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3 この街の暗部

「盗賊の話だぁ? ……アンタ、なんでそんなことを聞きたがるんだよ」


 エールをおごってすっかり機嫌の良かったオヤジだったが、盗賊の件を話題にした途端に訝し気に声を落とした。


 夜の盛り場で聞けば何かわかるかと軽い気持ちで試してみたが、案外うまくいきそうだ。王都の記者だと告げると指をちょいちょいとするもんだから、銀貨を握らせたら小声で話し出した――



「――すべてが本当じゃとすると、ひどい話よの」

 部屋に戻り聞いたことを皆に伝えると、クロエが開口一番苦々しくつぶやいた。この国を守護する立場の彼女にとっては、まさに聞き捨てならない内容だったに違いない。


「すべて子爵の差し金だというの!? 自身の領民をなんと思っているのかしら」

 エリーは気色ばんだ。


 盗賊の正体は子爵の私兵だという。この街の商人を中心に、郊外で襲わせ金品を奪っているらしい。


「なんで領民から奪うんだろうね? 自分の領地を豊かにしてくれる人たちでしょ?」

 ライザがまっとうな疑問を口にする。俺も思わず口にしたことだ。


「正確なところは本人に聞くしかないが……どうも死なない程度に搾取しているらしい」


「というと?」

エリーが蜂蜜酒(ミード)のジョッキを皆の前に置きながらこちらを見る。


「ああ。毎度襲うことはしないそうだ。適当に間隔を開けて、逃げ出さない程度にするということと、よその商人には一切手を出さないということ」


 そうやって廃業してこの街を出ていく、という程までは絞ってない様子。実に狡猾(こうかつ)だ。


「けれど例外もあった……というわけですわね」

 めずらしくエルザが感情を殺したような声色で語った。


「そう。例外がひとつだけある。とある商人についてだ」


 ――その商家はこの街では大店(おおだな)と言ってもいい規模を誇っていたという。過去形なのは、すでにその店はこの街に存在しないからだ。


 子爵はそこの一人娘にひどくご執心だったようだ。事あるごとに気がある素振りをみせていたようだが、残念ながらその想いが報われることはなかった。彼女にはすでに心に決めた男がいたのだ。若く有能なその店の番頭。


 ある日子爵の命により、とある品を取り寄せることになっていた。それはとても貴重で高価な品であったという。主人は信頼も厚く将来の娘婿となるであろうその番頭に、子爵の館に届けるよう頼んだ。よくある話だ、何の問題も起き得なかった。


 だが、事件は起きてしまった。


 番頭は姿を消した。品は期日になっても子爵の館には届かなかった。悪いことにその品は子爵にとっての重要な宴席に、必要不可欠な品だった。


 すっかり顔をつぶされた形の子爵は、その商家に損害の賠償を要求した。高価な品の代金は当然入らない。しかし多額の賠償金は支払わねばならない。同時期に潮が引くように他家からの取引が途絶えた。その商家は途端に窮地に追い込まれたようだった。


 その後どういういきさつか、娘が子爵の館に入った。その後店は何とか持ち直したそうだが、悪いことは続くものだ。


 番頭の亡骸が近くの浜に打ち上げられたとの知らせが入る。時間が経ち、ずいぶん傷んでいたようだが、着衣に自然にできるはずのない傷が多数あったようだ。


 それを知った主人が子爵と面会を申し入れるも叶わなかった。入口で長い時間押し問答をしていた様子を、街の人々が目撃している。


 ある夜、その商家は賊の襲撃を受け、主人とその妻は惨殺された。


 両親と番頭の死を聞いた娘の心境はいかばかりだったろうか。子爵の館に設えられた、海を一望できるテラスからその身を投げたという。遺体は数日後、番頭が揚がった砂浜に流れ着いたらしい――


「……体中、ひどいアザだらけだったそうだ」

 館に入ってから、娘はどれほどの凌辱を受けたのだろうか。想像するだけで身につまされる。


「ひどい……」

 メグが絞り出すように一言発した。ビルが彼女にそっと寄り添うと、手を取り合って互いを気遣う様子を見せる。


 隣のエリーは俯いて静かに聞いている。彼女の肩にそっと手を添えると弾かれたように険しい表情でこちらを見つめたかと思えば、静かにひとすじ涙を流した。


「王が貴族に課している税が重すぎるためにやむなくやっている、なんてデマも流れてるわ。領主も悪いがもっと悪いのは王国、だそうよ。大変ね、ご主人様も」


 ライザが市場で聞いてきたらしく、忌々し気に語る。


「現王は好色だからって、若い娘は人さらいを恐れて家から出てこないっていうわ。アタシも早く戻れって言われたくらいだし。『嬢ちゃん可愛いから、連れていかれちゃうよ。早く帰んな』だってさ。愚王、好色王、簒奪王……ひどい言われようよ、どうする? へ・い・か?」


 なんで嬉しそうなんだ、お前は。


「好色ってところは否定できないところもあるもんね、ダンくんの場合」

 ミミが意地悪な視線を向けてくる。


「冗談。全否定だっ。……さて、子爵はうまく怒りの矛先をかわしているようだ。悪知恵の働く奴のようだし、これはますます放置できなくなったな」


 エリーが力強く頷く。

「このままにすれば先ほどの商家のような犠牲がまた増えるかもしれない」


「以上が子爵に対しての噂のすべてだ。明日調査を重ねて判断しよう。皆、頼んだぞ」


 ◆◆◆


 翌日。同じように集まった場で、ミミは薄めた蜂蜜酒(ミード)のジョッキを美味しそうにあおると一息つき、口を開く。


「ふう。おいしーね、これ! えと、お昼過ぎから屋敷を調べてたんだけどさ。カンペキに黒! 真っ黒だよあそこ」


「具体的に何かわかったのか?」

「いやだってさ、この間のフリフリお嬢様を襲ってたどスケベ連中! アイツらが屋敷の中にいたんだよ。腕やら足やらに包帯巻いてて痛々しかったけど!」


 治療が行える魔術師というのはそう数がいるわけではない。魔法に頼らない治療法としては、魔力を練りこんだ膏薬を患部に塗り、包帯を巻いて数日、ってのが一般的だ。


 あの時の連中が子爵の屋敷に。衛兵たちは支配下なのか元々グルなのか、ってことだな。ますます市街の盗賊のほうも、子爵が断然怪しくなってきたわけだが……。


「次は、我らの時間かのお?」

 今度は先ほどから大人しくしていたクロエが口を開いた。


「ん? そう言うってことは、確信めいたネタを持って来たってことか?」


「ふふん。真打は最後に、ってね! 今日も郊外で盗賊被害があったことは知ってるわよね? アタシら見たのよ。……って襲われた直後だけどね。んで見た感じケガもなさそうだったから、二手に分かれることにしたの。アタシが商人を救護して、お館様が盗賊の後をこっそり追ったわけ」


 ライザが腕を組んで指を振りながら得意げに話す。しかしこれには驚いた。


「襲われた連中には気の毒だが、その場で倒さないなんて。お前たちにしてはいい判断だったかもな」


 途端にクロエが渋い顔をする。

「ほめられた気がせんのは気のせいかのう?」


「ほめてるさ、もちろん! で、連中の行き先は?」

「うむ。空から追ったらまあまあ立派な屋敷に入ったのでな、誰の持ち物かのうと辺りを窺っておったらほれ、木陰に見慣れた尻尾が見えたわけじゃ」


 そう言ってクロエはミミの尻尾をペロンと持ち上げる。「ひゃっ」とミミが背筋を伸ばす。


「そ、そうなんよ。突然背後から『おぬし、なーにやっとるんじゃ』なんて声を掛けられたもんだからびっくりしたってゆーか、偵察中に背後取られたの、何気に初めてだから地味にショックってゆーか」


「つながった!」

 エリーが元気よく立ち上がった。


「ああ。これで、領主であるトラントフ子爵がすべての黒幕ということで確定だな」


 見渡すとみな一様に頷いてくれる。まあ付き合いもそこそこ長い。俺の考えてることなんてとっくにお見通しだろうけどな。

「じゃあ明日は殴り込みだ! いくぞてめーら!」


 ……掛け声は見事にバラバラな、なんとも締まらないものとなったのは言うまでもない。


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