38 買い物デートとペアアクセ
「こんなところに寝ころんで。何みてるんだか」
夕食が終わってテラスに寝ころび夜空を眺めていると、めずらしく声がかかった。
視界一杯の星空にシルエットが割り込んでくる。暗くて判然とはしなかったが、声と雰囲気でライザだとすぐわかった。
「ん、星をながめてる」
「星……? そんなの珍しくもなんともないじゃない。何が楽しいんだか」
「そうでもないさ。お前も眺めてみたらどうだ?」
「ええ? 別にいいわよ」
「いいから寝ころんで見てみろよ。案外いいもんだぞ」
そのまま視線を星空に戻す。背後でライザはなにやら呟いていたが、近くに腰を下ろしたような音がした。
「あ! 流れ星!」
先ほどからライザが流れる星を見つけるたび指をさして歓声を上げる。
「今夜は一年のうちで流れ星が多い日だからな。見つけるのは割と簡単だろ?」
「あ、また! ……綺麗ね」
「ああ、キレイだな」
しばらく二人で寝ころんで時折流れる流れ星を見上げていた。
どれくらいたっただろうか。気づけばライザの視線を感じる。何気なく見返したら意外に近いところに彼女が居てびっくりする。
「うお」
「ね、ご、主人様」
なんだかぎこちない表情。……緊張しているのか? ついついこちらも身構えてしまう。
「あ? な、なに?」
「明日、アタシと出かけよ」
会話の内容と仏頂面のアンバランスさがひどい。
「そりゃまた唐突だな、なんで?」
「なんでも。いいでしょ? いこ」
「まぁ用事はないから……いいけど? 他の連中は」
「アタシと二人で。約束。ね?」
ああ、わかったと解らぬまま返事をすると、ライザは勢いよく起き上がった。
「じゃ、明日ね。おやすみ!」
とだけ告げるとライザはさっさと家に入っていった。
翌日。皆の視線を一身に浴びながらライザの背中に乗る。
「じゃあ、ちょっと出かけてくるから」
「どーぞごゆっくり。……お昼ごはん無いからね」
エリーの機嫌が超絶悪い中、ライザとふたり南の街に買い物に出かける。昼ごはんはないということは、夜はあるのか。助かる。
流れる景色に目を細めつつ、俺を運ぶライザに視線を落とす。
やはり飛竜は速い。絶対的なパワーという面では他の竜種にゆずるが、こと飛ぶ速度において彼女らは群を抜いている。
もっともパワーにおいても竜種のなかではというだけで、その圧倒的な力はヒエラルキーの頂点に相応しいものを備えている。伊達に岩山を吹き飛ばせるわけではない。
喧嘩相手としては絶対に避けて通るべき存在のうちのひとつ、といえるだろう。
しかしライザも何の因果でクロエのお付きになったのだろうか。彼らのコミュニティについて詳しいわけではないから、その理由までは知らないし彼女たちに聞いたこともない。
一族の掟的なものだろうか。聞いたら教えてくれるのだろうか。
そんな埒もないことに思いを巡らせていたら、あっという間に街の近くにたどり着く。
「わあ、相変わらず賑やかね! ノーウォルドとは大違い!」
「おいおいそんなにはしゃぐなって。迷子になるぞ」
そういってライザの手を取ると「ひゃっ!」と小さく叫んだライザが手を引っ込め後ずさる。
「なななななななに!?」
「え、なにって、迷子になったらいけないから手をつなごうかと」
「だっだだからっていきなり手を掴むふつう!?」
ライザは引っ込めた手をかばう仕草を見せる。俺、狂犬かなにかか?
「え、いやそんなに驚くことか?」
「お、おおお驚いてなんか!」
はは~ん。わかってしまいましたよ?
こいつもしかして、自分から触るのは平気だけど、触られるのに免疫がないのか? これは思わぬ弱点を発見したぞ。よし、今日はこれでイジることにしよう。
「いいから、ほら。迷子になったらダメだろ?」
「え、あ……はい」
はい!? 今こいつ、「はい」って言った?
差し出した俺の手を取るかとるまいか逡巡したあげく、おずおずと手を差し出してくる。
そんな様子に悪戯心がもたげちゃった俺はパっとライザの手を取った。
「ひゃっ」
「何してんだ、いくぞ」
「う、うん」
なんだ? おもしろいんだが?
「ところでさ。聞いてなかったんだが、今日の目的はなんだ?」
「え!? あ、そうね! 目的ね! えっと……そう、買いたいものの相談がしたくて!」
「買い物? だったら俺なんかよりエリーとかのほうが」
「いっ!? いやいやいや、ご主人様じゃないとダメなの! お、男の人の意見がー、なんというか大事? だから!」
「ふーん、そんなもんなのか。で、何を買うんだ?」
「そんなに慌てなくても。ほらその、ついでに他も、見て回りたいし?」
「なるほどそれもそうだな。わかったよ、今日はとことん付き合うさ」
「ホント? うれしい、ありがとう!」
おいおいなんだか今日はやたらに素直だな。どういう風の吹き回しだろう。
このあと服や靴、カバンなどの店を色々回る。女性の買い物が長いことはもはや世界の定理であるのでそれについて異論はない。ただ……
「これはどうかしら? ね、こっちとこっち、どっちがいい?」
なんて事あるごとに尋ねてくるもんだからこっちも気が抜けない。適当な返しをしたら最後、「ちゃんと見て。……ね?」と途端に剣呑な雰囲気となるからだ。
そうして何軒目かを回ったところだった。会計を済ませて店を出ると、そこにはある意味よく見る光景が広がっていた。
「なぁいいだろ。俺たちとあそぼうぜ」
先に店を出ていたライザを数人の男が絡んでいる。どんな街にも一定数いるんだよな、こういう手合い。ノーウォルドでは顔が知れてきたからか最近絡んでくる奴はいなくなったが、ここではそうはいくまい。
「もう、うっとうしいわね。あんた達いい加減に」
「そんなこと言わずにさ、あっちの酒場で飲もうぜ」
そういってライザの腕を掴もうとする男の手を払い、彼女を引き寄せる。
「俺の連れに何か用か」
「ご主人様、すみません。面倒なのに絡まれました」
ライザが申し訳なさそうに面倒くさがる。
「んだてめえ? 邪魔すんのか」
「この子の主人だけど。そっちこそ買い物の邪魔しないでもらいたい」
そのあとはお決まりの流れで乱闘騒ぎとなり全員沈めたところで衛兵が現れた。あれやこれやと尋ねられ辟易としたが、ライザや周りにある店の店主などの証言により何とか無罪放免となったのは帰り際ギリギリの頃だった。
「すみません、ご主人様。アタシがさっさとケリをつけておけば」
「いや? もしライザが直接手を出していたら、喧嘩の原因がお前であるとされていたかもしれなかったから、これで良かったんだよ。それに」
「それに?」
「困ってる女の子は助けないとな。……ってじいちゃんの受け売りなんだけど」
「ご主人様……ありがとう。それにうれしい」
「うれしいって、何が?」
俺の問いにライザがはにかむような笑顔を見せた。
「アタシのこと女の子って言ってくれるの、ご主人様だけだから」
「なにいってんだよライザ。どう見ても女の子だろ? それよりライザ。お前つくづく運がないというか。いっそお守りでも持ってた方がいいんじゃないか?」
途端にライザが毒気を抜かれたような表情でがっくり肩を落とした。なんで?
「それよりって……もう。それにお守りって……あ。そうだ! ご主人様、アタシ欲しいお守りあったの! それ買いに行こ?」
「そんなのあったんだ。いいよ、それ買って帰ろうか」
ずいぶんと自然な感じで手をつなぎながら目抜き通りを歩く。ライザはずいぶんと機嫌がいいようだ。どうやら今日は満足いく内容だったのだろう。よかった。
「ここだよ」と彼女が指さしたのは街の入り口近くにある雑貨屋。ここ割と早い時間に一度入ったよな?
ライザは迷うことなく棚から何やら商品をつまみ上げ、こちらを振り向く。
「ね、これ。ご主人様にどうかなって」
差し出された彼女の手には魔物の牙で作られた男物のブレスレットが輝いていた。
「え? 俺? いやライザのお守りを見繕ってたんじゃ」
「アタシはこれ。ふふ、おそろい」
もう片方の手には女性用と思しき似たデザインのチョーカー。
「おそろいって、子供かよ……ま、いいか。じゃあ俺が買ってやるよ」
「……いいの?」
ライザがチョーカーを口元に寄せ、小首を傾げて尋ねてくる。ホントに今日はどうした? かわいいんだが?
「もうあんな悪そうな虫が寄ってくんのは俺もゴメンだからさ。まぁ俺の厄落としも兼ねて、ってところだから買わせて欲しい。それとも余計だったか?」
「ううん、そんなことない! うれしい、すっごくうれしいよ!」
「そうか、よかった。これでお前の運の悪さも失せるといいな?」
「うん、そうだね! 大事に、絶対大事にするから。ありがとう、ご主人様!」
互いのアクセサリーを見せ合いながら笑った。ライザのチョーカーと俺のブレスレット。夕日を受けキラリと輝いた。
そしてそれらを見ながら無邪気に笑うライザを、なんだか愛しくおもえた。