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37 砦の偵察と地図変更(物理)

「みんな、国を守るためにひと肌脱ぐ気はないか?」


 田舎でスローライフを送るというささやかな夢をかなぐり捨ててまで発した言葉に、クロエは一瞬キョトンとしたがすぐに大笑いした。ひとしきり笑ったあと涙をぬぐいながら話し始めた。


 なんで笑うんだよ!?


「国を守る? それはまたずいぶん大きく出たの。今度はいったい何をするつもりじゃ」

「今のところは、まずは砦を手当てする必要があると思っている」


「待って。砦って、あのグルカ砦よね!? 冗談でしょ、前回落とすのだってあれほど苦労したのに。いくらクロエ様たちがいらっしゃるからって、これだけの戦力でどうしようっていうの」


 エリーが過去の砦攻めを思い起こしながらだろう、即座に声を上げる。こういった軍議で常に別視点の意見を出してくれる。バランスの良さが彼女の持ち味だ。


「ああ、その通りだ。どうしようもない。だからもちろんいきなり出撃だ! ってわけじゃないさ。そこまで俺もバカじゃない。まずは状況を見極めたいと思っている。もうすでに蛮族が入っているなら攻め手も考えないとだしな。なのでエルザ、ライザ」


「何でしょう、ご主人様、なんなりと」

「手間をかけさせてすまないんだが、様子を見てきてほしいんだ。砦の様子はもちろん、蛮族の支配地域の手前まで。奴らの動きが知りたい」


「そんなこと。お安い御用よ、ご主人様! 早速いってくるわ。いこ、姉さん」


 勢いよく部屋を飛び出したライザに「あらあらそんな慌てなくても」とのんびり立ち上がるエルザ。つくづく対照的な姉妹だ。



「砦の件はあいつらに任せるとして……さて、クロエ。話は変わるが最近の他の古竜たちとの関係はどうだ?」


 クロエはさも楽しそうな表情を浮かべてこちらを見る。

「ほ、面白いことを聞くの、主よ。といってもな、いつも通りじゃ」

「いつもどおり」


「うむ。次は決着をつけるだの、いつかブチ殺すだの、まぁ楽しくじゃれ合っておるよ」


 それってめちゃくちゃ仲悪いやつじゃん……。


「そんな中でもそうじゃの、東の竜はいつも我に突っかかってくるの。歳は向こうがたしか……こほん、ほんのちょっと若いのじゃが、少々気が強いところがあってのう。事ある毎に我に絡んできよる。いわゆる『構ってちゃん』とでもいうのか? つくづく相手するのが面倒な奴なんじゃ」


 それはあまりクロエと変わらないのでは? という言葉は飲み込んでおく。


「まぁ、そうは言っておるが実際我ら同士で戦ったことなどは、少なくとも我らの代では一度もないの。ちなみに先代以前のことは知らん」


 こちらは現時点ではよくわからない、か。何かあれば教えてくれるだろうから下手に干渉しない方がいいのかもしれない。




 二人が帰ってきたのは夜半過ぎだった。リビングに俺たちを呼び出してから、疲れの色を毛ほども見せずにライザは意気揚々と報告を始めた。


「王国の連中、案外ちゃんとしてて驚いたわ。早速グルカ砦に増派して防備を固めようとしていたから。軍旗を見る限り、えーと西……西……」


西豹(さいひょう)騎士団」

 ライザが詰まり、エルザが静かにつっこむ。


「そう! その西豹騎士団と辺境伯の共同軍ぽい。蛮族もまだ奥の扇状地に現れていなかったから、どうやら砦は取られずに間に合いそうよ?」


「そういうことなら、どうやら私たちは出ていかずに済みそうね。よかった」

 その報告を聞いてエリーは胸をなでおろした様子だった。


「私としては戦にならなくて残念だけどねー? 最近暴れ足りないから」

 ライザの言葉を受け、エルザが「なにいってるの」とたしなめる。


「じゃあ蛮族は今どこまで進出を?」

「えーと、奴らの支配地域と砦の間の渓谷、知ってるでしょ? あそこに入る手前で野営のための陣を張ってたわ。明日明後日にも砦前の扇状地に進出ってところね。でも進軍はたぶん無理だとおもう」


「ん? なんでそう言えるんだ?」

「崩してきたから」


「何を?」

「うん? 渓谷」


「えーと、また山を?」

「大丈夫! いい感じに埋めてきたから。偵察のついでに」

「ついでに」


 蛮族の支配地域と王国の平原を隔てている長い山脈。それを鋭く切りつけたように走る峡谷。ここをこいつらは埋めてきた、というのだ。乱暴にも程がある。


「あの、ライザさんや。埋めてきたって、川をせき止めたりしちゃってないよな?」

「バカにしないでもらえるご主人様? 姉さんも居たんだから、そんなヘマするわけないでしょ」


 ライザはわかりやすく頬をふくらませる。まぁそれならとりあえずはよかった。鉄砲水とか勘弁だからな?


「いや、しかしなんで今まで思いつかなかったんだろうね?」

「あんな乱暴な発想をするのはライザくらいよ……」


 エルザは頭が痛いのか、しきりに眉間を押さえながらやっとのことで返事をしている。


「いやー、この間の喧嘩を思い出してさ。いけるんじゃないかなー? って」


 喧嘩や思い付きで山の地形を変えられたら地図屋はたまったもんじゃないな。


 だがあの渓谷をつぶしておけば連中は大回りを余儀なくされる。奴らにとって今後の進出の妨げになることは明白だった。森などが少ない安全なルートはあそこだけだったから、実質奴らの進出は阻止できたようなものだった。


 竜族。かの種族のやること成すことは時に予想や想像を超える。

 今回の件、なんで今までそうしなかったかといえば、ひとえにそんな常識外れなことを人間はできないからだ。当然端から考えない。そういうことだろう。自分だって今まで思いつきもしなかった。


 しかし、とエリーがあきれ顔で口を開く。

「ダンが砦に行くって言いだしたときはさすがに肝が冷えたわよ……思い付きで言うようなことじゃないからね」


 エリーに怒られてしまった。


「そうだな、ごめんみんな。……じゃあ遠出の必要もなくなったし、ちょっと飲むか。二人をねぎらわないと」


「えっ、今から!? まぁいいんだけれど何かツマミになるようなのあったかしら」

 エリーはあわててキッチンに走っていく。


「そう来なくっちゃご主人様!」

 ライザが元気にはしゃぎだした。



 そんな感じで俺の決意はあっさりとくじかれた。

 蛮族を止めなければという一心でみんなには無茶なことを言ってしまったこと、今となっては申し訳ない気持ちしかない。


「ホント熱くなると周りが見えなくなるのぉ、相変わらずよねぇ~」

 エリーが適度に酒の入った様子で頬を赤くしつつ、呂律もあやしく俺をいじる。ああもう、今夜は好きにいじってくれ。


 けれど正直ここで暮らしているみんなにとっては、くじかれてよかったのかもしれない。自分のエゴに引っ張りまわすのも気の毒だろうし、まずは明日も何事もなく畑仕事ができることを喜ぶべきなのだろう。


 クロエの言う通り、すでに軍属でもなきゃ貴族として王家に忠誠を誓っているわけでもない俺が、そもそもやることでもないしな。


 ただクロエにはお勤めを果たしてもらう必要はあるんだよな……。あれだけ言ったから大丈夫だろうとは思うけど、明日もう一度言っておかないと。


 双子の件も片付いたし、そろそろ畑も拡大したいなあ。鉱石の取引も始めたいし。これは忙しくなるかもしれない。


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