43 疑惑と真実
「わかってくれてうれしい。……さて、そなたには名と家名を復する許可を与えるのに合わせ騎士団長への復職、ならびに現在の領地を管轄する辺境伯に就いてもらおうと思う。異存はないか」
領地換えを行わず爵位だけを与える。生活への影響を考慮した采配……と見せかけての監視下に置きつつも中央から離し、政権に影響を与えないようにしたいという意図もくみ取れなくない。
騎士団の面倒をみるためには王都に足繁く通わねばならない。未開拓地ゆえの整備に金を使わせて必要以上に力を蓄えさせなくさせ、のちの反抗の意思をそぐ……というのは昔読んだ異国の本に書かれていたか。
俺の根性が曲がっているだけなのかもしれないが、一度疑問に思うとすべての事柄が罠のように見えてしまう。疑惑の芽は早いうちに摘んでおきたい。
「非常に破格のお取り計らい。もったいないお言葉でございます。ただ……最後にお聞きしたいことが」
「ん? なんなりと申せ」
俺の言葉を了承ととったのか、声が上ずっている。機嫌がいい。
「有難きお言葉、感謝いたします。では早速。先王が討たれたのは何処でしょうか?」
「うむ。東の荘園であるが……それがどうしたというのか」
本当か? それが事実なら先ほどまでの話が成り立たないはずだ。別な理由で先王は討たれたのではないのだろうか?
「いえ、後日先王が身罷られた地に鎮魂の花を手向けたく思いまして。このような時期に荘園に参られるご用件とは、何だったのでございましょう?」
暫定国王は考えるそぶりを見せる。顎に手をそえ、何かを思い出そうとしているのか。
「確か新たな花の品種についての報告を受けに行かれたと聞いている。あれは花卉の一大産地であるからな。王家の重要な収入源であるから、今回は特別に先王御自ら参られたのであろう。そのような場を利用するとは、騎士の風上にも置けぬ」
「ということは、先王はめったに荘園へは参られることはなかったと?」
「うむ。普段は家臣の誰かに代行させていたのではなかろうか。あっても年に一、二度程度ではないか。今回のような新品種報告の折にしか参られなかったと……先ほどからいかがした?」
恐らくこれはウソだ。今までの話と辻褄が合わない点も含め、これは……。
「いえ。あと帝国に助力を頼んだとのことでしたが」
「ああ。私が依頼した」
「なるほど。それに関しても少し気になる点があるのですが」
「……なにがであるか」
途端に探るような視線を俺に向ける。さすがに疑っていることに気づいたか?
「陛下が先王の崩御を知ったのはここ、王城かと存じます。そうでしたね?」
「うむ。そうであるが?」
「やはりそうなのですか……そうなると少々おかしなことになるのですが」
「……どういう、ことだ?」
「はっ」とクロエが小馬鹿にしたように笑う。
「なにか」と暫定国王が返すも、「なんも」と手をヒラヒラとさせ続きを促す。
「失礼。あまりに早すぎるのです、部隊の展開が。東の荘園までは早馬でも三日はかかるでしょう。そして帝国国境まではどんなに飛ばしてもそこから更に一週間。着いたその日に助力を得て取って返しても早馬と軍隊の行軍速度の差を加味せずとも、二週間では王都までたどり着けません」
「……」
「それに先ほど陛下は私にこうおっしゃった。『クーデターにより王家は半月ほど前に滅んだ』と。ご存じのとおり王都から私が住むノーウォルドまで、どれだけ急いでも二週間はかかります」
豪奢な椅子に腰かける彼はひじ掛けをトントンとせわしなく指で叩く。いらだっているのだろうか。
「……あとは簡単な算術です。この期間で暗殺を果たし帝国軍が王都まで入って私をお召しになるためには、騎士団がクーデターを起こすという『筋書き』では無理があるということになります」
彼は微動だにしない。ただひじ掛けを叩く指は速度を増している。
「あるいはあらかじめ文官を私に差し向けるというのはいかがでしょう。その日に暗殺が起こることを知っていれば、可能です」
ひじ掛けの指が固く閉じられた。
「または今までのお話はすべて嘘で、先王を害したのが実は帝国だった……としたら辻褄はすべて」
「おもしろいことを言う。ウォーレナ。君は物書きにでもなったほうがいいのでは?」
彼が俺の言葉をさえぎって苛立たしそうに口を開いた。
「このまま隠居出来たらそれもいいですね。ああそれと。最後にとっておきの情報ですが……先王は荘園近くに豪邸をお造りになって、妾を囲っていたそうですね。月に二度通うこともあったそうですが?」
「ふむ。知らない方がいいこともあると、そう思わないかい? ウォーレナ」
「……どうやら、爵位は辞退した方がよさそうですね」
「残念だ、ウォーレナ。本当に残念だよ。……皆の者。ウォーレナは乱心した。即刻捕らえよ。殺しても構わん。仲間も同様だ。だが聖女は生け捕りにせよ」
「へえ。エリーの魅力に気づいている奴が他にもいたとは。よかったなエリー」
「冗談。私、優男はタイプじゃないの」
「ほう、気が合うのう。我も同感じゃ」
「おおっと、クロエ様。始める前に一つ言っておかないといけないことが。この部屋にいる者たち。すべて帝国臣民である。この意味。おわかりですな、クロエ殿?」
「……国家間の争いに守護竜は干渉せざるべし、じゃろ。わかっておるわ。しかし無念よのお。このまま我は何もできずただ傍観するしかないということか」
「いえいえそんなお手間は取らせませんよクロエ様。我々が丸腰であなたの前に居るわけがない……そう思うでしょう?」
「ほう。まーた骨董品を出してきたものじゃ。我も見たのは三百年ぶりくらいかの」
「さすが自らを殺すことができる武具のことはご存じでしたか」
ドラゴンスレイヤー。なんてもん引っ張り出してやがんだ!
守護竜が住まう国にそれぞれ一振り、大陸に四振り存在するとされている。唯一竜と人とが均衡を保つことができるよう、神が人に下賜したとされる武器。
「ウォーレナほどではないが、私もそこそこ鍛えていてね。これさえあれば私も竜殺しに名を連ねることができるかもしれないと考えると……滾りますねえ」
鞘から抜き出した直後から噴き出す怪しい気配。あっという間に部屋を包み込む。
赤い刀身はさながら血に飢えた獣が、まるで得物を見つけたかようにギラリと輝く。
「クロエ様? あなたは私に手を出せない。だが私に名声をもたらすため、貴重な犠牲になっていただく。そしてウォーレナ。いくら貴方が強かろうが、これだけの重装兵相手にどこまで頑張っていただけるか楽しみです。では。始めさせてもらいましょうか」




