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30 悪党と廃屋

 夕闇が刻一刻と辺りから色を失わせていった。

 幸いにも双子をさらった賊は、ミミの追跡スキルのおかげでなんとか見つけることができた。連中はノーウォルドの街と隣町のちょうど中間あたりにある、街道から少し入った廃屋で夜を明かすつもりのようだった。


 建物といってもそこは廃屋。窓と言えるものはとっくの昔に朽ち果てて無残な姿をさらしている。おかげで中の様子も手に取るようにわかるのがありがたい。聞き耳を立てれば下卑た野郎の声が漏れ聞こえてくる。


「……なあ兄貴。ホントにコイツ、このまま引き渡すのかよぉ?」

「あん? どういう意味だよ」


「だってよもったいねえじゃん、せっかくの女なのに」

「なんだよせっかくって。“大事な届け物”なんだから手出すんじゃねぇぞ」


「ちぇ。こんな上玉」

「いやっ、さわらないでっ」

「やめろ!」

 ビルとメグの声だ。よかった。とりあえず二人ともまだ生きている。


「んーああいい匂い。なぁ乳くらい揉ませろよ、減るもんじゃなし」

「やだやだっ! ……やめてっ」

「メグ! ……ちくしょう放せ!」


「ああ? クソうるせえガキだな? 黙って転がっとけってんだよ!」

「ぐふっ」

 ビルのくぐもった声と同時に引き倒されるようなけたたましい音が響く。


「やめて! ビルに乱暴しないで!」

「うるせえんだよ大人に指図すん……あ? なんだお前……そういうことかよ、へへ」

「ぐ、あ、はな……せ……っ」


「おい何やってんだよ、騒がせるなって……あ? てめえ何やってんだよ!? “大事な届け物”だっつってんだろが! ったく。だから仕事前に前金で女買っとけって言ったんだ。ああもう、お前あっち行ってろ」

「わあったよ、くそっ。生娘じゃなきゃバレなかったのによ。あーついてねぇ」


 強度が無さそうな床が軋みを上げ、一人歩く音が遠ざかっていく。さきほどから下品な言葉を発していた奴なのか。


「お前らも痛い目に遭いたくなけれりゃ大人しくしとけ。くれぐれも妙な気起こすんじゃねえぞ」


「うっ……うう……」

「くそ……大丈夫メグ」

「ぐすっ……だいじょうぶ。ビルこそ大丈夫? 痛まない?」


 窓から漏れてくるメグの嗚咽に今にも飛び出してしまいそうになった。腰が浮いたところで抑えた鋭い声が俺を制す。


「だめっ」

 押し殺した声に我に返ると、ミミが俺の手をしっかとつかんでいた。ふるふると首を振る。


「こらえて。今出ていってもあの子たち人質にされちゃうだけだよ」


 いつになく真剣な表情のミミに諭され、俺は落ち着きを取り戻すことができた。ミミの言うとおりだ。俺たちが落ち着かないでどうする。


 了解の気持ちを込め彼女の手にそっと手を重ねる。と不意に彼女の雰囲気が緩んだかと思えば、今度は「うあっ」と声を漏らして目を泳がせる。せわしない奴だ。


「わかってる……エリーたちを待つさ。幸い連中、“そのまま”の状態での引き渡しが仕事の条件のようだ。あいつらに手を出すってことはないだろう」

「う、うん。そうだよ、だから今は我慢」

「手」

「な、なななに?」

「手だよ手。いつまで俺の手、握ってんだよ」


「あっ」

 ミミは慌てて俺の手を離すと苦笑いを浮かべた。かと思えばすぐ真顔にもどし視線を再び廃屋に向ける。


「すまないミミ。敵の規模が知りたい。頼めるか」

「わかった。試してみるね。……頭に血が上るようなことがあっても、飛び出しちゃダメだかんね?」


 頼んだ……と振り向いた瞬間頬に手を添えられた。あっという間に軽くキスをされる。

「ちょ、おま」

「約束だよ」


 だからこういう時に急に真面目な顔で見つめるなっての。何も言えなくなる。

 その後「おとなしく待ってて。帰ったら続きしようね」と言い残し、ミミは音もたてずに闇に消えた。


 ひとり残される結果となった俺は犯人像について検討してみる。観察した結果から推測するに、雇い主の条件としてはずいぶん狭くなる。


 まずこいつらが自分たちの慰みものにするため攫ったということは除外された。もしそうなら今ごろ真っ最中なはずだ。


 もっとも最初からその可能性は低いと踏んでいた。ビルも併せてさらわれたからだ。

 そうなれば可能性が高いのは二つ。一つは奴隷商人。残る一つはあいつらの親、もしくは近親者。


 ビルに対しての扱いを考えると親ではないかもしれない。いずれにせよ、解放すればわかるだろう。奴隷商人だと少し厄介だ。連中は専属の傭兵を抱えている。多少は組織訓練もしているだろうから、傭兵同士の連携も考えに入れておかねばならない。


 対して親パターン。あいつらが言っていたことが真実なら、という前提はつくがビルたちの親は一般商人ときく。連中が荒事に雇うとするならばそれ専門の傭兵だ。人は斬り慣れてるがなにぶん連携するという知恵は回らない。相手にするならこっちが断然楽――


「おまたせ」

 戻るときも音を立てないもんだから実は心臓に悪い。


「おかえり。どうだ」

「その前にー。ね、おつかれさまのチューは?」

「んなもんねぇよ」

 とりあえず頭をなでてやる。


「ぶー、続きしようねって言ったのに。……えっと全部で九人。正面に二人、玄関ホールに四人。あの子たちの部屋にひとり。裏に二人。全員軽装で得物はダガーと外の奴だけファルシオンってところ。装備自体はちゃんとしているから夜盗の類ではなさそう」

「増えてるな」

「予備も連れていたみたいだね。てことは……」

「ああ。本格的にあいつらを連れ帰ることが目的だ。ある程度訓練されていると考えたほうがいい」



 布陣を見ても二人でどうこうできる人数ではない。

 焦れる時間が続く。


 クロエ達はまだなのか。

 気が変わってメグを襲ったりしないだろうか。

 “荷受人”がやって来て対処不能になってしまわないだろうか。

 それまでに俺たちが突入してチャンスを作ったほうがいいんじゃないか。


 永遠ともとれる時間が過ぎた気がしたその時、不意にミミが背後を振り向いた。


「ダンくん。着いたみたいだよ」


 ほどなくして夜の闇からすうっと人影があらわれた。


「待たせたの、主よ」


 役者は揃った。


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