31 脳筋作戦と家族愛
「作戦はこうだ。正面から俺以外が陽動。ミミは遊撃だ。裏の連中を正面に丁重に案内してほしい。玄関前で夜盗よろしくド派手にたのむ。連中を引き付けている間に俺が二人を救出する。あとは解放感あふれる窓から華麗に脱出、俺の火弾の花火でミッションコンプリートだ」
「脳筋じゃの」
クロエが小馬鹿にしたようにニヤつく。
「脳筋ついでになんならあの家、踏みつぶしてもいいぞ」
「その際は……やはり主らの脱出を待ったほうがいいかの?」
「できればな」
「外の連中は始末していいの?」
ライザが念のため、という感じでたずねてくる。
「リーダー格が生きていればいい。あとはどっちでもいい」
「力加減が不要なのは助かるわ。この身体ちょうどいいところが難しいったらないのよ。剣ってなんでこう、貧弱なんだろう」
ロングソードをすらりと抜きつつライザはため息をつく。
いやいやもっと幅広の頑丈なのならまだしもそんな細身で殴ったら壊れるだろう普通。
「先に言っとくがな、ライザ。その剣は斬ったり刺したりするものであって、殴るもんじゃないからな」
「わかってるわよ。あの子にはちゃんと教えてるじゃない」
「今夜はいっそ手で殴ったほうが早くないか?」
「ああ、それもそうね」
そうやってライザは剣を鞘に収めた。
「そうだ。リーダー以外はどっちでもいいが……ひとつ注文がある」
そしてクロエ達全員に目配せしたうえでこう告げた。
「楽に逝かせるな」
クロエがニヤリと口角を上げ、エルザの纏う空気はひんやりと。ライザが瞳に怪しげな光を湛えたかと思えば、ミミがひきつったような表情で「ダンくん、怖っ」ってつぶやいた。
メグとビルは共に暮らす、もはや俺の家族のようなものだ。自分の家族にこのような狼藉を働く連中に、俺はかける慈悲なぞ持ち合わせてはいない。
ちなみにエリーさんのお言葉はというと、「余計な仕事、増やさないでね」だった。
エルザの「こんばんは」から始まった戦闘は玄関先の広場で続いている。ミミの働きで裏口の連中も表に釣り出すことに成功しているようだ。時折鈍い音や何かがへし折れる音、それに合わせた男の悲鳴などが聞こえている。普段なら「ほどほどにしとけよ」とでも声をかけるところだろうが、あいにく本日の他人へのやさしさは完売御礼、売切御免だ。
――思う存分死んでくれ。
窓からビルたちの囚われている部屋にひらりと飛び込む。すっかり外の戦闘に気を取られている男は玄関に視線を向け背中を向けている。背後の俺には気づく様子もない。本来ならば首を一突きすれば終わる話だが、今日の俺は虫の居所が悪い。
「よう兄弟」
驚いて振り返った男の喉をまずつぶし、ひるんだところを転ばせて足首を壊す。続いて腕をひねり折ったところで気絶したので軽く縛って放置する。
二人はどこだ? さらに奥か?
「てめえぇえ!」
もう一人いた。左からダガーを突き出しすぐそこまで突っ込んできている。回避が間に合わない。左手で剣を少し抜いて敵の剣をはじく。だが横合いからの刺突に安物の剣はガードに近いところで曲がった。抜き放つ勢いでそのまま回転をつけるように投げつける。相手はたまらずのけ反る。その隙に胸元のナイフを抜き放つ。身を低くして一気に間合いに入る。ダガーが振りかぶられるその手元を閃きながら軽くなでつけるナイフ。途端に流れ出る血しぶき。悲鳴とともにゴトリと床に落ちるダガー。次は太もも。蹴りつけた後は柔らかい脇腹だ。少し捻れば薄汚れた床は途端に鮮やかな色彩に染め上げられる。
みっともなくしばらく足掻いている敵も、口をパクパクして一体何か話したいのか。全く興味がないので放置していたらすぐに大人しくなる。
あとは気絶した奴をたたき起こしてから血にまみれたナイフをじっくり拝ませ、それで犯した罪を順に身体に刻み付けたあと、つぶれた喉元に突き立て作業終了。
今回はメグのナイフに助けられた。これから自分用にナイフは常備することにしよう。
気づけば周囲の音が聞こえなくなっていた。外も終わったようだ。合図を出すまでもなかったということか。客が一人増えたこともあるが、俺もまだまだだ。
「ダンくん、だいじょう……ぶ、みたいだね」
そっと入ってきたミミが床に目をやってから複雑な表情で声をかけてくる。
「ひとり数え損ねてたぞ、ミミ」
ナイフを拭きながら、別にそうではないんだが不機嫌そうに言ってやった。こういうときにしかこいつはイジれそうにないのでチャンスは逃したくない。
「う、そうなんだ、ご、ごめんね。その……ずいぶん、ご機嫌だね?」
「そう見えるか? すまないが周辺を警戒してくれ。残党がいるかもしれない」
「失礼しまーす……」などと奇妙な返事を残してミミが窓から消えた。さっそく双子を探す。
彼らは隣の倉庫で肩を寄せ合い震えていた。口をふさがれ、両手両足を縛られた状態で転がされている。彼らを見てはじめて気づいた。先ほどの戦闘を見せなくて本当に良かった。あんなもんライブで見せられたらトラウマもんだわ。
自分自身、頭に血が上ったらとんでもないことやるんだということが実感できた。
二人の戒めをナイフで素早く解いてやる。
「二人とも、だいじょう」
「ダンさん!」「お師匠……」
声をかけ終わらないうちにメグが起き上がり抱き着いてきた。ひとしきり抱きしめてやって頭をなでてやる。
「怖かったな。無事でよかった」
「ありがとうございます、ごめんなさいダンさん……! あ、あのビルがケガを! 動けなくて」
見るとビルは起き上がるのも辛そうだった。さっきしたたかに殴られたからか、頭からも血が流れているようだった。
「ごめん、お師匠。油断してた」
「しゃべるな。すまんメグ、外はもう安全だからエリーを呼んできてくれ。ビル、痛むところがあったら言ってくれ」
わかりました、とメグが涙をぬぐって倉庫の出口に向かった。直後背後から彼女の短い悲鳴がした。部屋の惨状を思い出して後悔したがもう遅い。すまんメグ。
横たえたまま触診をしていく。何か所か打撲しているようで時折顔をしかめる。足から上がっていって腹を探る。顔色表情を見た限り内臓は無事なようだった。ただなんだか俺の一挙手一投足に全集中しているかのような様子で、なんというか、ガン見されているような……? いやそんなこと気にしている場合じゃない。
「お、お師匠、もう、大丈夫だから」
「何言ってんだお前。まだ上半身の確認が終わってない。骨が折れてたら面倒だぞ」
「も、もうエリーねえちゃんに見てもらうから、それ以上は」
「あ、お前俺の診立てを信じてないな? 俺だって戦場では……」
ん……? なんだこの膨らみは? 血でも溜まってるのか、まずいぞこれは。
「き」
「い、痛むのか?」
「きゃあああああああ!!!!」
なんだビル、お前女みたいな悲鳴を上げるんだなー。
と思った瞬間、横っ面をはたかれた。