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29 妙な噂と少しの油断

 最近の辺境の街(ノーウォルド)ではひとつの奇妙なうわさでもちきりだった。


 子供ばかりを狙った不審な人物の存在。


 実害が出ているわけではない。

 人気のない通りを歩いていたら突然肩をつかまれ、驚いて振り向いたときにはそこに誰もいない。ときおり「違う……」とかすかな言葉を残していくこともあるそうな。暗がりに消える姿を見たものも居るといい、正体はおろか性別すらもわからないありさまだそうだ。


「『へんたいふしんしゃさん』ってやつですね」

 メグがパンをほおばりながら返した。えーっと、そういうフレーズどこで仕入れてくんの?


「本当に声掛けだけみたい。だから一部の過剰な反応なのでは、という向きもあるわね」

 エリーがカップのお茶をふうふうと吹きながら言葉を継ぐ。単なる世話焼きおじさんの声掛け活動なのでは、とでもいいたいのだろうか。


「でも声かけられて振り返ったら誰もいないって、気味悪くない?」

「なんじゃ、ビルはそういうの苦手かの」

「ち、ちがわい」

「ほうほうそうか、ビルはかわいいの~」


 クロエがいつものようにビルをからかう。朝っぱらからギャンギャンと元気なもんだ。


「姐さんそんなに撫でないでよ。子供じゃないんだから!」


 いや子供だろ。


 日が落ちてきて辺りが暗くなるころ、心配して早く家に帰るよう子供に促す世話焼きおじさんの犯行(?)ということならここまで噂にはならないだろう。しかし……


「なあ。振り返っても誰もいない、ってのはさすがにおかしくないか」

「ん? じゃから人を驚かすことが目的の騒霊のたぐい」

「ひいいいい‼」

「なんじゃビル騒がしい。静かにせんか」


 にやにやしながらクロエがたしなめる。いつも思うが神ともあがめられ伝説にもなった古竜様の所業とはとても思えない。あがめられる立場としての品性をぜひ持ってほしいものだ。


 まあそんなことより、だ。今のところは被害が出ていないとはいえ、町に出る際には気には留めておく必要があるだろうか。




 気になるとはいえ、家に引きこもってばかりもいられない。最近は日々畑で葉物を中心に市場で捌かなければならないほどの量ができる。朝の早いうちに収穫をはじめ、準備ができたものからどんどん運んでもらっていた。


 異変に気付いたのはお昼にかかろうというところ、出荷がひと段落して片づけをしている時だった。


「ねえダン。あの子たち見なかった?」

「ん? メグとビルか? 手を洗いにでもいってるんじゃない……」


 振り向いた先にあった、すっかり血の気をなくしたエリーの表情を目にした瞬間、俺は思わず駆け出していた。

 背後でエリーが何かを叫んだ気がするがそれどころではない。


 街までの道を駆けながら思いを巡らす。確か少し前に二人カゴを背負って市場に向かうといっていた。


 こんな時に限ってクロエたちは不在だった。

「種族の寄り合いがあるのじゃ」と昨日の夕方から、エルザとライザを伴って家を空けている。


「ちっ……!」


 駆ける足に力を込めた時だった。通いなれた道にばらまかれた緑色の物体。駆け寄るとそれはやはり野菜だった。

 逸る心臓をなだめつつあたりを素早く見渡す。少し離れた木陰に何かが落ちているのを見とがめ駆け寄る。


 野菜が入ったカゴだった。乱暴に扱われたであろうそれはところどころ壊れ、肩紐は片側がちぎれていた。地面を見れば、道から草の上を引きずったような跡がここまで続いている。あいつらはカゴごとここまで引きずられたのか。


 もう一度周りを見回すものどかな風景は普段通りだった。時折鳥の声が聞こえる以外、何も聞こえない。すでに何者の気配も感じられない。事か起きてからある程度時間が経ってしまっているようだった。


 甘かった。あいつらは冒険者として訓練していたからすっかり油断していた。

 不審者もそれなりのスキルを持っているかもしれないとなぜ思わなかった?


「くそっ!」


 何が面倒を見るだ、生きていけるように、あいつらを守るだ? 偉そうに。ぜんぜんできてないじゃないか!!


「ダンくん……状況は」


 ミミが追い付いてきたのか、背後から声をかけてくる。そんな彼女の気遣いの色を感じた俺はさらに苛立ちを感じた。自分に。


「ごらんの通りさ、さらわれた。保護者、失格だっ……!」


 力任せに立ち木を殴りつけた。ブルリと幹が大きくしなり、小鳥がけたたましい鳴き声とともに一斉に飛び立った。

 ミミの身体がこわばったのが気配で感じられた。ハッと我に返り彼女を見ると不安そうに立ちすくんでいる。


「あっ、ご、ごめん。見ればわか」

「いや、すまない。ミミにあたっても仕方ないのにな、……ごめん」


 ミミの気配がやわらいだ。

「うん。大丈夫だよ。ところで『残り香』は調べた?」


 ミミの言葉に虚を突かれたような感覚に陥った。なんだその、『残り香』って。


「なんだその、『残り香』って」

 思ったことがつい口をついて出てしまった。余裕ないな、俺。


「うん、スカウトの技術。獲物や敵の種類、数、時間関係とかを推し量るスキルだよ。ウチはまだちゃんとできないけれど、熟達したら武器の種類とか体調、利き手なんかもわかるんだよ」


「すげえなそれ。ってそれ俺にできるとでも?」

「思わない。ウチやってみよか」

「たのむ」


 ここまでやり取りして自分の言葉に棘があることに愕然とした。

 すまない気持ちで周囲を調べるミミの様子を見守る。


 ミミによると相手は六人。いずれもおそらく軽装備、革靴を履いている。持っていてもロングソードがせいぜい。道のわきでしばらく待機していたようで、完全に待ち伏せされていたことがうかがえる。


 俺が見ても血痕などはないから、無傷でさらわれた可能性が高い。ただし気を失っていると思われる。カゴを捨てた後は隠していた馬車を使って街を迂回し東に向かっているとのこと。


「その、ミミ。さっきはすまなかった。気が立っていたようでイラついてた」

「しかたないよ、気にしてない。それよりあの子たちを助けることを考えよ?」


 遅れてきたエリーも交え作戦を考える。


「馬車だと足が速いよ、どうする?」

「二手に分かれよう。追跡にはミミのスキルが必要だ。俺とミミで先行して連中を追う。馬だけなら馬車に追いつける。エリーはクロエ達を待って後から追ってくれ。クロエなら俺の気配を感知できる。装備はなるべく軽くして追跡したい。だから俺たちの武装もその時に頼む。ポーションの類も頼んだ。その後は合流してから考えよう。くれぐれもクロエには合流の際は派手に来てくれるなよと伝えてくれ」


 エリーとミミはそれぞれ硬い表情で頷いた。


 カゴの傍らに光るものを見つけ取り上げると、それはメグに与えたナイフだった。手入れされ、大事に扱われていただろうそれを胸のベルトに固定する。


 ――待ってろ二人とも。助けに行く。


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