33 暴露と契約
知っていることすべてを話せば解放することを条件に男は話し始めた。
男によると、依頼主はヒルソン商会の後妻だという。双子を連れてこいとの依頼だったらしい。
ヒルソン商会。詳しくは知らないが、確か東のほうの材木を一手に扱う大店だったはずだ。砦建設計画の折にちらと主人の姿を見たことがある。
双子を攫いたかった理由は聞かされていないそうだ。ただあそこは正妻が昨年死んですぐに今の後妻が入ったらしいのだが、どうも自分の連れ子に家を継がせたいらしく正妻の子である双子が目障りなのではということらしい。
いったん口が開けばこっちが聞いてないこともベラベラ話し出した。手間が省けてちょうどいい。
しかしあいつら商家は商家でもあんな大店のご令嬢だったのか。しかも継承権付きときたもんだ。厄介な立場だな。大方政略結婚の道具にするか、連れ戻したあと秘密裏に消すつもりだったのだろう。
あとは後妻のことを一通りゲロして落ち着いた様子の男をいったん倉庫に押し込む。それから双子を呼んで事情の確認を行う。
ほどなく「今までだましていてすみません」と素直に謝った。
本当のこと聞かせてくれるかと問いかける俺に、二人は静かに頷いた。
「母が亡くなってからしばらくは父と私たち二人、あと使用人たちで暮らしていました。さみしくなかったと言えばウソになりますが、いつまでも後ろを見て生きていくわけにもいきません。そんな気持ちで前を向いて暮らし始めたのがつい半年ほど前です」
その後すぐに後妻が家に入ったそうだ。その後はよくあるお家乗っ取り。二人は後妻に毎日のように虐げられ、たまらず家を飛び出した。各地を転々としたがあっという間に路銀は尽き、最後にノーウォルドへ流れ着いたと。そのあとは俺も知っている通りだ。
これまでのいきさつから俺に出会うまでのことを一通り話した後、メグはあっと小さく声を出し、照れたように頬をかいた。
「そういえばボクの本名、名乗ってませんでしたね。ボクはマーガレット・ヒルソン。そして」
「ベアトリス・ヒルソンです。今までだましていてごめんなさい、みなさん」
そして再び深々と頭を下げる。
「ひとつ聞きたい。なに、とてもシンプルな質問だ」
二人は神妙な表情で俺の言葉を待つ。
「このまま家を捨て身分を隠し……俺たちと一緒に暮らしたいか?」
その言葉に二人は互いの顔を見合わせ軽くうなずきあった。そして俺をまっすぐに見つめ――
いったん倉庫に押し込んでいた男を引っ張り出してきて床に転がした。自分の命がどうなるのか、気が気ではないだろう。すっかり色をなくした表情でこちらを見上げる。
「さて、アンタの言ったことは無事裏が取れたよ。とりあえず嘘は言ってないようだ」
「じゃあ、助けてくれるんだな?」
せき込むように男が聞いてくるのを手で制した。男の隣にしゃがむと肩に手を回して話しかける。
「まぁ落ち着け。それは今後のアンタの働きにかかっている」
「どういうことだ? こ、これ以上なにをすればいい」
「なに、簡単さ……アンタはこのまま雇い主のところに帰って、『野盗に襲われた。双子も含め、自分以外全滅した』と報告しろ」
「そ、そんなことでいいのか?」
怪訝そうな表情で男は尋ねる。普通は衛兵に引き渡されるかこの場で始末される運命だ。一も二も無く飛びつきたいところだろうが果たしてどんな裏があるのかと警戒している、そんなところだろう。当然だ。
「ああ。ただしこの取引には強制力を持たせる。お前がバラすとも限らないからな」
「強制力……だと?」
その問いには答えず、向かいに無表情で立っている相棒に声をかける。こわいなぁ。
「エリー、出番だ」
エリーは一つ頷くと錫杖を手に一歩前に出る。
「なぁ、契約って知ってるよな? 約束に一定の強制力を与える魔法だ。あれは通常、契約を履行しなければちょっと痛い目に遭って体表に現れる文様で周りに知らせるとか、契約書が鳥に化けて不履行を叫んで回るとかいうもの、というくらいは知っているだろう?」
男は黙ってうなずく。
「まぁそんな程度じゃ今回の保険としちゃあ少々心もとない。で、だ。彼女はそれより強いペナルティを不履行者に課すことができると聞いたら……どうだ? 興味深くないか?」
「ど、どういうことだ……?」
「具体的には『契約を履行しなければ死ぬ』だ」
「……っ!」
男が見る間に身体を固くするのがわかった。多分そんな強度の契約魔法など聞くのは初めてだろうからな。気の毒に。
「なぁに簡単な契約だ。こちらにまずいことを言わなければいいだけの話さ。それだけでアンタは無事おうちに帰ることができる。俺たちも穏やかに暮らせる。どう考えても最高だろ兄弟?」
バンバンと手荒に男の肩をたたいてやる。
「あ、ああそうだな」
ぐらりよろめいた後、ひきつった笑顔を浮かべる男。もう一度バン、と肩をたたいてから俺は立ち上がった。
「いや、話がわかる奴で助かったよ。じゃ早速始めるか」
「私たち全員の事柄を口にしたり書いたりした瞬間、命を刈り取る……という条件でいいかしら?」
エリーが氷のようなひややかな視線を男に容赦なくぶつける。今刈り取らないでね……。
「ああ。それでいこう。いいよな兄弟」
「も、もうなんでもいいからとっととやってくれえ」
男はすっかりおびえた様子で頭を抱えている。別に取って食うわけじゃないんだからもう少しのびのびしてもらってもいいんだが。
「ホントはあの二人を攫ったヤツなんて一人とて生かしておきたくはないんだけれど――」
最後に脅しをかけてから、エリーは契約を男に施した。
戒めを解いてやった男が支度を整え、闇夜に消える直前に思い出したように尋ねてきた。
「そうだ。ちなみに、契約の有効期限は……?」
エリーがあっけらかんと答える。
「そんなの決まってるじゃない。『あなたが死ぬまで』よ」