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2 神輿は軽くてバカがいい

今回は1部最終話のエピソードを含んでいます(改稿時に移設しました)。

 財務卿からの書類など、税収か予算の話題に決まってる。開ける前からすでに気が重いんだが、覚悟を決めて届いた書類を開く。


 橋の架け替え要求に関しての相談とある。その程度のこと、いちいち聞かずにやってくれと思いつつ読み進めると、どうやらいつもと勝手が違う。


 財務官僚いわく、そもそも案件が多すぎるという点、類似性が多い点も気になるが、何より案件のすべてが、辿っていくと東の街にたどり着く、だと……? 特定の業者との癒着。ふむ、調査されたし、か。また面倒な案件にならなければいいが。


 ところで王の決裁が必要な書類。こんなものが手元に届くようになった背景は、少し説明する必要があるだろう。



 ――半年前のあの日、我がライフェルト王国はその正統な血統を永久に失い、滅亡した。


 全てはパトリック・リチャードソンなる帝国の将校が企てたとされるクーデターによるものだ。


 しかし、たかが一将校がそのような大それた計画を実行できるはずもなく、我々はパトリックと現れた帝国兵のことについてオルレーヌ帝国に事情説明を求めた。だが、その際やってきた全権大使が返した答えには唖然とするほかなかった。


「え……? 知らないってどういうこと?」

 エリーが大使との会談議事録から目を上げて信じられない、とでも言いたげに呟いた。


 まず、パトリック・リチャードソンと称する帝国軍の現役将校、ならびに王国に乗り込んできた帝国軍の部隊と称する集団について、国内照会の結果該当する人物、ならびに部隊は存在しないとされた。


 すべてはそのパトリック何某の狂言ではないか、と。


 あり得ない。あれほどの大部隊を個人の狂言ベースでお膳立てできるはずがない。明らかな責任回避だが残念ながら証拠がない。少し思案したが、この際あえてそのシナリオに乗ってやることにした。


「狂言、と」

「左様にございます」


「パトリック何某は諜報武官だったと専らの噂だ。それに身分を隠した貴国の兵士が、いまだに我が国に潜伏し転覆の機会をうかがっているとの情報もあるが?」


「それは全くの憶測でしょう。まず、我が国は現状変更を望んでおりません。主権国家としての理性と知性を持ち、国際社会に貢献したいと皇帝自ら語っている通りであります」


「帝国は慢性的な農地不足だ。我が国の東部南部に広がる穀倉地帯はさぞ魅力的であろう? かつては平原を求めて西進してきた経緯もある貴国だ。我々としては素直にはいそうですか、と納得できるものでもない」


「繰り返しとなりますが、我が国は現状変更を望んでおりません。そもそも貴国と我が国との間には、相互不可侵の条約が存在します。法と秩序を是とするこの世において、国同士の約束を違えることなど」


 どの口がほざく、このペテン師め。


「確かに条約は順守しなければならないな。お互いに。……ということで狂言という表現は、帝国の正式な回答ということでよろしいか?」


「わたくしが全権代理の権限をもって、正式回答とさせていただきます」


 背後でペンが素早く走る音が微かに響く。


「よろしい。つまり今回の一連の事件は王国内部を混乱に陥れるだけの情報力と、帝国の装備を模倣できるほどの資金力がある第三の組織の存在を強く示唆するものだと、そういうことですな? これはもう、両国にとって共通の深刻な脅威であることは間違いないでしょう」


 そのとおりですな、としたり顔で頷く大使。ホッとしてるのがバレバレだぞ?


「今後は領内で見つけ次第、排除するしかないですなぁ」

「貴国の領内ならば、そうされるのが妥当かと」


「しかし困った。どうやって区別しましょうか。難しいでしょうねぇ。何せ精巧な模倣ですから」

「ふむ。確かに看破は難しいでしょうが、そもそも我が帝国の軍隊が貴国に侵入することなど万に一つもございませんから、問題ないのでは?」


「ああなるほど。言われてみればそうですな! ならそのような者が再び国内に現れた際には、守護竜が即座に対応するこということにしよう。よろしいな? 全権大使殿」


「えっ? 守護竜殿が、でございますか?」

「我が領内のことだ。なにか問題が?」

「……いいえ、何もございません」


「よし、ならそういうことで。我が国は正体が不明な集団の跳梁には毅然とした態度で臨む所存だ。今後とも帝国とは相互不可侵のもと、よい関係を保ちたいものだな――」



「なにこの結論。ウォーレナ。あなた、してやったわね」

エリーが議事録から目を離すと可笑しそうに笑った。


 ということで今後は現状変更しようと仮に軍を出してきても、守護竜が出張るので実質何もできなくなった、ということになる。

 「帝国の正規軍」か、「正規軍の精巧な模倣をする資金力のある集団」の区別なんて付かないからなぁ。なにせ精巧だし、きっと統率も取れているだろうから。


 とはいえ早急に内政を立て直す必要がある。


 まずは当面の安定化を図るため、クロエの眷属を派遣してもらうことにした。普段は人を疎ましく遠ざける翼竜の面々も、さすがに今回の事件には同情的だった。

それぞれの国境近くや砦、存命の貴族などへの監視と情報収集を行ってもらっている。


 その間に王城の復旧、騎士団の再編成、臨時議会の招集などを手伝う中で慌ただしく時が過ぎていった。



 慌ただしさがひと段落したある日。


「は? いまなんて?」


 お茶をボケーっと飲んでいた俺に、宰相が呆れた顔で繰り返す。

「ですから、あなたがなさればよろしい。国王にはあなたが最適格だと申し上げたのです」


「えー、むりー」「や、お前やれー」などと綱引きをしていたのだが、いつの間にかあれよあれよと決まっていき数日後。


 これは悪い夢なんだろうか。なんだか妙な気持だが、担ぐものが必要ならばそれを演じることもまぁ必要なんだろう。気持ちはわかる。

 拠り所がなければ人は生きていけない。強き者は自らの腕を頼るのもいいだろう。だが民にはそれが必要なことは言うまでもない。守護竜との縁がある俺は、その立場として確かに適格なのだろう。


 迷いもあったが、俺はその役割を演じることに決めた。


 象徴君主制。難しいことは端折るが、守護竜と象徴たる君主は政治に関与せず、政府と議会、そして国民にゆだねる制度だ。


 それならやるよ、君主。と無理筋を言ったつもりだったんだが「それ、いいんじゃね」とばかりに大臣や宮中伯の連中が決めてしまった。ただ今までのように議会に握られるきらいがあったので、竜族の何人かに政府に入ってもらうことで抑止力を加えている、らしい。


 「国王陛下、御出座ぁー!!」


 修理が終わり再びその威容を取り戻した謁見の間に立つ。ただし今度は壇上だ。

 醒めるような赤絨毯の両脇には、顔ぶれがずいぶん若返った議員や貴族が居並ぶ。


 そんななか革靴と王錫の音も軽やかに彼らの眼前に威風堂々と立つ。俺は象徴。彼らの規範であり、よりどころだ。どうせなら、憧れの存在でありたい。


「諸君、初代国王、ウォーレナ・グレンヴィルである! いま、我が名において、新生ライフェルト王国の建国をここに宣言す!」


 間髪おかず鳴り響く拍手の嵐。「新国王万歳」の掛け声。いつまでもいつまでも鳴り響いて――



「そろそろ思い出しました? 御身の『お立場』ってやつ」

「わかった、わかったからその言い方やめろ、ギル」

「だから勝手に王城抜け出すのやめようって言ったのに。ギルもいい迷惑よね? あーかわいそ」


 今日は王城をこっそり出て、近所のダンジョンに息抜き……いや、メグとビル、双子の稽古を付けに行ったのだが、それがバレた。で、今こうして詰められている。


 さっきから俺に説教かましてるこの男はギルバート。前職は北鷹騎士団団長。俺が騎士団をクビになったあと、後釜に団長に据えられた不幸な奴だ。先王が暗殺され新たな体制とした際、すべての騎士団は一旦解体した。その再編の中で彼は近衛騎士団長として、主に俺の身辺警護(不要なんだが)役として側についている。


 どこまでも不幸な奴ということで『バッドラック・ナイト(不遇騎士)』とニックネームをつけられる始末。まぁその、頑張ってほしい。


 エリーもかつては同じ騎士団に所属していた。彼とも顔なじみどころか長年共に戦ってきた戦友だ。彼女にしては珍しい砕けた物言いも、俺たちの関係を考えれば自然なものだろう。


「もし何かあったら色々面倒ですよ? 特に城のお歴々になんて言い訳するんです」

「いやだって王城の中、窮屈だし。……あ、そういや」


「またそうやって話をそらそうとする」

「違う、大事な話だ。昨今王国内で不穏な動きがいくつか見られると言っていた件だが」


 ギルバードはまさか本当に真面目な話をしだすと思っていなかったのか、慌てた様子で返事をする。

「あ、は、はい。みなかなり確度の高い話として挙がって来ております。が、騎士団が調査に向かうと何も出てこず」


「そりゃあ大人数で乗り込んだところで正々堂々行ったところで皆隠すわな……そうだ、いいこと思いついた」


「きっとロクでもないことでしょうが、なんでしょう陛下」

「ロクでもないってなんだよ? 不敬罪で縛り上げてやろうか?」


 自分の首を掴むようなしぐさを見せてやるとギルバードは大げさに慌てる、ふりをする。

「滅相もない。陛下に忠誠を誓っておりますれば……というわけでいいこと、とは?」


「俺が見てきてやるよ、不正の現場。んで必要があったら正してくる」


「うわ、想像以上にロクでもなかった。そんなの、ダメに決まってるでしょう」

 彼はわかりやすく迷惑そうな表情を見せる。これは演技ではなく本心だろう。


「一応偉いんだよな、俺? 言われ方ひどくないか? ……でも隠密行動するなら、多分最適格だぜ? 俺のパーティー」


 その言葉に腰に手を当てため息をつく。とことん失礼な奴だ。

「陛下がふらふら行動したら、いったいどうやってお守りすればよいのですか」


「俺たち、警護必要?」

「……不要ですね。陛下が敵わないとすれば、大部隊の軍隊か……あるいは竜か神くらいのものでしょうから。そんな事態、もはや戦争です」


「なら決定。すぐ行くから。いいな」

「いやでもお待ちください、あなた様は」


「これは王命。いいな?」

「はあ……御意。くれぐれも無茶なさらないように。近衛は陰ながらお支えします」


 肩をすくめたギルバードは、それ以上口答えすることはなかった。わがままな王様ですまんな。



 ――そんなわけでなんだか妙ないきさつで王となり、今度は王国の内情を調査、必要によっては粛正を行う旅をする。……そんな建前で、結局は王城が窮屈過ぎて飛び出してきたというわけだ。


 これも王国を支える一つのカタチ……別にいいだろ? じいちゃん。


 そして我々は、いち商人とその護衛の冒険者パーティーとしてこの街に入っている。宿屋の主人も、俺が代金に金貨を渡したところで比重を確かめやがったから、身分はバレてないと見て良いだろう。


 当面は正体を隠したまま調査と情報収集。あとのミッションは……今夜のミミの猛攻をしのぎ切り、エリーの機嫌をいかにして直すか、かな。


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