4 教育係と双子の初陣
「さて、じゃあ聞かせてもらおうか」
翌日。朝食をとった後二人並べたうえでこう切り出した。ちなみに食事は昨日もらった大量のセロリを消費すべく、大鍋いっぱいに拵えた野菜と干し肉のポトフだ。明後日くらいまでは続くだろう。実に楽でいい。
話によれば二人は双子、歳は十四ということだ。互いに姉だ、兄だと言ってるのはそういうことか。ま、そこは正直どうでもいい。気になるところはそこじゃない。
ここから馬で三日といったところにある町の商家、その主人が妾に産ませた子だそうだ。正妻からの嫌がらせがひどく、つらくなって逃げだした、そうだ。
「そうか、苦労したんだな」
声を掛けると二人は互いにチラリと目を合わせると、そのまま縮こまった。
まあ、ウソだな。
だが俺をだまして金品を奪いたいという意図からではないだろう。これはそうだな、身分を偽りたい嘘だ。まあいい。なにか妙なことをした時点で斬るなり自警団に突き出すなりすればいいだけだ。
「事情はまあ、分かった。取引だ。俺はお前らに剣と魔法の基礎を教える。お前らは労働力を提供する。そこはいいな?」
双子は神妙な顔で頷く。ビルには力仕事、メグは家事を任せる。午前中に仕事は終わらせ、午後はそれぞれを訓練する。たまに息抜きと実践がてら周辺探索ということにした。
「あ、あのそれと」
メグがもじもじしながら口を開いた。なんだ? 便所か?
「よ、夜の方は……経験がないのですが、が、頑張りますので」
思わず椅子から転げ落ちそうになった。何言ってるんだこのガキは。
「あのな、俺はお前みたいな貧相なガキをどうこうするような趣味は持ち合わせちゃいない。安心しろ、頼まれたって手は出さねえよ。そんな気回すより家事をキッチリやれ」
耳まで真っ赤なメグと「お前何言ってんの!?」などと叫ぶやかましいビルを二人食堂に放置し、俺は農園仕事に向かった。
◆◆◆
双子はなかなかに飲み込みが速かった。数日でビルは基本の型はすぐにモノにしたし、メグも火系統魔法である火弾――俺が廃屋で男にお見舞いしたアレだ――をはじめ初歩の魔法をいくつか使えるようになった。鍛えれば更に伸びるだろう。
今日は調査がてら周辺を探索する。村の住人の話では、森には多少魔獣が出るそうだが、よほどのことがない限りは平原に出てくることはないそうだ。平和だな。実にいい。
生息する魔獣のレベル感を知るため分け入ってみた。かれこれ小一時間回ったが、これでは肩慣らしにもならない。まぁ二人にはちょうど良かったか。
出会ったのは魔物崩れの狼と小型の人型が数匹。いずれも群れからはじき出されたはぐれだろう。もっと奥の方に生息地があるのかもしれない。森から出てこないところを見るとそれなりに食料は充実しているのだろう。
「ま、住民にはありがたい話、か。よしビル、メグ。訓練の成果を見せてみろ。ヤバくなったらいつでも守ってやる。安心して一度戦ってみろ」
少し離れた場所に居る人型が二体。連中、足も遅いし数もちょうどいい。
「わ、わかったよ。お師匠」
「がんばります、ダンさん」
小石を投げつけてやったらこちらに気づいた。奇声を発しながらこちらに向かって走ってくる。けど走ったら転ぶぞ? ……ほら転んだ。
「うおい、お師匠! 何してんだよ!」
「手間を減らしてやったんだ感謝しろ。ほら、さっさと対処」
口動かす前に手動かせ。いつも言ってんだろ。ほら姉ちゃん見てみろ。
「撃ちます! ……火弾!」
メグがすかさず魔法をうつ。小さな火球が一体に向かって真っすぐ飛んでいく。なかなかの精度だ。狙い違わず敵に命中。多少ダメージが入ったか。粗末な装備にも燃え移ったようだ。ボーナスチャーンス。悲鳴をあげつつその場に倒れ、転がり暴れている。
火系統魔法はこういうメリットがある。ちょうどそれを知れるいい機会になった。
「すっげー! んじゃあ俺はこっちだな!」
ビルが遅れて駆けてきたもう一体に対峙する。大振りの棍棒を冷静に盾で打ち返す。がら空きの腹に鋭い一閃。もんどりうって倒れたところにとどめの一撃を加えると、敵はあっという間に大人しくなった。
「よっしゃあ!」
ビルがガッツポーズを見せる。火に包まれていた方も先ほどから動かなくなった。戦闘終了だ。二人笑顔でハイタッチする様は見ていてほほえましい。
「初戦勝利おめでとう。これからもその調子でいこう。だがまだ一体目だ。こんなもんかと油断するのが一番危ない。戦闘の反省点や改善点を互いに共有して次につなげていけ。お前たちは見知った関係だ。他の奴らより連携も取れる。役割の欠点を補いあい、二人で高め合っていけるはずだ。互いを信じて努力しろ。お前たちならできる」
二人が目を輝かせて見つめてくる。柄にもないことを言った。頬が熱い。若干はずかしい。
このあとも数体魔物くずれや野犬などの類に出くわしたが危なげなく処理できた。このまま目に付く薬草やキノコなどを集めながら歩くのも悪くないが、陽が落ちる前に家に戻ってざっくりはいだだけの狼の皮をなめしておきたい。
戻り道の小川で二人に見せつつ手早く皮を処理したあと家に戻る。が、なにやら様子がおかしい。家の前に数人の人だかりができている。
一旦立ち止まり、三人で首を傾げる。
「おいビル。お前、なんかやらかしたか?」
「お師匠、俺への評価ひどくない?」
ジト目で見上げるなわが弟子よ。ふむ、思い当たる点なしか。ならば……。
あれ? 俺、なんかやっちゃいました?
警戒して近づくと、人だかりの中のひと周り背の小さな者が、大きく手を振るのが見えた。
「兄さん!」
一声発するとその手入れの行き届いた銀髪をなびかせながら、跳ねるように駆けてくる。
……ホント言いつけを守らないやつだ。
「あー、久しぶりエリー」
「ふふ。来ちゃった!……って」
うん、見りゃわかるよ。てかお前、彼女かよ。ん? あれれ? なんで急に真顔に?
「ねぇ兄さん……その女、なに?」
困ったことになりそうな予感しかしない。
ただ穏やかに暮らしたいだけなのだが。