42 謁見と予想外の展開
謁見の時間を待つ間、控えの間で四人、静かに出番を待つ。一年ぶりの王城はそれほど変わった様子は見られなかった。ただ見ない顔が増えた、そんな印象だった。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
文官の促すまま謁見の間へと続く廊下を進む。天井の高い豪奢な造りは大陸随一であることは有名であり、厳かな雰囲気を十二分に醸している。しかし控えの間に入る前から感じているこの違和感は何だろう。
「なにやら今日はずいぶんすっきりしとるの。いつものヒラヒラがないではないか」
クロエが前を見上げながらトコトコあるく。
そうだ。この違和感。柱という柱すべてに王国旗が立てられてないのだ。以前は廊下の柱一本一本にかけられていた旗が、今日は取り外されている。
「ウォーレナ準男爵殿、ご入場ぉー!」
謁見の間の扉が開け放たれた瞬間、さらに違和感は大きくなる。
柱の旗に加え、正面壁の両脇に掲げられるべき国旗と国王旗がいずれも掛けられていない。
そしていつもは中央の廊下を挟んで居並ぶ文官や貴族たちも半分以下、いやそのまた半分か。ただ今回は叙爵の対象が俺だけなんだろうと考えれば貴族連中がそれほどいないことも納得できないわけでもない。
気になるのがそれ以外だ。やたら近衛の数が多い気がする。中には重装甲兵の姿も。どういうことだ? この連中。嫌な感じだ。
「これ、どういうこと……?」
エリーもさすがにその違和感に気づいたようだった。小声でたずねてくるが「わからん。だが気をつけろ」としか言いようがない。
「気をつけろって、どうしろってのよ……」
隣でボヤく相棒を一瞥し、正面に向き直る。
「守護竜クロエ殿、従者ライザ殿。ならびにウォーレナ・グレンヴィル、聖女エレノア・カートライト。お召しに従いただいま登城いたしました」
エリーのこと、久しぶりに愛称でなく名前を口にした……などと感慨に浸っている場合ではない。
「よくぞ参られた、前へ」
奥の方の文官だろうか、彼の声のまま歩みを進める。
謁見の間の中ほどまで進み、膝をつく。クロエは……守護竜なのでそのようなことはしない。文官数人が恭しく設置した椅子に座ると早速足を組んでふんぞり返っている。実に偉そうなちみっこだ。ライザはクロエの背後に控える。
「暫定国王陛下はまもなく御出座になる。そのまま控えよ」
「はっ」
そして周りを盗み見る。見た顔も中にはいるにはいるが、半数以上見たことない連中だ。ここ半年で文官や議員の入れ替えが相当数あったということだろうか。それとも先王の崩御に合わせて入れ替えを行ったのだろうか。
「暫定国王陛下、御出座ぁー!!」
文官の宣言にみな頭を下げる。数人がふかふかの絨毯を踏みしめる音がして、隣でふんぞり返っているはずのクロエが「は?」と小さくつぶやいた。
「皆の者。表をあげよ」
ずいぶん若い声、しかも男!? 恐る恐る上げた視線の先には、玉座の前に立つ優男。仕立ての良い正装に身を包み、柔らかな笑みを浮かべて優雅にたたずんでいる。
誰だ……この男は? 第一王女が王位を継いだのではないのか? 王女の名代か?
男は両の腕を広げ、口を開いた。
「お初にお目にかかる……でよいのだろうか。私は暫定国王を拝命している」
そこでわずかに口をゆがめ……たように見えたのは気のせいだろうか。
「パトリック・リチャードソンである。以後、よろしく頼むぞ」
パトリック。その名前を聞いた瞬間心臓がドクリと跳ねた。コイツ、タリン姫の婚約者じゃないのか!? こいつが暫定国王!?
慌てて謁見の間の上手側を見るがタリン姫はおろか王族の関係者がなぜか一人もいない。
いや、それらしき者は居るにはいるのだ。だが何の冗談だろうか、総入れ替えされていると表現するのが適切だろう、見知った顔は一人もいない。一体何が起きている!?
「……ウォーレナ殿?」
「あ、いや、失礼しました。なにぶん、登城は久方ぶりで。か、勝手を忘れてしまったようです」
いかん、動揺しすぎて何言ってるかわからん。周りからは失笑が漏れ聞こえる。
暫定国王が軽く手を挙げて場を落ち着かせる。
「よい。じき慣れる。それより本題に入ろう。そなたには」
「おい。その前に……貴様、何者じゃ?」
クロエ~!! それ言っちゃう!? 今言っちゃう!?
「ん? ふむ、なるほど。確かに事情の説明が必要か……。よかろう、順を追って説明しよう。楽にしてくれ」
いきなり投げつけられた不遜な言葉にも動じることなく、暫定国王は玉座に向かうとゆったりと腰掛ける。
「まず私は王国の宮廷伯として主に内務を任されていた者だ。本来ならばここに居ること自体、考えられない。これは私自身が自覚していることだ。しかしやむにやまれぬ事情が起きてしまった」
「事情、とは」
「現在王都に私より位の高い者が居なくなってしまったのだ。実は……」
その後彼は、足を組み替えたっぷり勿体つけた後、とんでもないことを口にした。
「騎士団のクーデターにより、王家は半月ほど前に滅んでしまったのだ」
騎士団がクーデター!? この言葉には一番の衝撃を受けた。
「な! ど、どの騎士団です」
「……北鷹騎士団、だ」
「まさか、彼らが……信じられない」
エリーも俺と同じ感想を抱いたようだ。当然か。俺たちが大事に育てた騎士団だ。軽々に王家に牙をむくような連中ではない。
彼が言うには、以前から俺を解任したことを不満に思っていた者が多かったという。外遊中の王を護衛する任についていた中での事件ということだが、警備が手薄なところを闇討ちしたとのことだった。
「信じられぬのも無理はないが、事実だ。残念だよ」
彼はかぶりを振りながら悔しがる。まずは話を全て聞こう。質問はそれからでも遅くない。
時を同じくして王城内でも北鷹騎士団が王族や王政派の議員などを次々と殺害していったという。聞けば聞くほどにわかに信じ難い話が続く。
「唯一クーデターに加わらなかった彼女が傷を負いつつも私に知らせてくれなければ、私も危なかったかもしれない」
彼の脇に控えていたドレス姿の女性が一歩歩み出た。彼は彼女の手を取り見上げる。女性はパトリックを見つめて頬を染めほほえむ。
「あの人、まさかソニア……!?」
エリーが呟いたことで思い至った。驚いた。雰囲気が変わっていて全く気付かなかった。あれは騎兵大隊の副長、名はソニアといったはずだ。
「幸い数人の近衛が居たので私は難を逃れたが、残念ながら先王に忠義を尽くしてくれていた者はほとんど命を落としてしまった」
しばらく場に沈黙が流れた。貴族や議員が少ないのはそのせいか。
「我々はあまりに多くの者を失った。今我が国は混乱の最中にある。国を束ねる強い柱が必要なのだ」
「それが私を田舎からお呼びになられた理由でしょうか。ですがそれこそ国父たる殿下こそが、唯一柱たりえるのではないのでしょうか?」
暫定国王は自虐的な笑みを浮かべ手を振った。
「世辞はいらん。……確かに私が強ければそれもよいだろう。だが実際は人に守られてようやく命永らえている身。武により秀でた者に皆の希望になってもらった方が良いではないか。強いものにすがりたい、それは人の自然な欲求だ」
「強さの基準は、なにも武勇だけとは限らないと存じますが」
「ふふ。貴殿とこのまま強さについての議論を続けるのも悪くはないが……周りがそろそろ飽きてくるころかもしれぬ。私が決めたのだ。従ってもらうぞ」
「……了解しました」
解せん。今までの話すべてが気に入らない。何より大きな矛盾が存在する。




