44 力の解放と欲する者
「ライザ、エリーをカバーしてくれ! エリー、バフありったけ頼む!」
「了解!」「わかったわよ、ったくこっちは手出せないってのに!」
早速名を上げようとしたのか。突っかかってきた兵士を鞘から抜き放つ一閃で切り結ぶ……かと思えばエルザに鍛えられた白銀鋼の魔法剣は、相手の剣と胴体を一刀のもとまるで飴細工のように切り飛ばした。
うへえ、なんだよこの剣。周りの兵士がざわっ、とどよめく。
「何を恐れている!? どんなに手練れだろうが相手はたった四人! 囲めば沈む! やれ!」
帝国兵ということなら遠慮は不要だった。懐から素早く呪文書を抜き出し片手でパッと広げる。ふわり流れる羊皮紙に向かい叫ぶ。
「火嵐・発動!」
途端に少し離れた前方で凶悪な炎の竜巻が巻き起こる。突如現れた火炎の暴力に巻き込まれる者、鎧が熱せられ悲鳴を上げる者、入り乱れて混乱が生じた。
エリーの神への畏怖も効果を発揮しているようで、攻め手が鈍った。この隙にエリーとライザは周りの兵士を転倒や金縛りで転ばせたり拘束したりしながら謁見の間の一角に走る。囲まれるのを防ぐためだ。
先ほどこんがり焼けて倒れた奴からシールドを拝借し、高らかに打ち鳴らす。
「さあ、死にたい奴からかかってこい!」
卑怯な連中に、掛ける慈悲などない。
部屋の隅に陣取り、エリーを背後に隠しつつライザが盾と剣を持ち防戦に、俺が積極的に攻撃することでライザは竜の盟約を守りつつ戦闘を続けられている。
エリーのバフや遅滞魔法の効果もあり、俺たちの戦闘はその後安定して数を減らすことに成功しているが、部屋のもう一方で起きている戦闘はというと、お世辞にもいい展開とは言えない。
竜の盟約に従い、国家間の争いに関与できないクロエはパトリックに手を出せない。対して奴はそんなものお構いなしの攻勢一辺倒。おまけにその手に怪しく輝く剣はドラゴンスレイヤー。竜を屠るために神が人に授けた最終兵器だ。
ただ避けるだけでは時間稼ぎにもならない。エリーがクロエにも時折回復やバフを掛けてくれているが、早いところ目の前の兵どもを始末して彼女の加勢をしてやらないと……しかしこいつら数が多い。
「ご主人様! あれではお館様が!!」
ライザが盾と剣で四、五人をまとめて防ぎつつ叫ぶ。
「そうだな、しゃーない。アレ使うか」
「ご主人様、まさか、っと!」
ライザが驚きの声を上げるが兵士の攻めにあわてて意識を戻す。
「さすがにこれだけの数、相手するには骨が折れる。仕方ないだろう、……古竜の加護を解放する。……エリー」
「な、なに?」
「また、迷惑かけちゃうかもしれないけど……ごめんな」
「ウォーレナ……大丈夫よ。いってらっしゃい」
背後から優しく、しかし力強く返事が返ってきた。
「ありがとう。……契約に従い力の解放を望まん。加護の扉を開かんと欲す我が名はウォーレナ。答えよ南天の古竜クロエ」
すると少し離れたところでクロエがパトリックの攻撃を避けながら叫ぶ。
「はぁ!? ここでか!? ……まぁ確かに手は、ないの! よかろう、使え!」
身体の中で何かのスイッチが切り替わるのを感じたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
◆ ◆ ◆
我の力を解放したウォーレナはまさに鬼神の化身かと見まがう動きを見せている。
涼しい顔をして重装甲兵を盾ごと胴から真っ二つ。さすがにこの姿を目の当たりにした帝国兵はたじろぎ包囲がじわりと広がっていく。しかしその及び腰の兵を追いかけては鉄の装甲を紙のように切り裂いていく。さらに逃げる、追いつき斬る。
逃げ惑う帝国兵どもに辟易したのか。壁を吹き飛ばしてそのまま数人外に落としよった。そろそろ屋根も切り飛ばしそうな勢いじゃの。
あの無表情で切りつける姿も手伝ってか、悲鳴を上げて背を向けるものもあらわれる始末じゃ。もはや帝国兵は相手になっていない。
これが我の加護。人の心をなくして敵をすべて薙ぎ払うか、自身の命が燃え尽きるまで驚異的な能力を持って戦闘を続ける加護『戦神降臨』。
敵と認識したものをただひたすらにせん滅する暴力装置。
お主にはそれをなるべく使って欲しくはなかったんじゃが……今回ばかりは仕方ない。すまぬ、我が役立たずじゃからの。せいぜい時間稼ぎするかの。
「うわぁ、すごいですねウォーレナは。まさに狂戦士。こわいこわい」
小童は主の戦いを冷やかしながらも得物を振り回す。アレに付与されているものは一種の呪い。我ら竜族に対しての特別なバフが掛けられているという。
近くにいるだけで神経毒のようなデバフを食らっているような。だんだん動きが鈍くなっていく自覚がある。
「あれでは取り巻きも間もなく倒されてしまうのではないか? そうなればあのバケモン、次はこっちにやってくるぞ?」
「そうですねぇ、なので早いところ倒されてくれませんか、ねっ」
勢いよく切りつけてくるものの、主のそれとは比べるべくもない。へなちょこ剣技じゃ。しかし得物のほうははさすがじゃ。かすっただけでダメージを与えてくる。
ときおりエリーが回復してくれるので死にはしないが、じわじわと削られる感覚はなんとも慣れぬ。おまけにデバフも無視できぬ。徐々に身体の動きが鈍くなってきた。
これからも攻撃を食らわない自信は正直、ない。じゃが。
「それは無理な相談じゃのう!」
「しかし言葉通り手も足も出せないこの状況。ただのなぶり殺しになってしまいますよ?」
おーおー、余裕しゃくしゃくじゃのお。まったく腹の立つ小童じゃ。
「それでも我は、我が敬愛する神の命に従い、この地に、この王国に報いねばならないっ……!」
「滑稽ですね! あなたが報いるとおっしゃる王国はもう跡形も無くなってしまったことを、いい加減ご納得されたらいかがですかな!?」
その言葉にはた、と気づいてしまった。
なるほど、そういうことじゃな。この小童もたまにはいいことを言うではないか。
「ほう。たしかに……それもそうじゃな」
「へ?」
なんじゃ小童。我の言葉に虚を突かれたか? 若いのう。
それか自らの剣を足で踏んで止められた事実に驚いているのか? それとも我のようなカワイイ女子に止められたことがショックなのかのう? まあよい、どのみちこれで終わりじゃ。
「なるほど確かに小童の言う通りじゃ。我が守護すべき国は滅んだ。そうじゃな」
「え、ええ。そう言っています」
突然の質問に驚いたのか小童。ずいぶん素直にお返事するではないか。
「そうかそうか。国がないのなら、我は国家間の争いには巻き込まれてはおらんということじゃな」
「え? ……あ、や! それはちが」
「いやそれを聞いて安堵したぞ小童。それなら我は安心してやりあえる。準備運動は終わりじゃ。では始めようか。……竜殺しの称号を欲する者よ」




