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39 活況と違和感

 いまノーウォルドの町はにわかに活気に満ちていた。なんでもこれほどの景気は未だかつてない程だという。


 これまでこの町で見たこともないような力自慢の男たちが、昼はシャベルやピッケルを手に荷馬車に乗って山に向かう。


 彼らの必需品を扱う商人が軒を連ねる。宿を提供する者、食事を提供する者もあらわれる。


 日が傾けば酒場で夜ごと酒を酌み交わす。当然そこに給仕や相手の女性、夜の商売人も続々と集まる。


 そんなわけで人口は鉱山を始める前の五倍近くになったと聞く。しかもまだまだ増えるらしい。住宅事情が目下の課題だそうだ。大工も降って湧いたような儲け口に、どんどん集まってきているという。


 昼も夜も、ここがかつて北の辺境と呼ばれていた面影など微塵もなくしていた。


 ノーウォルドは全く別の町に生まれ変わってしまったのだ。


 理由はいわずもがな。領地内に突如として現れた白銀鋼(しろがねこう)の鉱脈のおかげだ。そのため鉱山労働者として多くの労働者が集まってきたから、らしい。


 金の集まるところに人は集まる。


 先日ノーウォルドのギルドマスターに相談したところ、ほどなく腕利きの鉱物商人をつれてきた。その商人と山師が一目露頭を見てええっ、と驚いたかと思えば一月ほどでこの活況だ。推定埋蔵量は世界屈指だという。


 そして商人は首をかしげる。

「税金をどこに納めればよいのかわからないのです」と。


 確かに。

 この土地、そして身分。土地は国からもらったものだが爵位もない自由な立場。税金を払えともいわれていない。


「いらないんじゃないか? 俺の土地だし」


 何気なくそう言ったら「それは勘弁してください!」と押し問答の末、粗鋼出荷量に応じた税を俺に納めるということになった。すでに粗鋼の代金を受け取っているのにだ。


 ちなみになぜ税金を納めなくてもよいのか。商人なりに調べたらしいが、どうもそのタイミングあたりから税のことを言わなくなった気がする。何か役人から聞いたのだろうか。


 とにかくただでさえ使い切れないほどあった金が更に増えているわけだ。


 これが辺境伯でもなっていたなら城をつくる、兵を雇う、とかあるんだろうけど隣国の侵犯を気にしなくてよいこのお土地柄。そんな投資は無駄でしかない。


 なので寄付という形で盗賊除けとして街の周囲に申し訳程度の防壁や衛兵の詰め所、門などを設置するよう手配した。資材のうち土は鉱山からいくらでも出てくるのでそれを粘土などと混ぜて焼き固めレンガを作るための工場ができたりしている。


 さすがにギルドや町の連中も、酒場では俺の正体が何なのか? 憶測を並べては酒の肴にし始めているらしい。これはもう、正体がバレるのも時間の問題かもしれない。


 それにこれだけ大々的にやっているわけだから、早晩王国側からなんらかの接触はあると思って間違いない。


 これまでなんの金銭的価値のない北の僻地だったとされた土地。だが今や掘れば溢れる豊かな金の泉と化したのだから。


「お、ダンナ! いつもお世話になってまさあ」

 声に振り返ると外壁などを担当している大工頭のひとりだった。


「ああ、いつもごくろうさん。今日は上がりかい?」

「へえ。今の現場のキリがよかったんで職人は早上がりさせやした。どうです、今から一杯?」


 頭はコップをあおる仕草を見せる。まだ少し日は高いが……まぁいいか!


「いいのかい? 実は俺も今日はゆっくり飲みたくてね」

「なんでえなんでえ、別嬪侍らして飲むのは落ち着かねぇってですかい?」


 肘でウリウリとやってくるもんだから苦笑いで返す。

「よしてくれ。男だけで飲みたいときって、アンタもあるだろ」


 頭はガッハッハと大笑いする。

「ちげえねえ。よし、ならとっておきに行きやしょう」




「え、なんだって?」


 何杯かエールが入り若干ふわふわした脳を総動員して尋ねる。ツマミのナッツがうまい。


「だから、愛人。妾。……ほらこれ。しってるだろ?」

 科を作るな、気色悪いなぁ。


「ああ、幸い言葉だけは人並みに。しかしそれホントか?」


「仲間ウチじゃ有名な話さ。王が妾のために東のリゾートに豪邸おっ建てたってのは」

「へえ。あの王が、ねぇ」


「俺も大工として入りたかったんだが、運悪く別の現場にかかりっきりでよ。いやあ、あの時は儲けそこなった」


 あの立派なお腹をふるわせて笑う王の姿を何とか思い出す。やはりあの姿からはどうにも妾、なんてワードなど無縁に思えてしまう。


「ここだけの話、そこでメイドやってる知り合いによるとだ、お忍びで月に何度も来るんだってよ。んで来たらきたで朝まで“あの”声が止まねぇってんだから大した種馬っぷりよ。しかも相手の歳は十七っていうじゃねぇか。もしかして自分の娘より年下じゃねぇのか?」


 とある姫の顔が脳裏に浮かび、途端に苦い気分になる。それ確実に年下だわ。


「へえ。そりゃまたお盛んなこって」

 くぴりとエールのカップを傾ける。


「だろ? あの歳でようやるぜ。……おいねーちゃん! もう二杯!」

「ああ……そうだな」


 確か東には王家の直轄領があったか。花卉(かき)の生産が盛んと聞いたことがある。王家の重要な収入源の一つ、とも。


 ふいに昔を思い出す――


「――こちらのお花の名前、ご存じないんですの? ウォーレナ様」

「え、ええ。武人な故、そのようなものに触れてこなかったので。申し訳ありません」


「まったく、仕方ありませんわね、いいこと? この花は――」


 タリン姫が懇切丁寧に教えてくれた。はずだったのだが今となってはどんな花だったかも思い出せない。


「そういやダンナはお貴族様じゃあねえんですかい?」

「そんなご身分だったらこんなところでアンタと飲んでると思うか?」


 頭はにんまり笑ってジョッキを掲げる。


「ははぁ、ちげえねえ。なら安心だな!」

「……どういうことだ?」


「はぁ? 知らねえのかい? こりゃとんだ能天気……あいや胆力の持ち主かもな。ダンナ、いくらなんでも今のこの町の活況、おかしいと思わねぇかい?」

「うーん、確かに有用な鉱石とは知っているが、ここまでとは」


「そりゃあなダンナ。需要が見込まれるからだよ」

「需要」


「戦だよ戦。どうやら帝国の動きが最近きな臭いってんでな? 東の連中はいま戦々恐々よ」


 戦とは穏やかでない。


「ほう。何かあったのか」


「国境付近の帝国兵が最近増えてるらしいんでさあ。で奴さん、ちょくちょく国境も越えてきてるらしい。んで騎士団や辺境伯たちとで小競り合いをチャンチャンバラバラやらかしてるらしいですぜ」

「そりゃあ、確かにおだやかじゃないな」


「だろう? で商人たちは気が早えから私財や女子供を南部の親戚に移す、なんてこともやってるらしいしな。ま、もっとも? 俺たちのような根無し草や貧乏人にゃ関係ねえことだがな! がっはっは!」


「帝国が……この時期に?」


 今の話が本当なら、張り付いているのはおそらく東の騎士団。西はグルカ砦の防備に回ってしまったし北の騎士団は実質機能不全だろうから、いま動ける騎士団は南だけ。……この状況は偶然なのだろうか。


「なに辛気臭い顔してんだいダンナ! ほら、もっと飲もうぜ」

「あ、ああ」


 大工頭の声に思索の沼から引き揚げられた目の前には、新たにやってきたエールのジョッキ。促されるままカコンと打ち合わせ、俺たちは今日何度目かの乾杯をした。


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寝取られ追放された最強騎士団長のおっさん、
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