合いで抜き放ち、門扉に切りかかる。鉄製の格子扉はあっさりと真っ二つとなり、大きな音と砂煙を上げながら倒れこむ。門番の男は悲鳴を上げ、腰を抜かした。


 騒ぎを聞きつけたのか、脇の質素な小屋から使用人風の者がわらわらと飛び出してくる。


「トラントフ卿、火急の件につき至急面談を求める!」


 呼応するかのように玄関が激しく開け放たれる。


「いったい何事か!? ……ん? 誰だ貴様ら」

「やあ、トラントフ卿。ちょっと話を聞かせてもらいたいんだが」


そういってビルが緊張の面持ちで掲げる旗を指さす。


「りゅ、竜と鷲の紋章……!? まさか、あなた様は」


「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 新生ライフェルト王国初代国王、ウォーレナ・グレンヴィル陛下にあらせられるぞ! 皆の者、頭が高い! 控えよ!」


 ライザが声を張る。元々竜族の持つ力のせいだろうか。皆一様にひざを折り、首を垂れていく。……やべ、これ癖になるかもしれん。


「よい。みな面を上げよ。……さて、トラントフ卿。早速なのだが質問に答えてほしい。最近街の周辺で出没している盗賊。存じておられような?」


「も、もちろんです。私としても心を痛めている案件。衛兵と協力し早急に」

「その首魁、貴公であろう?」

「……は? 陛下。おっしゃる意味が解りかねますが」

「そうか、ならば説明しよう」


 淡々と経緯と容疑を説明する。途中トラントフ卿の顔色が赤くなったり青くなったりと忙しい。


「――以上が貴公に掛けられた嫌疑とそれを立証する証拠だが……なにか申し開きはあるか? なければこのまま近衛騎士団に引き渡すが」


「冗談じゃない!」

 トラントフ子爵の意外に良く通る声が、中庭全体に響きわたった。


「なぜ私が捕らわれなければならない? 私は貴族であるぞ! 貴族領は自治が認められている。いくら陛下とはいえ、手を出せるはずもない! ふん、そもそも陛下の偽者(・・)ということも十分考えられる。……そうだ! 考えるまでもないではないか。こんな田舎に陛下がお見えになるなぞあり得るはずもない。貴様、さては偽者だろう? そうか、それなら合点がいく! 皆の者、こやつら陛下の名を騙る偽者だ! 命令だ、こやつらを殺せ!」


 うおお、一気にまくし立てたと思えば偽者認定されちまったよ! まぁ認めれば捕らわれるってんだから、現実逃避ついでに博打を打ちたくもなるか。仕方ない。


 周りには百人は優に超えるだろうか、冒険者崩れや子飼いの私兵だろう。みな得物を手にあっという間に俺たちを囲う。数の上では圧倒的だ、そう思っているのだろう。余裕の笑みを浮かべじりじりとその包囲を狭めようとしてくる。


「おやおや、連中やる気じゃぞ。いかがする? 主よ」

 クロエが楽しそうに尋ねてくる。っていうか、ハナからやる気だよな? 聞くまでもないだろう?


 俺はゆっくりと剣を抜き放ちながら皆に発する。

「是非もなし、これより掃討を開始する。目標は殺すな。残りは任せる。エルザ、双子を頼む。各個、任意にこれを排除せよ」


「そうこなくっちゃ。久々に、暴れますか!」

 ライザが手を打ち鳴らし気合いを入れた。


 ちょいちょいと手招きをしてやると血の気が多いのか、一番槍とばかりにかかってきた相手を一刀の下に切り伏せる。


「悪党に掛ける言葉などないが……とりあえずこれだけは言っておこう」


 ゆったりと正眼に構え、一段上がった先の敵……トラントフ子爵を見据える。目が合うと奴は一瞬たじろいだ。


「死にたい奴から掛かってこい」


 喧噪が弾ける。戦闘が、始まった。早速に数人が一斉に斬りかかってくる。だが。


「まるで素人だな」


 一筆書きの要領で斬りつけるも、相手は躱すどころか打ち合うことすらできずに沈んでいく。寄せ集め以下のレベルに辟易とする。


 崩れ落ちる敵を蹴りつけて続く敵にぶつけるとあっけなく怯む。蹴った奴ごと串刺しにする。打ち込んでくる奴もいるがこちらの方が速い。切り上げで軽く当てて弾いたところで剣を返し袈裟切りに。ほんの息をする間――十分すぎる時間だが――十数人が倒れている状況に恐れをなしたか、次のお客さんがやってくる気配がない。


「おらどうした腰抜けども! ()る気がないなら武器を捨てて壁際にでも座ってろ!」


「何やってる貴様ら! あ、アイツがリーダーだ、アイツさえ倒せば終わる! 褒美は弾むぞ、一斉に掛かれ!」


 その子爵の言葉に残りが大体半分に割れ……だいたい五十くらいか? 円陣を組み、ずんずん輪を狭めてくる。最前面は盾を構えている。こんなの、一斉に来たら同士討ちになると思うんだが……。


「兄さん気を付けて! 連中、弓と槍を準備してる!」


 エリーが円陣の外から叫ぶ。なるほど、離れた距離から一方的に殴りたいわけだ。これはちょっと手が出ないな。そうこうしているうちに盾の間から一斉に槍が出てきた。いわゆる槍衾(やりぶすま)という奴だ。


「これならどうかな? 陛下の名を騙る偽者よ。弓矢の雨と槍での串刺し。どちらでも好きな方を選ぶがよい」

「どっちも御免こうむりたいもんだな」


 確かにキツイ状況だ。槍の方がリーチの長い分、こちらの剣は届かない。おまけに盾も構えている。致命打を与えることは難しいだろう。


 上空から弧を描いて降ってくる矢も厄介だ。俺自身盾を持ってないから、防ぎようがない。


「さあ、覚悟は決まったか? ……かかれ!」


「兄さん!!」

 エリーの悲鳴が遠くで響く。


 槍衾からは槍が突き出され、無数の矢が襲い掛かる。


 技のために意識を集中。時の流れが遅く感じる。子爵の高笑いが引き延ばされ、間延びして聞こえる。


 剣を正面に構え更に集中する。周囲の音が聞こえなくなる。耳鳴りが響く。だが不快ではない。


 クロエ――南天の古竜。その加護を意識する。詠唱は要らない。必要なのはイメージ。


 彼女の根源、風の力。そこに加護を通じてリンクする。力の流れを感じろ。身体を通して剣に伝える。自らの力が高まるのを感じるに合わせ、自身も淡く輝きだす。


「――竜術(ドラゴニック・アーツ)中伝……黒風(こくふう)


 ただ無心。腰を落とし、剣で水平にすうっと撫でる。一瞬の間の後、音が戻り、時が加速する。


 地面からわずかに雷のようなスパークが閃く。それは瞬く間に勢いを増し腰の高さ、人の背を超え天高く光の枝を伸ばす。同時にそよ風はたちまち突風となり円陣を、中庭を包み込み我々から光を奪う。


 暗闇の中、暴力的な雷撃は轟音とともに周りの敵をことごとく打ち据え、風は無数の矢を彼方へと連れ去っていく。


 時間にしてわずかの時。しかし突風が晴れた後に残されていたのは、さまざまな箇所に火傷を負い、あるいは痺れて動けず倒れる数十人の敵。そして。


「なっ、なっ……なんだ、なんなんだ、これは!」

 無事でいるのは屋敷の玄関前に呆然とへたり込むトラントフ子爵の姿のみ。中庭に立っている者は俺一人だった。


「うまく使いこなせたではないか。さすがは主、いや感心、感心」

 クロエがのんびりとした口調で拍手しながら近づいてきた。彼女の背後にはすでに片付けられた敵の残りが累々と倒れている。


「ロクに練習してなかったから、ちょっと使えるか心配だったんだけれどな」


「我はちーっとも心配しておらなんだぞ? あとは発動時間の短縮じゃな」

 とてとてと目の前まで歩いてきた彼女が、俺を見上げて満面の笑みを見せる。


「相変わらず厳しいな、クロエは」

「……ようやったの。ウォーレナよ」

 今度は母のような、あるいは姉のような。慈愛に満ちた微笑みを返してくれる。クロエのこの表情、なんだか胸の奥が温かくなるんだよな。


「に、兄さん! 今のって」

 エリーがせき込むように聞いてくる。確かに騎士団で戦う中でも見せなかった技だからな、驚くのも無理はない。


「ああ、あれな。あれは」

「はーっはっは! 驚いたか娘よ。あれこそが我が眷属の力、『竜術(ドラゴニック・アーツ)』じゃ!」

 クロエが腰に手を当てドヤる。やけに嬉しそうじゃん。


「すごい……そんな力、いつの間に使えるようになったの?」

「えーっと、今回の旅に出る直前に……ちょこちょこっと練習して?」

 頬を染めてやけにグイグイ来るもんだから、ついついドギマギしてしまう。


「まあ知りたいことは沢山あるとは思うがー、まずは片付けんといかん方から先に済ませてみてはどうかの?」


 クロエが屋敷の玄関の方に視線を向け、顎をしゃくる。そういえばとばかりに俺たちは今回の元凶に向き直った。


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寝取られ追放された最強騎士団長のおっさん、
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双葉社様より2024/3/29に発売されます!
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1巻ともどもよろしくお願いします!
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