41 かくれんぼと王都からの知らせ
「もういい加減にしてくれえ!」
「いいじゃんダンくん! さっきもエリーとばっかイチャイチャして! ちょっとはウチともイチャイチャしよーよお!」
朝っぱらからなぜか俺はミミに追いかけられている。なんでも朝食の時エリーとイチャイチャしている(ように本人には見えたらしい)のを見たミミが「ウチも~!」とねだってきたのだ。
そしてなぜか俺は逃げ出し、ミミが追いかける。そんなことになってしまっている。
追われれば逃げる。摂理だ。
「そういうの、間に合ってるから!」
「ウチがぜんっぜん間に合ってないんですけどぉ!?」
うお、アイツ足速ええ。このままじゃ追いつかれる……と気づけばそこにはエルザの作業部屋。これ幸いとドアを開けするりと中に入る。
「入るぞ」
「あら、ご主人様。気忙しいこと」
振り返ったエルザは柔らかく微笑んだ。ああ、癒される……ってそれどころじゃない。
「すまんエルザ、少しかくまってくれ」
「……構いませんよ。こちらにどうぞ」
少し思案した様子の彼女は椅子を少し引きスカートをたくし上げた。白い太ももがまぶしく悩ましい。
「そ、そこ?」
「さ、お早く」
「ああくそ、失礼」
机の下に潜り込むと、彼女の広めのスカートにすっぽり覆われた。そこにひざ掛けだろうか、重めの布が掛けられたようだった。さらにエルザが太ももを閉じた。必然的に顔がぎゅっと挟まれる格好となる。
「うあ」
暗闇のなか両の頬を暖かな太ももに挟まれ、たまらず情けない声が出る。
「お静かに」
間を置かず部屋の扉がノックされ、扉が開く音がする。ミミが入ってきたようだった。
それにしても……すっげえいい匂い……。
「エルザさん、ここにダンくん来なかった?」
「あらミミちゃん、おはよう。ご主人様? ここにはお見えになってないわよ」
暗闇に慣れてきた俺の眼前には、彼女の両足の付け根辺りにある白い布切れが。
思わず目を閉じるが意識すればするほど彼女の匂いが、先ほどの光景が、徐々に俺の理性を突き崩していく。
はやく出て行ってくれー! 俺の! 理性が! 決壊する!!
「んもうどこ行ったのさぁ。ダンく~ん!」
慌ただしく駆け出す音。呼応する扉の音。ミミはどうやら別の場所を探しに行ってくれたようだ。助かった……。
ひざ掛けとスカートをめくりあげてエルザが小声で話しかけてくる。
「行きましたよ」
「すまない、助かった」
「せっかくですから、もう少し堪能されていきます?」
エルザ……わざとだよね? 他にも隠れるところ、あるもんね?
「いや、遠慮しておく」
彼女は「それは残念です」とにっこり微笑んで解放してくれた。
立ち上がる時、うっかり太ももに触れてしまったからか、彼女が「んっ……」と悩ましい吐息をはいた。
「あっ、ご、ごめん」
「いつでも、いくらでもどうぞ? ……ところでなにかあったんですか?」
返答にどぎまぎしつつも何とか経緯を説明する。途端にエルザはコロコロと笑い出した。
「ふふっ。ご主人様も可愛がって差し上げればよろしいのに。案外意地悪なんですね」
「よしてくれよ、そういうの苦手なの、エルザだって知ってるだろう」
「そうでしたわね。本当、不器用なお方ですからね。ふふ、かわいい」
ほっとけ。不器用なんじゃない、迷惑がかかるから避けてるんだっ。
「でも、そういうところも皆が魅力に思っているのですよ、きっと。もちろん私も」
「恥ずかしいからもう勘弁してくれ……っと邪魔したな、それじゃこれで」
「あっ、少々お待ちを。……こちら、仕上がりましたよ」
エルザは一振りの剣を差し出した。これは以前俺が彼女に頼んでいた……
「魔法付与、終わったのか!? やった。ちなみに付与は」
「ええ。ご要望のとおりに」
留め金を外し、鞘からすらりと抜き放つ。白銀鋼のロングソード。普通の鉄より白く輝き、軽い。これで強度は鉄以上というのだから有難がられるのは必定か。
柄に魔物から取り出した魔石が埋め込まれている。この石を触媒としてあらゆる魔法を剣に付与することができる、らしい。今回は強化、打撃、鋭化を付与してくれている。
「ありがとう。騎士団で使っていたものは国の物だって回収されちゃったから正直困っていたんだ。これで遠慮なく振り回せる」
鞘にパチンと小気味よい音を立て、すんなりと収まる。作りの良い剣だ。ギルドマスターが集めた人材は伊達ではないということか。
併せていくつか頼んでいた呪文書も受け取り、礼を言って部屋を出ようとすると、俺の袖をつまんで不満そうな表情をする。
「ん? どうした?」
「私だって、可愛がって欲しい時もあるんですよ?」
頬を染めうらめしそうな様子で見上げる彼女。普段淑やかである分、破壊力は抜群だ。
「あー! ダンくんどこ隠れてたの? 逃げるとかひどくない!?」
リビングに戻るとミミが不満そうに立ち上がって出迎えた。
「悪かったよ。また今度、な?」
「……とりあえずギュッてして頭なでて」
口をとがらせてミミが上目づかいに睨んでくる。怖いというより、かわいいだな。
ご要望どおりしてやるとニマーッと笑って尻尾をゆらゆら揺らす。ご機嫌はとりあえず取れた……のか?
そんな中、エリーが困惑した表情で俺の下にやってくる。
「兄さん。……お客さんがみえてるわ」
「ん? 誰?」
「……陛下からの使者よ。とりあえず応接室にお通ししてる」
ええ? もう鉱山のこと嗅ぎつけてきたのか? 早くね?
「わ、わかった。クロエを呼んできてくれ。エリーと三人で会おう」
「お待たせしました」と応接室の扉を開けると、王室の文官がひとり。こちらを見るなり立ち上がり、うやうやしく礼をする。
お互い挨拶もそこそこに、席を勧めると軽く一礼して腰掛ける。
早速用向きを尋ねると、彼は懐から一通の封書を取り出す。陛下の封蝋が施されている。どうやら正式の文書らしい。
目を通し始めてまもなく見過ごせない記述が飛び込んでくる。
「! ……陛下が崩御!?」
文官は沈痛な面持ちで頷く。
十分に目を通してからクロエに手渡す。
端的にいえば陛下が急逝したため、第一王女が暫定国王に即位した。暫定国王は俺の待遇をよく思っておらず、名誉を回復させ、叙爵させたい。そして再び騎士団を指揮してほしい、ついてはすみやかに登城されたし……とのことらしい。
「今更じゃの。じゃが得心した」
クロエが不満そうに鼻を鳴らしてエリーに手渡す。
「何が納得いったんだ?」
「いやなに。二、三週間ほど前に帝国の一団が王都に入ったという噂を聞いておったのじゃ。ドンパチはなかったそうじゃから、何らかの使節の類と思うておったのじゃが……なるほど。葬儀に参列でもしておったのじゃな」
しかし我に声をかけぬとは水臭い連中じゃ、などとブツブツ文句を言っているのをなだめようとする中、文官が続いた。空気読もうね……
「暫定国王は三日後に叙爵式を行いたいとの仰せです」
「三日!? ずいぶん急だな」
王都からここまで通常馬で二十日は掛かる。三日後などというのは飛竜を使役する自分たちでないとおよそ実現不可能な日程。そんなに急ぐほどのことなのだろうか?
「はい。現在前国王の急逝により国内政情が不安定化しております。つまり……」
「一刻も早く騎士団の体制を正常化し、安定させたいと」
文官は軽くうなずく。
「仰せの通りでございます」
「もしいやだ、と言ったら?」
「……王命に、ござりますれば」
「俺は爵位もない、ましては騎士でもないタダの自由民だが?」
彼はすこし逡巡したが、やがて言いにくそうに口を開いた。
「ウォーレナ様はすでに非公式ながら準男爵でいらっしゃいます」
「……搦め手を使ってくるのは相変わらずだな」
嫌味ったらしく言ってやった言葉に、文官は首をすぼめて恐縮する。
「返す言葉もございません。しかし王国の危機を前に我々は」
「なりふり構ってられないってわけか……しょうがないか」
「行くのか、主よ」
クロエが様々な思いを込めた確認だろう。その表情は俺を気遣う母親のような表情だ。
ありがとう。本音でいうと行きたくない。けれどいつの間にか貴族にされちゃっている俺に、実質拒否権はない。
「正直気は進まないが、反逆者扱いはさすがに勘弁してほしいからな」
「ふむ。……仕方あるまい、では我も花の一つでも手向けてやろうぞ」
「はぁ。ま、先王がお隠れになられたというなら、仕方ないかもしれないわね」
エリーは一切諦めたかのようなため息をつきつつ、同意してくれた。
「二人ともすまない。俺とエリー、クロエとライザで行こう。エルザにはミミと双子とで留守番を頼むことにする」
その日の午後にはあわただしく出発することになった。
ちょうど蛮族征伐からの帰還から、半年が経とうとしていた。




